第8話 あたしたちはただの女子高生じゃないじゃないか

 朝食をとりに食堂に向かうと、途中一階に下りたところで、神妙そうな顔つきで思索に耽っている莉音さんに出会った。ずいぶんと集中しているようで、足は歩いてこそいるが、それは亀も抜かせない速度だ。

 声をかけていいものか逡巡するが、つばささんは特に気にすることもなく。いや、むしろ莉音さんの気持ちが周囲に向いていないことにかこつけて、足音を殺してその背後に歩み寄ると、わっと脅かして彼女の肩をたたく。

 哀れ梨音さんは「うぁいっ!?」という奇妙な鳴き声とともに飛び上がった。


「あはは。おはよ、莉音ちゃん」

「び、びっくりしたあ。おはようございます、つばさセンパイ! 優センパイも!」

「おはようございます。何かお悩みのようでしたが」

「あー、っと、わたしが偵知すべき大事件に、少し動きがあってですね」


 おっと、嫌な予感。


「お二人はご存知ですか? 星辰暴走の頻発について、なんですけど」

「知ってるよ。今朝のニュースに出てたよね」

「確かに、大事件ではありますけど。迂闊に首を突っ込むのは危険ですよ」

「真実のためには時に危険を冒す! それがジャーナリズムです!」

「やめてください。莉音さんに万一のことがあったら、ボクは悲しいですよ」

「う。で、でも……」


 思いつきで並べた美辞麗句だったが、意外と効果はあったようで、莉音さんはやや勢いを減じて二の足を踏む。僥倖。莉音さんが素直ないい子で助かった。

 さあこれはあと一押し、というところで、ふとつばささんが口を開く。

 嫌な……嫌な予感がする!


「まあ、いいじゃん。優ちゃんとあたしもついていけば」

「は!?」

「いいんですか!」

「よくないです! 駄目ですからね」

「でも真実が……」

「その情熱はもっと別のところに使ってください! だいいち、ボクとつばささんがついていったから何なんですか。か弱い高校生が三人に増えるだけです」


 ふふんと心中にほくそ笑む。もちろん実際にはボクはエージェントであり、か弱さからは遠いところにあるわけだが、ここは言ったもの勝ちだ。さすがにつばささんとはいえ、ここで「実はあたしたちは秘密組織の……」なんてことは言うまいよ。言わないよね?

 が、しかし。何が故にか、つばささんもボクに近しい不敵な笑みを浮かべる。


「何を馬鹿な。あたしたちはただの女子高生じゃないじゃないか」


 ちょっ!?

「そう、あたしたちはひとり残らず美少女JK! 三人揃えばそのへんのアイドルなんかメじゃないはずだ!」


 …………左様で。

 なんか、朝からどっと疲れた。アイドルに勝ってどうすんだよ、というツッコミを口にする気力もない。


「おおおお!」


 莉音さんは何に感動してるの? 捜査にはむしろ支障でてくると思いますよ、目立つから。


「すごいです! 美少女三人で迫れば、どんな人間もポロっと本当のことを言ってしまうに違いありません!」


 ……ああ。それは、確かに。

 いやいやいや、違う。そうじゃないでしょ。


「結局危険に対する備えは何もないじゃないですか。駄目ですからね」

「でも」

「何がそこまで莉音さんを駆り立てるんですか。本当に命に関わる案件なんですよ。実際に死人も出ているのは、ご存じでしょう」

「それは……」


 莉音さんは伏し流した視線の中で明らかに何かを思い描いて、けれど結局それをボクたちに明らかにすることなく、笑顔の中へと包み隠してしまった。


「そうですよね。すみません、少し無鉄砲でした」

「いえ。わかっていただければ、いいのですが」

「優ちゃんもケチだなぁ」

「ケチとかじゃないんですってば。ボクだって、新聞のネタ集め程度のことならお手伝いしますよ」

「あ、それじゃあそれじゃあ、明日は外出してみませんか?」

「今週は、土曜授業ないんだっけか?」

「はい、超絶休日です!」


 Vサインがよく似合う娘だ。

 さておき、ボクはつばささんに軽く目配せを送る。ボクだけ勝手に出かけるわけにはいかないからな。


「あたしはいける。超いける」

「ボクもご一緒できます。それで、どちらへ?」

「実は近頃話題のパンケーキのお店があってですね!」

「ああ、たぶんそれあたしも聞いたな。確かアストロ……アストロノート」

「アストロラーベです」

「それだ!」


 天体位置計アストロラーベか。小洒落た名前だな。


「ここは是非ともレポートを取っておかないと。なんでも、そのパンケーキのふわふわ具合と、とろけるような優美な甘さといったら、まさしく垂涎ものだそうで……」


 語る莉音さんの目はキラキラと輝いている。さすがに女の子らしい。


「まあ、まずは目の前の朝食ですかね」

「おっと、そうでした。少々用事があるので、早く食べて登校せねばなりません」

「おや、怒られか~?」

「あはは、お仕事ですよう。生徒会のほうでちょっとだけ。明日に持ち越すなんてことになったら悔やんでも悔やみきれません。しっかりやっておかないと」


 ……そういや、来月は文化祭、再来月には体育祭があるんだっけ。一般生徒が文化祭に動き出すのは来週からのようだけれど、生徒会となれば大わらわも大わらわだろう。むしろよく土曜日空けられるよな。まあ、規模感がわからない以上、何ともいえない部分はあるけど。


「あまり根を詰めすぎないでくださいね」

「はい。それじゃお二人はごゆっくり!」


 ぴゅん、と風を散らす勢いで食堂に向かった梨音さんに手を振って、ゆっくりとその後を追う。


「……あ、やば。そういやあたしも呼ばれてた」

「つばささんも何かお仕事が?」

「いや、夏休みの宿題をちょっと……ね」

「おい」


 よく人をからかう気になったよ。

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