第5話 十三番目の僕から十五番目の君に
「あの……君。髪を隠さないと」
扉の先に佇んでいた白髪の少年。窓から差し込む光にきらきらと照らされているその髪を見ていると、アネモネの祖父に初めて姿を見せたあの時を思い出す。
(特に髪の毛は見られないように。あなたも、それを守ってくだされ)
脳内に年老いた彼の声がよみがえる。
だから僕は、今でもフードを深く被っているのだ。
「ああ。ぼくは大丈夫だから」
白髪の少年がこちらに歩み寄る。僕の目の前に立つと、フードを勢い良く掴まれた。
何か声を出そうとしたのだが、僕の喉が声を鳴らし始める頃には……フードをまくられてしまっていた。
僕の白髪が。色が抜けたように生気を感じさせないような白髪があらわになる。
「白髪……!?」「星の子……悪魔め!!」
それまで何の反応を示さなかった青髪の人間たちが一斉に声をあげた。
その表情は引き攣っており、ギリリと歯を鳴らして怒りを剥き出しているものまでいる始末だ。
「なんてことを!!」
思わず叫んでしまう。せっかく隠し通していたのに。この男は自分が何をしたのか分かっているのだろうか。
怒りと困惑の混ざったよく分からない気持ちになってしまった。
しかし、どこか引っかかる部分もある。
なぜこの男は先に白髪を見せていても何も言われなかったのだろうか……?
堂々と白髪のまま教会に佇んでいたのに、それに関して何か咎められたりはしなかったのだろうか?
疑問は尽きないけれど、とにかくこの世界において白髪は忌み嫌われている存在なのは確実だろう。
そんなことを考えていると、青髪のフードを被った男が剣を抜いた。銀色に輝く細い刀身であった。それを強く握りしめて、僕にめがけて振り下ろしてくる。
「うわっ!!」
身体を床に投げ出し、ぐるりと一回転する形で相手の剣撃を回避する。銀色の剣は僕のローブをかすめて床に突き刺さる。
男は剣を力任せに引き抜くと、片膝立ちになっている僕へさらなる一撃を食らわせるべく剣をめちゃくちゃに振り回した。
空気を切り裂く音が蝿のようにうるさく聞こえてくる。
「ほら……!反撃しないと死んじゃうよ」
白髪の少年はまるでからかうような様子であった。
「わかってるよ……!!」
しかし……どうするべきなのか。僕は考える。
男の剣技を交わしつつ、目線を奥に佇む別の青い二人に移す。その二人も剣を抜き、攻撃の準備に移ろうとしていた。
「裁きをぉ!!」
声を裏返しながら振り下ろされた一撃をかわし、右の拳で男の頬を殴り飛ばす。
男はそのまま物言わずに後部へ吹き飛んだ。
人を殴ったのはこれが初めてだった。
拳に生暖かい相手の体温がまだ残っている。よく見れば、血やら唾液やらの体液も付着している。なんとも薄気味悪い感触だった。
続けて二人目の剣撃が飛んでくる。
「うっ…!!」
思わず声を漏らしてしまった。しかし、それもそのはず。
相手は思い切ったのか、細い剣をこちらにめがけて投げつけてきた。流石に回避は間に合わず、剣を目の前に認識した頃には左頬を引き裂かれていた。痛っ…!!違う。それよりもただ傷口がひたすらに熱く感じた。
武器が無くなった相手は、フードのポケットに手を突っ込んでいた。何かしらの武器をまだ隠しているのかもしれない。
僕は右足に力を込める。勢いよく踏み込み、相手に向けて飛びかかっていく。そしてそのまま相手の頭上にへと飛び上がり、右手と左手同士で握りしめた二重の拳で相手の青いフードのてっぺんにめがけて叩きつけた。
男は「うぎゃあっ!!」みたいな情けない声をあげると、鼻からいっぱい血を吹き出してひっくり返った。
「凄いな……これは」
拳を握りしめ、指を解放して……その動きを二、三回繰り返し赤くなった拳を見つめる。
この世界にやってきて一つ思ったことがある。
それは、僕自身の身体能力が異常なまでに強化されていることだった。普段から運動はしてはいたのだが、スポーツに興じるといったわけではない。そんな僕が、この世界では人体を超越したような動きをすることができているのだ。いや、そんな単純な話ではない。形容するのならば、脳内で考えた身体の動きが瞬時に実行され……それが常識的な人間では不可能な動きであってもこの身体であれば再現出来てしまう。そんな感じなのだ。
「凄いね。ここまですごいとは思わなかったよ」
白髪の少年はぱちぱちと音の小さい拍手をしていた。当然僕は、そんな彼に向かって恨めしそうな視線を突き刺していく。
「そんな目で見ないでよ。自己紹介がまだだったね。ぼくはカイ。ただのカイじゃないのさ。
「今じゃなきゃ喜べたけどさ!!」
同じ世界からやってきた人間に出会えたことは嬉しいが、今はそれを喜ぶ訳にはいかない。一応今は戦闘中なのだ。
負ける気はあまりしないが、これでも一応命の危険に晒されているのだ。
「ごめんね。でもね、今が君にとってのチュートリアルにふさわしいと思ってね。拳を構えてよ、えーっと……」
カイは僕の切り裂かれた頬に目線を向け、くすっと笑みを浮かべるとそのまま発言を続けた。
「さしずめ、ルピナス・ブバルディア君……といったところかな?今日から君はそう名乗ってよ。でもそれじゃあ言いにくいから……ルディアでどうかな?」
「どうかなって言われても……」
傷ついた頬が蠢いてむずむずする。全く頓珍漢な名前を付けられているわけではないので嫌な気はしないのだが……いいや、今はもう何だっていい。
三人目の男が二本のタガーを振り回しながらこちらへ向かってくる。
対して僕は言われるがままに呑気に拳を構えているわけだ。
「ルディア。君はどこで物事を考えているのかな」
「何って、脳みそに決まってるでしょ」
「そうだよね。脳から出た命令が神経を伝って……肉体に作用する。ねぇ、これからは行動の命令以上に、君の鮮烈な気持ちを込めて拳を振るってくれないかな?」
「よくわからないけれど……わかった」
タガーを振るう男はもう目と鼻の先である。悠長におしゃべりなどしていたからだ。
目を閉じて……言われるがままに、僕のありのままの気持ちを絞り込む。
捻り出した気持ちは、怒りであった。
そうだ。そうなのだ!!元はと言えばカイが僕のフードを剥ぎ取らなければこんな事にはならなかったのだ。思い出すだけで腹が立ってきた。そんな思いを脳から発令し、右の拳に充填させる。目をゆっくりと開くと、拳がわずかに白く光り輝いていた。
そしてその拳を……相手へめがけて叩き込む。壁を殴っているような重い感触だった。
僕の拳は相手に触れる前に空気を捉え、それに全てのエネルギーを費やしてしまった。
押し込められた空気は拳の跡をつけて急速に圧縮され、そのまま相手の腹部に目掛けて弾き飛ばされた。凄まじく脳筋な空気砲といった所だろうか。相手は声を上げるよりも先に後方の壁へ吹き飛ばされた。
バチーン!と石造りの壁に音が鳴り響く頃、タガーの男のうめき声が聞こえてきた。
凄まじいスピードでの攻撃であった。
拳に込めた怒りの感情はすっかり消え去ってしまった。
「そう、その通り。この世界において僕達は、気持ちや思いを込めて力を振りかざす方がいいみたいなんだよね。そうすれば今の君のように面白い力が出せるわけだし……」
そう語るカイの後ろに男が現れた。
いちばん最初に攻撃した男が、ふらつきながらも剣に手を伸ばそうとしているところだった。
「後ろ…!!あぶな」
「大丈夫。こんなことだって出来てしまうのさ」
カイの右の脇腹からバラのイバラの様なものが一本現れた。茨の先には少しだけ裂けた蕾のようなものがある。
その位置から相当するに、肋骨が一本イバラに変形したのだろう。
それが腕の太さくらいに膨らむと、後ろの男性の首にめがけて鋭い一撃を放った。
「
既に首筋に突き刺さったイバラはそれでも動きを止めず、若干右斜め上へと動きを変化させて男の首を上へ引きちぎった。
首は宙を舞い、僕の足元の側へごろりと転がった。胴体は浜辺に打ち上げられた魚のように小刻みに震えながら、首の断面から赤い飛沫を勢いよく噴出させている。
「骨なんて普通なら自由に動かせないからね。別に骨じゃなくてもいいんだけど、そのうち身体のあちこちを植物に変えて扱えるようになるよ」
「えっ……そうじゃなくて。今君はなんてことを」
彼は今、顔色ひとつ変えずに人間を殺した。
今この瞬間、再び目の前で命が奪われたわけだ。
僕は極力命を奪いたくない。どんな相手であろうとも、それは人間であって悲しむ誰かがいるからだ。それに、ルビル村での一件があってからそこには過敏になっていた。
先程の反撃だって、命を奪おうとは思っていない。頭頂部と、そして腹部を打撃した二人に目線を移す。
ぐったりと気を失ってはいるが、身体を痙攣させていたり、呼吸のために身体を揺らしていたりと……命が途切れていないことだけはわかる。
「ああ、そういうことか。そりゃあね、ぼくだって命を奪うのには抵抗あるけどね」
「だったら……なんで今」
「それは今の青髪の子は……いいや、やめておこう。君もいつかわかるようになるよ」
そうつぶやいた彼の表情は、どこか悲しげだった。
彼は今何を思っているのか、少なくとも僕には何一つとしてわからない。ただ、彼が最後にいつかわかるようになると話していたけれど、そうはなりたくないと感じてしまった。
「パキッ、バキ……」
痙攣する胴体の方から乾いた音が聞こえてきた。火の中に入れた木材が割れる音の様だった。小刻みに揺れる胴体の周りに青色の煙のようなモノが出現し、ゆっくりと黒く変色しながら霧散していった。
「参ったね。こんな事にも気付けぬほどぼくは……」
カイは指を口元に当てて、何やら思案を始めた。
「とりあえずここから出よう、ルディア」
「ちょっ!」
ぐいっと肩を掴まれ、教会の出入口に向かって連れられていく。彼の真剣な様子から、今は従うのが吉であろう。剣で切り裂かれ、ボロボロになったフードを頭に被り、教会を後にするのであった。
★☆☆
「………ッ。消失反応」
水色と濃紺のふたつの髪色をした奇妙な男はそう呟いた。彼は聖騎士風の風貌であり、腰にはくねくねと曲がった銀の件を携え、首元にはイバラの冠をあしらった指輪をネックレスのように身につけている。
王都の広場で声高に神の教えを説いていた彼は、直ちに違和感を感じた教会にへと帰還する。
「どうした。何があった」
扉を開けると、彼は思わず息を飲んだ。2名の部下はボロボロの状態であり、1人はぐったりとしたまま気を失っていた。そして極めつけには、首が無くなって転がっている部下の姿間である。
「ミスルド様……」
鼻の下を真っ赤に染め上げた部下が事の顛末を話す。
「何だと!星の子がここに…!!」
ミスルドと呼ばれたその男は、首に下げた指輪を強く握りしめた。
「神よ、私の信心に応えて下さりありがとうございます」
恍惚に満ちた彼の表情からは狂気的な何かを感じ取ることができる。
「急いで出払っている者共を帰還させろ。そうだな……今夜だ。今夜星の子を虱潰しに探してしまおう。何、多少手荒な真似をしても陛下は許してくださるさ。しかし……ああ実に私はなんと運が良いのであろうか」
ミスルドは思案する。死んだ部下に植え付けた魂の一部は霧散したのだが、わずかばかり自身の知らぬ何かにこびりついたようだ。
とはいえそれははっきりとモノに宿ったのではなく、宙に浮いているような感覚があるのだが、辿ることはそれほど面倒ではない。
ああ、今ここに。私の力を見せつけるのだ。
ミスルドの深く青い眼はぎらぎらと輝いていた。
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