第2話 嵐の帰り道
◇第ニ話 嵐の帰り道
戻ってきた社長さんが千葉さんに声をかけます。
「ご苦労、撤収だ、東京に帰るぞ。
「ナメないでください社長! ラトはともかく、あたしのドラテクは完璧っスよ!」
「アカネ、運転歴が浅いお前が一番不安なんだよ」
「社長、大丈夫です。私が責任持って監督します。三人で交代しながら安全にゆっくり帰りますから」
「すまんな千葉、そうしてくれ。雲行きも怪しいから決して無理するなよ」
マイクロバスに他の選手たちを乗せ、社長さんたちは一足先に東京へ向けて出発しました。
「私たちも出発するぞ、どっちか先に運転頼めるか?」
「ほなウチやります〜、みんな乗ってや〜」
「すまんなラト、都内エリアからは私が代わろう」
運転席にラトさん、助手席に千葉さんが座り、後部座席にアカネちゃんとわたしが乗ったら、黒猫の副社長さんがわたしの膝の上に乗ってきて「ミャー」と鳴きました。
「なんだフク、また特等席か? おまえ飯食ったのか? うりゃ」
アカネちゃんが副社長さんの頭をくしゃくしゃと撫でます。左目の周りに縦に一本、傷に見える白い模様があるのが特徴で、CVWのシンボルマークのモチーフになっているんです。
副社長さんは毎回、興行にも帯同します。選手控室で寛いでいたり、時には会場アナウンス席に陣取ってることもありました。
陽も落ちて、ぐずついた空からとうとう雨が降ってきました。辺りは暗く不慣れな道のため、いつも以上に慎重にゆっくり車を走らせます。この分だと寮に着く頃には夜10時を回りそうです。うぅ……早くお風呂入りたい。
「ラト〜、途中でコンビニ休憩に入ったら運転代わるぞ〜」
「かまへんよ、ウチ運転するの好きやから、慌てんでええし」
――アカネちゃんの運転は正直ちょっと怖いので、安全運転なラトさんだと、わたしはとても安心できるのです、はい。
やがて雨足が強まってきて、車の屋根を叩く雨音も激しい本降りになってきました。
「酷い雨になっちゃいましたね……今日のお客さんたち、ちゃんと帰れたでしょうか……」
「心配するな、のの。観客は、私たちより大分早く捌けたから大丈夫だと思うぞ」
「ほんま、積込作業中に降らんで良かったですわ」
「だなー。天気予報でこんなにドシャ降るなんて聞いてねーよなぁフク? ホレホレ」
アカネちゃんは相変わらず副社長さんにちょっかいを出して遊んでいます。
しばらく進むと、回転する赤色灯が濡れた路面に反射しているのが見えました。朝通ってきた道が通行止めになっているようです。左右の道に迂回するようにお巡りさんが誘導しています。
「……ダメだ、圏外で社長に繋がらない。道を聞いてみるか」
千葉さんが窓を少し開けると、お巡りさんが寄って来て雨音に負けないよう大きな声で話しかけてくれました。
「すみませんね、ゲリラ豪雨で、この先の道で土砂崩れの心配がありますんで、迂回をお願いしています」
「あの、少し前にマイクロバスが通りませんでしたか?」
「あぁ、さっきの。お宅さんたちも東京方面? マイクロバスはですねー、道幅の関係で、右の広い道に誘導したけど、あっちは大分遠回りなんですわ」
「遠回りって、どれくらい違うんですか?」
「一時間は違いますね。でもまぁこのワゴンなら、左の道でも通れるかな」
わたしたちはお巡りさんにお礼を言うと、教えられた道を進むことにしました。
最初は道幅もそれなりにあり走りやすかったのですが、次第に道は細く険しくなってきています。
「確かにマイクロバスじゃ、この道幅はキツいかもしれないな。ラト、視界も悪いから、ゆっくり慎重に走ってくれ」
「東京まで一時間違うゆうてましたけど、こっちもスピード出せへんから、
「ラト、運転代わるぞ? あたしなら二時間早く着けるぜ」
――いやアカネちゃん、それだけは勘弁してください。行き先が東京じゃなくて天国になりそうです――
曲がりくねった峠道をくねくねと進みます。大雨なのに加えて、ここら辺は山蔭で街灯も少なくて、ちょっと怖い雰囲気になってきました。わたしは窓の外を見るのをやめて、膝の上の副社長さんを撫でて気を紛らわせます。
何かを思い出したように、不意にアカネちゃんが喋り出しました。
「のの、こういう話、知ってるか? ――ある地方の山間での事……峠に長ぁ〜くて暗ぁ〜いトンネルがあってな……」
「ちょ、アカネちゃん⁉︎ 急に何を……」
アカネちゃんが雰囲気たっぷりな口調で、急に怪談話を始めようとしたので、慌てて遮ります。
「なんだよ、まだ何も言ってないじゃんか〜、ののビビりすぎだよ」
「わ、わたし、そーゆーの苦手なの、アカネちゃん知ってるでしょ?」
アカネちゃんは、そんなわたしを見てニヤニヤしてます。
「アカネ、そういうのは良くないぞ、人は誰しも苦手なものがあるんだから、ののをからかうな」
「そ、そうだよ! 千葉さんの言う通りだよアカネちゃん!」
千葉さんの援護に縋るように同意する。その時突然
――キキーッ。
急に車が止まりました。
ビックリして前を見ると、暗いトンネルの入口が、ライトに浮かび上がってポッカリと口を開けていました。
車の屋根を激しく叩く雨音、くぐもったワイパーの音が響いているのに、時が止まったように感じます。
――こ、怖すぎです――わたし、鳥肌が止まりません。
「トンネルか……狭いな。ラト、これ通れるか?」
「ん〜…… 車幅、ギリかもやけど、まぁイケるんとちゃいますか?」
「ほら、ア、アカネちゃんが変なこというから……」
「いやいやいや、のの君、トンネルは話したからって突然湧いて出るもんじゃないから」
「どのみちUターンで引き返すのも無理やし、このまま行くしか無いですねぇ」
「そうだな…… ゆっくり、ぶつからないか確認しながら進んでくれ」
このワゴン車は、通常より一回り大きくて長いロングタイプなので、小さなトンネルの縦横の幅がギリギリな感じがします。
ゆっくり、慎重に、壁に車体を擦らないか確認しながら進み始めました。古いトンネルらしく、壁に灯りが無いので、車のライトが無いと、きっと何も見えないはず。……か、考えると真っ暗闇を想像してしまうのでやめます。
みんな緊張して押し黙ったままで、重苦しい雰囲気が車内を包んでいるその時、再び唐突にアカネちゃんが話し出しました。
「なぁ、壁のあの黒い染みさぁ、なんか人の形に……」
「うわぁもうだから止めてってアカネちゃん‼︎」
「フギャァーーー!!」
「あっはははははは、のの、フクを放さないと死んじゃうって」
「うしろ騒がんといて〜運転に集中できひんから」
「アカネ、いい加減にしないとここで降ろすぞ!」
みんなが騒いでいたその時、フッと車のエンジン音とライトが消え、一瞬で辺りが静寂と真っ暗闇に。
「キャアーーーなになになになに!!?アカネちゃん怖いよぉーーー!!」
「おいラト何やってんだ!? ライト点けろよ!」
「みんな落ち着け!ラト、エンジンは!?」
「あかんエンジンもかからへん」
真っ暗闇で何も見えない中、わたしはパニックになり、自分の体がフワリと浮く感じがしました。
気が遠くなっていくような感覚の中、副社長さんの丸い二つの瞳だけが怪しく光って見えました。
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