第9話 見ていられないとはこのことね

 週末に誰かと遊びに行くなんて、初めてかもしれない。いや、もしかしたらずっと昔にはあったのかもしれないけど……子供のころのこと、あんまり覚えてないからな。少なくとも感覚的には初めてだ。なんだかんだで少し楽しみな気分にもなる。

 だが、一時間目の授業は、そのささやかな熱に思いきり冷や水を浴びせかけてきたのだった。波濤のように襲い来る「数学」で、思考回路がオーバーヒートしている。いっそメルトダウンかもしれない。どちらにせよ、ぐるぐるとした疲労感に押し付けられるまま、ボクは机の上にべったりと潰れていた。


「見ていられないとはこのことね。いくらなんでもそれじゃ編入できなくない?」


 隣から美香夏さんの呆れのため息と暴言が聞こえてくる。いや、まあ、事実なんだけどさ。それを認めるわけにもいかないので、ボクはとりあえず身体を起こす。


「数学は苦手なんですよ」

「苦手という次元じゃないように思えるけど」


 そうだよ! だって基礎がゼロなんだよ! ボクの学生生活における最後の数学(というか算数)の記憶ってば、分数のかけ算わり算とかだからね!

 さすがに確率とかところどころはエージェントになってから別に学んでるけどさ。

 つい先ほどまで行われていた授業は二次不等式(?)に関するものだったが、ボクはその前提と思しき因数分解の公式を理解するので手一杯だった。昨夜xだのyだの因数だのを予習していなかったらもっとひどいことになっていただろう。なんの慰めにもならないけど。


「ま、まあ。語学なら全然大丈夫だと思うので」

「本当かしらね」


 相変わらずの白けた調子で言われるので、なんだか少し不安になってきてしまったが、たぶん大丈夫なはずだ。少なくと英語にしろ国語にしろ、淀みなく会話はできるし、語彙力だってそれなりにあるはずだ。


「……たぶん」


 ***


 なんで現代に生きるボクたちが古語を学ぶ意味があるのだろう。古文それ自体については否定しないよ、ほら国の文化に触れるのも大事だからさ。でも古語は辞書引けばそれでいいじゃん。覚える必要ないじゃん。別に僕が知らないからってわけじゃないけど、あくまで一個人の意見としてね?

 まあそこはさておき、現代文と英語に関しては想定通り何の問題もなかった。英語に関してはむしろお褒めにあずかったくらいだ。


「納得できない……ただ帰国子女であるだけなのに……」

「なぜそこにほの暗い感情を!?」

「いえ、ごめんなさいね。私があまり文系じゃないから。数学がアレな人間が文系はできるっていう現象に理由を見いだせなくて、モヤモヤするの」


 文系美女っぽい見た目なのに。

 ボクが少々モヤっているところに、ふらふらとつばささんが近づいてくる。


「おーう優ちゃん。お昼行こうぜ」

「はい。あ、美香夏さんもご一緒にどうですか?」

「遠慮するわ。どうぞごゆっくり」


 手のひらを向けて断りを入れるや、美香夏さんはカバンを持ってどこかへ行ってしまった。いったいどこで食べてるんだろうな。

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