第10話 ファッションチェックを行います

「さて優ちゃん。これはとても重要な打ち合わせです」

「なんでしょう」


 午後の授業も終え、寮に帰ってきた途端、つばささんがキリッと真面目な顔をしてボクと正対する。そしてボクは本当に重要な案件なのか否かまだ測りかねている。

 ちなみにというか、午後の授業であった歴史と化学基礎に関しては、まあ暗記科目だよなということしか感想がなかった。当然知識が足りていない感はあったが、だからいまの授業でどうなるという話ではないし、おいおい詰め込んでいけばなんとかなるだろう。

 強いて言えば、食後の歴史は正直眠かった。つばささんじゃないので、本当に眠りこけこそしなかったけども。


「明日のお出かけに差し当たって、絶対に確認しておかねばならないことがあるのです」

「なるほど」


 どうやら真面目な話のようだ。真摯に聞く姿勢に移行する。

 絶対に確認しておかねばならないことというと……ボクの役回りとかだろうか。

 もちろん周辺警護は当然の義務として、毒見なんかも仕事の範疇かもしれない。ボクの場合、星辰を使えば意図的な混入物を知覚できるから、これで結構向いているのだ。まあ、意図的じゃない、例えば食品の傷みだとかになると、舌で感じるしかないんだけど。


「女の子のお出かけには必ず心掛けねばならないものが存在するのです」


 なんか雲行き怪しくなってきたな。


「というわけで、ファッションチェックを行います」


 真面目な話じゃなかった。

 いや……真面目か? つばささんと二人でならともかく、莉音さんも同行されるわけだから、下手を打って男だとバレるのは絶対に避けなければならない、というのは、ひとつ事実だった。つばささんはつばささんでボクの現状を……。

 いや面白がってるだけですね。めちゃくちゃニヤニヤしてるし。


「優ちゃん、明日の朝だと思って着替えてみて。あたしはしばらく洗面所にいるから」

「……はあ。わかりましたけど」

「よし、ではな」


 軽く手を上げて洗面所の戸を閉めるつばささん。

 残されたボクは、クローゼットの前で頭をひねる。

 ここで思いっきり男の恰好をしていくほどボクはバカじゃない。

 何故ならほかのすべては誤魔化せても、股ぐらについた異物だけは誤魔化しようがないからだ。ズボンはむしろできる限り避けるべきである。選ぶべきはいろいろと隠れる長めのスカート。ついでに花柄にしてみたりして。

 上も発想は同じだ。緩やかに、たっぷりと余裕をもった生地感で、残暑は気にしつつも肌をしっかりと隠していく。

 よし。


「つばささん、どうぞ」

「よーし優ちゃんの……」


 ガラリと勢いよく開いた扉の中から出てきたつばささんの満面喜色が、ぐずりと曇った。


「……おばさんか?」

「おばっ……?」


 互いに絶句する中、先に我を取り戻したのはつばささんだった。


「ツッコミはいろいろ用意してたんだよ。あたし的な第一希望は『男の子かーい!』だったんだけど。だったんだけどさ。ネタにできないダサさはやめてほしかったな」

「いやいやいや! ボクだっていろいろ考えて!」


 おかしい。あのつばささんの目がこんなにも冷たい。

 美香夏さんが乗り移ったんじゃないかという冷ややかな表情のまま、つばささんが手元のスマホでシャッターを切る。そのままたぷたぷとテンキーを操作するそぶりを見せる。


「あの、何をしてらっしゃるんですか?」

「莉音ちゃんに送った」

「何してらっしゃるんですか!?」

「何って、明日それで行くつもりだったなら問題ないっしょ」

「いや、でも、おば……そぐわない恰好らしいじゃないですか。それをわざわざ送らなくても」

「説得力が増すかと思って」

「何の!?」


 ぴろん、と着信音。ああ、莉音さんはいったい何を言っているのだろうか。

 そんなボクの心中を察したわけではないだろうが、つばささんがSEINのトーク画面をこちらに向ける。


つばささん「前略。パンケーキも大変楽しみなのですが、これを人類の損失だと思うのならば、明日は優ちゃんの服を買いに行きませんでしょうか(ふかぶか)」

RION「そうしましょう!!!(歯を見せて笑う)」


 話はやっ!


「い、いや、せめてつばささんと二人で……!」

「デートのお誘いはうれしいけど、もう言っちゃったからにゃあ」

「ほんとにバレますよ!?」


 万一にも、うっかり試着室に入ってこられるみたいなトラブルがあったら、一撃必殺だよ!


「だぁいじょうぶだって。優ちゃんはただ楽しみにしておけばいいの。ついに明日、優ちゃんは本物の女の子になるんだから……」

「なりたくねえ!」


 そもそも何着ても根っこの性別は変わらないよ!

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