第2話

 外が妙に騒がしい。


「あんた」

 嫁も起きたようで、心配そうな声を出す。


「ここで、まっとれ」

 戸を開け、外に出る。


「何かあったんか?」

 走るキスケの背中が見えた。


「おめえも、はよこい」

 一時足を止め、すぐにキスケは走り出す。


 仕方なく後に続いた。


 村外れまで行くと、そこには隣村の連中が倒れていた。

 それを村の若いもんが取り囲んでいる。


「なんじゃ、あいつら」

 キスケに聞く。


「おう、流行り病らしい。んで、こっちに助けを求めに来たとか」

「今更、図々しいのう」

「んだ」


 そこに村長がやってきた。

「なにしとる!」


「こいつら池に沈めて、隣村をおらたちのもんにしちまうべ」

 村の若いもんが村長に駆け寄る。


「なに、言っとんじゃ」

 村長はたしなめるが、それほど強い拒否は示さない。


「こいつらが何したか、おらは忘れてねえぞ」

 若いもんの言葉に村長は黙る。


 今年は凶作だった。


 隣村の連中が水を止めた。


 そのせいで稲は枯れた。


 村では餓死者が出た。


 誰も忘れたりしていない。


「まさか、ほんとにするつもりじゃなかろうな」

 一人の男が進み出た。


 村外れにいるヨシチだった。


 昔、ヨシチのオヤジが村で何かしでかしたらしい。

 その時、村を追い出され今もそのままだ。


「おめえが口を出せると思うなよ」

 若いもんはヨシチに詰め寄るが、向こうも負けてない。


「はやく、この人たちを助けて、隣村も助けにゃ。でしょ、村長?」


「そりゃ、そうじゃが」

 村長の口ぶりは鈍い。


「おめえ、まさか隣村の連中と示し合わせてるんじゃなかろうな」

「馬鹿なこと、言うなや」


 誰も二人を止めようとしない。

 口論は激しくなっていく。


 次第に喧嘩に発展していき、他の若いもんが加わり始めた。


「なに、えらそうなこと言っとんじゃ」

「ヨシチの分際で」


「やめんか!」

 村長が一喝する。


 喧嘩はすぐに収まった。


「ヨシチ。助けると言ったが、どうやって助けるんじゃ」

「そんなの医者に聞いてくれ」


「村に医者なぞ、おらん」

「それなら、医者を探してくればええ」


「なら、お前さんが行くか?」


 ヨシチは黙った。


 医者を見つけて帰るまで何日かかるだろう。


 それにヨシチの家には年老いた父もいるはずだ。

 家を空けるわけにはいかない。


「助ける方法など、ありゃせん。わしらにはなにもできん」

 そう言うと、村長は帰っていった。


 場は白けた。

 若いもんもヨシチの袖を乱暴に離した。


「わしらも帰るか」

「んだな」


 隣のキスケと話して、帰ることにした。


 翌朝、ヨシチの家族が消えた。


 村長が問いただしたところ、若い連中が一家を襲い、池に沈めたと白状した。

 ヨシチも嫁も、年老いた父も、そして幼子まで。


 その連中は村を追い出された。


 なんとなく、こうなるような気はしていた。

 しかし、あえて何もしなかった。


 隣村に様子を見に行った者の話だと、すでに全滅していたということだった。


 その夜、様子を見に行った者、全員が病で寝込んだ。


 村で病が流行りだした。


 ばたばたと倒れ、死人が増えていく。


 これは祟だと言い出す者がいた。


 ヨシチの呪いだとか、隣村の呪いだとか。


 病を生き延びた者や、軽症だった者は木彫りの仏像だったり、地蔵を作った。


 最後には村の死者の供養も込めて、祠を建てて祀った。


 後にえらい坊さんがやってきたときに、この騒動のことを話した。


 ただ、流行り病があったとだけ言った。


 隣村を見捨てたことや、ヨシチのことは誰も話そうとしなかった。

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