第3話 (続き)

「つばささん。先に行かないでくださいよ」

「ごめんごめん。みんな! 彼女こそ我らが学園に舞い降りた転入生……」


 芝居がかった身振り手振りで、つばささんがボクに注目を集める。までもなく。


「かっっっわいいわね!?」

「ええ、とても愛らしいお顔です。いえ、お顔だけでなく、その細い首筋、つつましやかな胸、華奢な肩……そして、そして何より、制服の襟から除く鎖骨の影! うふふ、うふふふふ……じゅるっ」

「わー、すごーい。見てわかるくらい髪さらさらー。お肌もまさに白玉はくぎょくの肌って感じ。ね、何使ってるのー?」


 つばささんと卓を囲んでいた三人の女子生徒は、三者三様に熱い視線を送ってくる。それなりの修羅場をくぐり抜けている自負はあったのだが、思わず一歩後ずさってしまった。


「え、あ、その……」

「まあ待て、まあ待て。うちの子へのインタビューはこのあたしを通してもらおうか」


 誰だよ。

 しかしあいだに入ってくれたこと自体はありがたい。ボクはとりあえずお盆を机に置き、つばささんのとなりに空いていた椅子へと腰を下ろす。


「そういうことであれば、是非お申し入れしたく!」


 今度は本当に誰だ。声の出所を改めるべく振り返ると、闖入者の正体は、キラキラと輝く女の子だった。

 その輝きを構成するのは、あっちへこっちへ跳び跳ねた金髪であったり、あるいは手に持つカメラのレンズの反射であったりしたが、何よりはその眩いばかりの笑顔の輝きだ。ひまわりのような笑顔とはまさしくこのようなものを言うのだろう。


「あなたが話題の転こっ……!?」


 が、ボクが目を合わせた直後、その笑顔は明らかに冷たく硬直した。しかしそれも一瞬のことで、まばたきの後には第一印象通りのぱやぱやとしたオーラが戻ってくる。


「やや、失礼しました! 想像を絶する可憐さを前に、驚愕を隠せず!」


 左様で。

 その在り方がそうさせるのだろう、金髪の少女は、つばささんたちにとっては見知った顔であるらしい。


「莉音さんは、また新聞の取材?」

「確かに、転校生というのは一大イベントですものね。それもこんなに愛くるしい。うふふ、ふふ」

「飽きないねー」


 なるほど。だからカメラか。


「はい、ということではじめまして! わたしは天原莉音、一年生です! 新聞部に所属しています!」

「や、所属は生徒会でしょ。新聞部は自称じゃん」

「自称じゃないですー! 正真正銘の新聞屋ですー!」


 つばささんのツッコミに元気なさえずりを返す。まあ、なんとなくどういう子なのかは伝わってくる、いい自己紹介だったと言えよう。咳払いをひとつして、こちらからも自己紹介を返す。


「萩原優です。学年としては二年生になるのですが、ご存じの通り転入してきたばかりでして、むしろ教えていただくことのほうが多いかと思います。どうぞよろしくお願いしますね、莉音さん」

「はい、よろしくお願いします、優センパイ! それで、早速なのですが、わたしが毎月発行している学校新聞に優センパイの記事を載せてもいいでしょうか?」


 う。まあ、正直言えば避けたいところではある。しかし、無理に断るより、適度に情報を与えて満足させておいたほうが結局楽になるだろう。ということで。


「構いませんよ。どんな記事になるんですか?」

「そりゃもう、一面にドーンと、そのご尊顔と簡単なインタビューを載せられればと!」


 一面にドーンとかぁ。

 ……学校新聞にページの概念あるのか?


「その、あまり注目され過ぎてしまうと、ちょっと気疲れしてしまうかもしれません」

「それは大丈夫かと! 正直、あんまり読まれてないので!」


 莉音さんは満面の笑みで親指を突き立てる。グーサインを出すところじゃないのは確かだ。


「はぁ……まあ、わかりました。食べながらで構いませんか?」

「もちろんです! あっ、和食頼んでるんですね。洋食メニューを選ぶ方が多いんですけど、わたしは和食派なので、ちょっと親近感です!」


 ああ、洋風和風で用意されてるのか。言いながら、莉音さんは近くの席で立ちあがった生徒に声をかけ、ボクの対面になるように椅子を引っ張ってくる。


「まあ、我々女子高生だもの。きみらが渋いよ、そこは」

「そうね……頼んだことないかも」

「ふふ、和食も素敵かと」

「健康にいいって言うもんねー」


 見渡してみると、机に置かれているボク以外の四つのトレーには、イングリッシュマフィンセットが載っていた。見た目にも華々しく、あれだ、そう、えるというやつだ。確かに女子高生らしい分布かもしれない。

 とはいえ、ボクの場合、特に最初のうちは和食を選んでいるほうが説得力があるはずだ。……個人的な好みの介在がなかったわけではないけれど。


「むー、もうちょっと和の心を大事にしましょうよー。あ、特にオススメなのは煮物があるときです。有宮さんの煮物は最強なんですよ」

「なるほど。楽しみです」


 とりあえず、焼き魚をつついてみる。美しい焼き色のついた皮をパリッと割り開くと、身はよくほぐれ、口に運べばその香り豊かな旨味を存分に味わわせてくれた。美味しい。最強への期待も高まるところだ。


「あ、すみません、話を逸らして。気を取り直して、季節外れの転入生、萩原優センパイのあれこれをお訊ねしていきたいと思います!」

「よろしくお願いします」


 莉音さんの周りで、つばささんと三人はボクたちのやりとりを聞く姿勢に入ったようだ。好奇をありありと宿した視線が痛い。莉音さんは赤い手帳とボールペンを取り出して、ひとつ咳払いをする。


「まずは、簡単なプロフィールからお聞かせ願えますか? 以前通っていた学校のことや、あとは部活経験や得意なことなどがあれば!」

「はい。そうですね」


 漬物をかじりながら、萩原優のプロフィールを思い起こす。もちろん転入する前の設定も用意してあった。なかなか突飛なものになっているが、大きければ大きいほど細かく誤魔化しやすいものだ。


「まず、名前は萩原優。萩の原っぱに優しい、と書きます。つい先日までは香港で暮らしていましたが、父の都合で帰国することになりまして」

「えーっ、帰国子女ってことですか!?」

「そうなりますね。英語と広東語には馴染みがあります」


 ここに関してはエージェント教育の一環で実際に習得している、というのもポイントだ。一番象徴的な部分をさらえていればたいていの目線は欺ける。


「得意なことは……スポーツでしょうか。学年途中での編入ということもあって、特定の部活に入るつもりはないですが、身体を動かすのは好きなので、機会があれば何かできるといいなと思います」

「なるほど。すると、大きなもので一番近いのは、再来月の体育祭になりますかね」

「ああ、そうでしたね。しかし、楽しみにしているということであれば、確か来月には文化祭があるんですよね? ボクにとってはこの学校で初めてのイベントになりますから、心待ちにしています」

「いいですねいいですね! 二年生は模擬店でしたよね。優センパイのエプロン姿、いやさメイド服姿、あるいは猫耳まで……!? 楽しみですねえ!」

「そんな俗っぽくていいんですかね……?」


 莉音さんの横で鼻血を出している人には触れないでおこう。理由知りたくないし。


「あとは……あ、そうだ。星座はなんですか?」

「……星座?」

「はい! 隅っこに星座占い書いてるので、そこのネタにもなるかなと!」

「ああ、えっと……十二月二十日生まれなので……」

「いて座ですね! ありがとうございます。一位にしておきます!」

「占いってそれでいいんですか?」

「まあまあ。それじゃ、朝食をいつまでも邪魔しちゃ悪いですし、わたしはこのあたりでお暇します。ご協力ありがとうございました! 来週あたり生徒会室前の掲示板に掲示しておくので、お楽しみに、です!」


 手帳をブレザーのポケットに落として立ち上がった莉音さんは、ぺこりと深くお辞儀をしてから、椅子を元の位置に戻した。


「いえ、こちらこそ。記事、頑張ってください」

「頑張ります! あ、最後にひとつだけ!」


 去り際、くるりと振り返った莉音さんの手の中で、パシャリとシャッターの音が響いた。


「えへへ、かーわいー! それじゃ、また今度お会いしましょう!」


 大きく手を振った莉音さんは、そのまま人の流れに紛れて食堂を去っていってしまう。写真はあまり撮られたくなかったんだけどな……。まあ、学校なんて場所に潜入している時点でだ。そのあたりは無茶ぶりをかましてきたAフォーに任せよう。


「……春風のような人でしたね」

「あはは、詩的。でもわかるよ。ただ、それはそれとして、ちょっとだけ急いだほうがいいかも。確か優ちゃん、始業前に職員室行かなきゃなんだよね?」


 見れば壁に掛けられた時計は七時半を指している。道理で、紛れられるだけの人の流れがあるわけだ。ボクは優雅さを損なわないギリギリまで急いで、残りの朝食を片付けた。

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