第11話 あたしたち三人で星辰魔法使いアイドルになろうって話
「あ、センパイがた!」
寮を出たところにあるちょっとした広場的空間の片隅に立っていた莉音さんが、顔を輝かせながらボクたちのもとに駆け寄ってくる。
「おー、おはよう莉音ちゃん。今日はごめんね、急に行先変えちゃって」
「いえ! それにまだ行けないと決まったわけじゃないですから。たといお昼に間に合わなくても、おやつでもお夕飯でもわたしは構いませんので! まあ、いつ売り切れるかが問題なんですけど……とりあえず! まずは優さんのコーディネートに全力を尽くしましょう!」
「心強いねえ」
……来てしまった……。
ここからどうなるのかだなんて、火を見るよりも明らかだった。
ボクは今日一日お二人のおもちゃにされるんだ……。
思わず天を仰いだところで、寮の四階部分の窓を通り過ぎる見知った顔に気が付く。美香夏さんだ。あ、目が合った。
た、す、け、て。
口パクで訴えてみると、めちゃくちゃ嫌そうな顔をされた。そのまま美香夏さんは窓辺を離れていってしまう。薄情な。
「それじゃあ、いってみよう!」
「おー!」
ああ、なんたる憂鬱……。
いまにもスキップを始めそうな上機嫌に挟まれているのだから、いっそリバーシのように、ボクの機嫌もくるりと反転してくれないものか。
もちろんというか、そんなことは起こらない。とはいえ不満全開というわけにもいかないので、ボクは莉音さんに気取られぬよう、必死に笑顔を形作りながら、休日の街に繰り出していくのだった。
朝とも昼ともつかない、午前十時の世界。
さすがに土曜日というだけあって、つい先日美香夏さんと歩いた印象よりは、通行人の姿は多い。中には、寮や校内でいくらか見かけた覚えのある少女たちの姿も見受けられた。
その意識もそぞろに、簡単な世間話を投げ返しながら駅まで来た。てっきりこの辺りで済ませるのかと思ったが、もっとふさわしい場所まで行くようだ。
そこまで力を入れてもらわなくてもいいのだけど、言って聞くとも思えないので、大人しく改札を通る。
そうして、どこか湿っぽい地下鉄のホームで、短い待機時間に入った折だった。
「そういえば、優センパイ。優センパイは、星辰使いなんですか?」
どう答えたものかと逡巡するが、逡巡した時点で負けのようなものだった。大人しく頷いておく。
「そうですね。内容は、あまり人には教えたくないのですが」
「あ、そこまでは聞きませんよ!」
わたわたと手を振って、ふっともうひとりにも水を向ける。
「つばさセンパイも星辰使いでしたよね?」
「うん。急にどうしたのさ? 待ってわかった。あたしたち三人で星辰魔法使いアイドルになろうって話なら大歓迎」
「なりません」
なにをわかったんだ。
つばささんは、はっと我に返った。
「美香夏ちゃんも入れて、四人グループにする?」
「しません!」
返ってなかった。
……すると、莉音さんと美香夏さんも星辰使いなのか。つばささんは内容まで知っているのだろうか?
「それもいいですけどねー。わたしのは星辰暴走の件についてです。お二人も星辰魔法使いなら、感覚的な部分のお話も、共有できるかなって」
「莉音さん。それには触れないように、とお話ししたじゃないですか」
「わ、忘れてはないですよ! 直接取材したい気持ちはぐぐっと抑えていますから。でも、自分の考えは持っておきたいんです」
立派なのか危なっかしいのか……。
「わたし、わからないんです。星辰暴走があんなに頻発するのはおかしい、っていうのは、もちろんそうなんですけど。そもそも、星辰暴走が起きるときって、情緒が不安定というか、星辰を提起する感情が高ぶり過ぎたとき、ですよね?」
「一説には、そういわれていますね」
その前提にある『感情/願いが星辰を生む』という時点で定説ではないので、本当に一説程度の説得力だが。それこそ、僕の感覚的な話なら──たぶん、それは間違ってない。火事場だか窮鼠だか知らないけど、追い詰められた星辰使いはやっかいだ。
「何の変哲もない日常のひとコマで、星辰に繋がるような感情が刺激されることって、あるんでしょうか?」
「それは……」
軽やかなメロディと共に電車が到着し、ボクらの目の前でその扉を開く。遅れてホーム側のゲートがぬるりと開放され、乗客が乗り降りしていく。
ボクたちもその流れに乗って搭乗すると、中はかなりの混雑だった。
ボクらのように遊びに出ている者や、バックパックを背負った観光客。乗客の層こそ違えど、密度としては平日の通勤ラッシュともそこまで変わらない。
つばささんたちを壁際に寄せ、そこに蓋をするようにボクが立つ。
そして、電車が動き出した。
少し、考えてみよう。莉音さんの疑問について。
そう、確かにそうだ。ボクらみたいに荒事に身を投じているのならともかく、星辰が暴走するほど感情が切迫するのは、珍しいことだ。
これまでの四件の暴走の内訳は、転移系が二回、電気系が一回、温度下降が一回だったか。転移は、まだわかる。ここからいなくなりたい、というような感情なら、天下往来にあっても胸に去来する可能性はある。
温度下降は微妙だ。確かに当日はまだ夏も真っ盛りで、その点では納得できないわけではない。
だが、猛暑日くらいで星辰反応が落ちてくるようなら、いまごろ日本は温度系星辰使いでパンパンだろう。星辰というのはもっと、いままさに火事に遭っているというような極限状況でこそ萌芽するはずだ。まあ、その極限の感じ方は個々人なので、極度の暑がりであれば、可能性がないではないのだけど……。
しかしどうあれ、電気はさすがに不自然だろう。それかあれか、本物のギャルはスマホの電池切れたら死ぬが例え話に収まらないのか?
というよりは、シンプルに。
「星辰暴走を起こさせる星辰魔法……いや。それはないですかね」
だってそれこそ意味不明だ。
いったいどんな感情を激発させれば、そんな星辰が発現するというのか。
「ないってことはないんじゃない。星辰はあらゆる可能性を許容するんだから」
「まあ、それはわかりますけど、いくらなんでも……」
ボク自身、かなり特異な星辰を宿している身ではあるが、それにしたって限度というものはある。
「星辰に効果を与える星辰なんて、聞いたことないですよ」
「ですねえ」
莉音さんも瞑目し首肯を返す。
が、つばささんは何でもないことのように、
「んにゃ、つばささんの友達の友達にいるけどね、星辰を対象にする星辰」
はい?
莉音さんと二人目を点にしてつばささんの顔を見やる。
「なんだよ、照れるなあ」
「それは、本当なんでしょうか!」
「もちろん。つばささんが嘘をついたことがあるかい?」
いや、あるでしょ。
莉音さんのほうからも苦笑が聞こえてくる。後輩からの評価もそんなものなんですね。ちょっとは身の振り方を考えていただいて。
話の真偽は気になるところだが、あえてぼかしているものをボクが払ってしまうわけにもいかないので、適当に嘆息で話を区切った。あとで帰ってから聞こう。
「でも、そうですね……実際、これまでになかったタイプの事件なわけですから、これまでになかったタイプの星辰が関わっている可能性は否定できませんね」
「それに、ほら。星辰を暴走させる、っていうのは結果であって、操作それ自体じゃないかもしれないぜ?」
「といいますと?」
「だからさ、感情を押し付ける、とかね」
力を入れようとした思考がすかりと空回る。それは……それは。
「それなら、前例もありますね! アメリカのナントカ大学が、記憶共有の星辰を用いて、ひとつの星辰を複数の無能力者に付与させる実験を成功させていたと記憶しています!」
聞き覚えのある話を耳にして、停止しかけていた思考はちょんと油をさされたかのように、元の回転を取り戻す。
「いや、それは……捏造だったんじゃないでしたっけ?」
「あれ、そうでしたか」
当時は、すわ能力者軍隊製造か、と話題になったものだった。
結局それは「星辰を獲得するほどの強力な心理的ストレスを人為的に与える」のが危険とか非人道的とか叩かれた挙句、研究の大部分が捏造だったことが発覚し、すぐに消滅。関連人物は軒並み業界で干されていたと思う。
……たぶん、向こうのボクたちみたいな組織がもみ消したんだろうな。発表から論争、捏造発覚まで三日もなかったし。
まあ、どう考えても研究は秘密裏に続いているだろうけど。そこはさておいて。
莉音さんもよく覚えていたものだ。
ボクは色々と事情が重なっていたので余さず目を通しておいたが、莉音さんにとっては海外発の眉唾ニュースでしかなかっただろうに。
「仮にそのようなものだとすると……今度は、どうして学生ばかりを狙うのかが犯人像の焦点ですよね。まあ、この視点だけじゃどうにもなりませんけど」
うーんと三人でひとしきり悩んでみても、答えは出ない。というか、出そうと思えば無限に出てくる。当たり前だ。いかんせん情報が少なすぎる。
星辰ひとつで起こせてしまう犯罪というのは、これだから最悪なのだ。
「実際に現行犯で目撃出来たら早いんだけどね。ほら、あたしたちも一応高校生なわけだし」
「おとり捜査ですか!」
「滅多なこと言わないでくださいよ」
「あはは……わかってますよう」
やがて「間もなく明治神宮前」のアナウンスが入り、列車がにわかに減速していく。
星辰はさておき、まずはなんとか今日を切り抜けないと……。
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