オトギリソウ(3)
動揺が雷のように私の全身を貫いた。なぜ知っているんだ。一言も話していない。自殺する理由としては十分あるかもしれないが、ほかにもいろいろ考えられるだろう。いじめや虐待、大学生なら研究や人間関係など様々なものがあるだろう。なぜ言い当てることができる。
何も言えなくなった私にさすがに悪いと思ったのか、緑川は少し申し訳なさそうな顔をして、
「あぁ、すみません。いきなりこんなことを言ってしまって。そんなに驚かせるつもりはなかったのですが…」
と、謝った。
「…なぜわかったんですか」
私は震える声で絞り出すように言葉を吐いた。
「簡単な推理ですよ。まずあなたを踏切で助けた時にユリの香りと煙の臭いがほのかにしました。この組み合わせで真っ先に思い浮かぶのは葬式です。つい最近、というか今日葬式に参加したのでしょう」
「…確かにそうですが、それだけですか?ユリの花や煙があるのは葬式だけとは限らないでしょう」
「ええ。確かにそうです。ですが、花崎さん、あなた自己紹介で自分の名前を説明したとき、”お香の香に織物の織でかおりと読みます”、というようなことを言いましたね。普通花の香とか将棋の香車とか、そのように説明すると思います。わざわざお香を持ち出したのはつい最近その言葉を使ったから。この三つを合わせると今日花崎さんが葬式に出ていたのではないか、というのは無理な推理ではない、と思うのです。そして踏切でつぶやいていたあの言葉。”ごめんね。良介”。これらのことからあなたはその良介さんの死にかかわってしまったんですね?さらに自殺しようとしていることから、事実はどうあれ、あなたは自分のせいでその人が亡くなったと思っている。違いますか?」
正論だ。確かにその通りだった。にしてもよくユリと線香の匂いに気づいたな。すごい鼻だ。あと自分の匂いをかがれた、というのが少し気持ち悪い。
再び何も言えずにいると、
「もちろん先ほど言ったように言いたくないのなら別に言わなくても構いません。あなたの気持ち次第です」
と、緑川は言った。
「じゃあ、なんで聞いたんですか」
「少し興味があったので。自殺を止めたのは初めての経験で少し慇懃無礼になっているようです。はしゃいでいるようです。すみません」
「事情を聞いてどうするんですか?止めるんですか?自殺はよくない、とか、もっと自分を大切にしろ、とか」
「いいえ。先ほども言いましたように私は自殺を止める気はありませんよ」
「どっちなんですか⁉」
ここで私はキレた。緑川は少しビクッとした。いい気味だ。
「じゃあ、なんでさっき止めたんですか⁉そのまま死なせてくれたらよかったのに!中途半端に助けて死にたいのを止めないなんて…結局あなたは何がしたいんですか⁉」
私は思いの丈を緑川にぶつけた。こうやって人に真っ向から怒ったのは久しぶりだった。また涙があふれてきた。どうしたらいいのかわからなかった。
少し沈黙が舞い降りた後、緑川が小さく答えた。
「…私は目の前で人が死ぬのを見たくないだけです。私の目の届かないところで死んでください」
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