第4話
家に着いても妻は目を覚まさなかった。
仕方なく妻の肩を揺する。
「あっ! お、おはよう」
びっくりするような仕草をしてから挨拶をした。
顔色がすぐれない。
「悪夢でも見てたのか?」
自分のこともあった。
可能性は十分ある。
「う、うん」
うなづくものの、言葉は続かない。
聞かない方が良いのかもしれない。
黙ったまま二人で車を下りた。
昼前、妻がリビングにやってきた。
「昨日のこと、話しておいた方がいいと思って」
「ああ」
妻は私の座っているソファの近くまで来ると、隣に座る。
なかなか、話しだそうとしない。
私は待った。
「昨日の夜、あなた運転席で気を失ってたの?」
「ああ」
「それじゃあ……その後、何があったか……わからないの?」
「ああ」
「そう」
どこか妻の顔には悔しさのような表情があった。
妻はあの後のことを話し始める。
あの時、体が動かなくなったの。
多分、あなたも同じよね。
霧っぽい感じで、辺りが白くなって。
そう……霞と言うのね。
あなたが目を閉じた後……どんどん霞が濃くなったの。
道路も霞で覆われて、車が沈んでいくような感じだったわ。
体は重くて動かなかったけど、やたらと音は鮮明に聞こえてきたの。
葉っぱが揺れる音が聞こえたと思う。
それ以外に音はしなかったけど。
でも、少しして別の音が聞こえてきたの。
ザッ、ザッ、ザッ、っていう歩く音。
誰かがこっちに近づいてくると思った。
でも、頭が動かなかったから、そっちの方を向けないの。
音はどんどん近づいてくる。
それに、音は一つだけじゃなかった。
何人かいるの。
怖くて、怖くて。
目を閉じたけど、余計に怖かった。
だから、私……ゆっくり目を開けたの。
それまでと同じで、辺りを霞が覆ってたわ。
でもね、視界の端から手が出てきたの。
車の中よ?
それなのに、誰かの手があったの。
思わず叫んだけど、声がでなくて。
その手をじっと見ていたわ。
青白くて、生きている人の手とは思えなかった。
その手は、どんどん私の方に近づいてきたの。
私の目の前を横切ろうとしていた。
手の後には、顔が出てきた。
手と同じで青白い、女の人が横切って行ったの。
私の前を。
車も私も……あなたも通り抜けて、外に出ていったわ。
もう、生きた心地がしなかった。
でもね、通っていったのは女の人だけじゃない。
次は男の人が車のボンネットを横切っていった。
子供も、老人も。
それからは何人も横切っていったの。
私の中を通って行った人もいた。
何かが入ってくる感じがして……それで、私の中から何かが出ていく感じもした。
気持ち悪かった。
とても、寒かった。
霞がどんどん引いていったわ。
同じように私の意識も遠のいていった。
情感たっぷりに妻は話した。
私はその話を動画で語れば、十分再生数が伸びるのではと思った。
だが、それを言うのは、はばかられた。
妻が涙で潤んだ目を向けている。
「あなたは、そのことを覚えてないの?」
私の胸に手を置く。
「私だけが、あんな体験をしたの?」
妻は自分の顔を私の胸に押し付け、ただ泣いた。
隣にいたのに、どうして助けてくれなかったの。
そう言っているようだった。
狸寝入りをしていたわけではない。
あの時は何もできなかった。
ちょうど今と同じように。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます