第二章 ドキドキ!?王都来訪編!!

第4話 ふたり、王都へ

舞台は少し離れて。静かな古城に移る。

美しい敷物に、壁には何かの紋が縫われたタペストリーがずらりと並べられている。

豪華絢爛に彩られたその部屋には、それに相応しい姿をした男が座っていた。

しかしその部屋は全てを照らされている訳ではなく、かなり薄暗くなっている。

残念ながら、その男の風貌はよく見ることは出来なかった。


「報告はっ、以上になります」

声を震わせ、薄い水色の髪をした女性が報告を終えた。

「つまり……」

男はひどく落ち着いた声だった。しかし、その奥底には力強さと威光が伝わってくるのだった。


「お前は任務を遂行出来なかったというわけか」

「………はい」

蚊の鳴くような声とはまさにこの事。その女性は今にも死にそうな声でそう答えるのだった。


「ならば。これは返してもらわなければな」

男は玉座から立ち上がると、跪く女性の心臓へ腕を伸ばした。

ばきっ。その腕は胸骨を押し破り、彼女の体内から心臓を引きずり出す。

その心臓には水色の紋章が刻まれていた。


「かはっ……申し訳ありません、もうしわけ…」

目元に涙を浮かばせ、口や穴の空いた胸からの液体を流しながらそう懇願するのだった。

男の手のひらが紋章に触れ、紋章がゆっくりと薄くなる。


紋章が薄くなるのと同時に、彼女の頭髪からは色が抜けていった。更に、胸から滴り落ちる液体が赤黒く変色を遂げていく。

薄気味悪いその液体は、どうやら血液だったようだ。


「しかし」

男は手を止め、奪いかけていた紋章を彼女の心臓に押し戻す。紋章が心臓に刻み込まれ、頭髪と血液が水色に染まる頃には彼女を床に放り投げていた。


「いやぁ……」

「お前はそれを意図していないのだろうが、結果としてあの地にはあれだけの悪意が振りまかれた。あの国中に伝播し終わるのも時間の問題か。それもまた良し。今回だけは不問としてやろう」

男は玉座に戻る。


「さぁ、行け。まだ我が手中に収まっていない輪紋りんもんを献上するのだ。その暁には、お前の望みも叶うだろう」

男はそう告げ終わると、部屋を照らしていたたった一つの灯りと共に姿を消した。

見たことも無い形状のそのランプは、いわゆる魔法で動作しているようだった。


「あぁ……助かった」

床に倒れ込んだ彼女はごろんと身体の向きを変え、真っ暗な天井を見上げる。

胸に空いた穴はすっかり塞がっていた。

真っ暗なその部屋では確認できないが、フードははだけていて、その顔ははっきりとあらわになっていた。


その人物は……あのとき神殿の地下にいた、隊長と呼ばれていた女性だった。

彼女の名前はドレジア。それが、この世界から与えられた名前である。


★☆☆


その日は、ルビル村で……

いや、すっかり村となってしまったその場所で一夜を過ごした。

服が焼け焦げ、所々肌があらわになってしまったロベリアは、壊れた家から服を漁っていた。

そしてたどり着いた服装は、僕とあの子が初めてであったあの日に……あの子が着ていた服であった。

そう。変身前のシンデレラだなんて思っていたあの服だ。


正直眠れるような気分では無かったが、肉体の疲労は凄まじいものだったらしく、一瞬で眠りにへと落ちてしまった。

ロベリアはずっと月を見ていた。あの子は眠らないのだろうか?つくづく不思議な子だと思った。


翌日、身体を覆う寒気で目が覚めた。

それは当然。この地は山の上だ。火を焚いていたから眠れたのであって、布団もかけずに瓦礫横で佇んでいたのだから身体が冷えて当然だ。


食欲は無かった。聞けばロベリアもそうらしい。

「水を飲んで。陽の光に当たっていればそれでいいのよ。あなたも同じよ」と、

朝一番でも彼女は相変わらず訳の分からないことを口にしていた。


こうして、明け方。僕達はルビル村を出発した。思い出と、あの子を置き去りにして……



王都までは時間にして四時間近く歩いたとは思うが、村から続く道の通りに進めばいいだけだったし、特段危険な獣も野盗も出なかったのでスムーズに進むことができた。

ただ、一つ問題になったのは王都に着いてからであった。


当然のように入口の門には守衛が構えている。その守衛が質問をしてきたのだ。

「貴方達はどんな御用で王都までいらしたのですか?」

しまった。何も考えていなかった。

これは空港の入国審査のようなものだ。

小さな街ならともかくここは王都だ。当然その類のセキュリティはしっかりしているのだろう。


「えーっと、あはは。人を探して来たっていうか」

適当なことを話す。しかし、目が泳ぎまくりだし汗が止まらない。守衛の眉が動く。

明らかに不審がっていた。


「はぁ。そんなもの、どうだっていいでしょう」

ロベリアはそう話すと、手から大きな手刀を顕現させた。

守衛が槍を構える頃には、彼女は飛びかかっていた。

「ぐあああ、なんだコイツは!?」

「手が剣に変形した!」

彼女が手を振るう。太い木の棒で壁を殴ったような音がする。身体に響くような気味の悪い音だ。ぎゃああ、とか。ぐああ、みたいな守衛たちの悲鳴と共に、バッタバッタとなぎ倒していく。


「さぁ、行きましょう」

ロベリアは重い鉄の扉を片手で押すと、僕の手を取って王都の中へ入るように促すのだった。


僕は……この子のことがよくわからない。


結構な騒ぎになってしまったとは思うのだけれど、連絡を取られる前にロベリアが全員の意識を飛ばしたせいで問題なく王都に侵入することができた。なんか血が出ていたような気はするのだけれど、命奪っていないらしい。


扉の先に広がる景色は、まさに絵に描いたような栄華を極めた街並みだった。

ここが……この王国の王都。

王都の名はサングィネア。

この国の名前と同じく、そしてこの国を総べる王族と同じ名前を冠しているのだという。

以前アネモネから聞いていたので、その程度の知識はあった。


ロベリアは、まず服を買い揃えたいようだった。

「あの悪魔はまだ復活したばかり。小さな灯火なのよ。だから他の人間を食らって、小さな魂の火種を集めて大きな炎となる。いちばん考えやすいのは、人が沢山集まっている所か……それか強い魂を持った人間がいるところね」

ギラギラと輝くブティック街の前で、通行人が思わず立ち止まってしまうようなおぞましい話をするのだった。

しかし幸いにも、立ち止まる人間は誰もいなかった。


「じゃあ。なにか適当に服を探してくるから。店の前で待っていてくれる?」

そう話すと彼女は服屋の扉を開け、店の奥へ消えていった。どうせなら一緒に入っても良かったとは思ったけれど、よく考えてみれば全身をフードで隠した自分が来店するには浮きすぎている。変な目で見られるのなら、何もしない方が吉か。


流石に店の前で立ち止まったままでは目立つので、道路を挟んで反対側の店の隙間で待つことにした。いわゆる薄暗い路地裏だ。

ここなら扉を確認することができるので、すぐに駆けつけることが出来るだろう。


そんな事を考えつつ、ロベリアを待った。しかし、2.30分が経過しても彼女は現れなかった。

いくらなんでも時間がかかりすぎだ。確かに素敵な服を選びたい気持ちはわかるが、あまりにも悠長すぎる。

人の群れをかき分け、ロベリアの入った服屋の扉を開ける。

店は二階建てになっていた。並べられている服の隙間も、全ての売り場もチェックした。

更衣室は小さいものが2箇所しかなかったが、両方とも使われていなかった。


「参った……どうしよう」

どこかのタイミングで入れ違いになってしまったのかもしれない。しかし、そんな事あるのだろうか。裏口でもない限り不可能だろう。けれどもこの店には裏口が無い。ますます謎は深まるばかりだった。

とりあえず店から出る。


この街にやって来て気がついたことは、街ゆく人々の髪の色がたいてい赤系統だということだ。確かにルビル村も赤い髪の人しかいなかったし、この地域では赤い髪の人間が多いのかもしれない。

時より青い髪の人間もいるにはいるのだが、ロベリアほど紫がかった髪の人間は居なかった。だとすれば、離れて行動したとしてもすぐ気づくのでは無いだろうか?


少し前の彼女の言葉を思い出す。

(人が沢山集まっている所か……それか強い魂を持った人間がいるところね)


とりあえず、人が沢山いるところを探してみよう。こうして僕はブティック街を離れて、街の中心にそびえ立つ王城目がけて足を進めていった。


大通りをそのまま進んでいく。ブティック街を抜けた先には食料品を売っている店が増えてきた。焼きあがったパンの良い香りが大通り中に立ち込めている。当然お金など持ってはいない。先を急ぐ。

食料品店街の先には、宿や三階建ての住居が増えてきた。人の数も少なくなってきたが、その中でも一際目立つ建物があった。


この街の建物の屋根は大半が赤か橙色になっている。あれがレンガなのか、瓦なのかは知識が無いから分からないけれど、まるでイタリアの古い街並みのようであった。

そんな中、明らかに目立つ建物がひとつ。


青色の尖った屋根に、周囲には青薔薇がこれでもかと狂い咲いている。

建物の窓は寒色系のステンドグラスで彩られており、幻想的といっても差支えのない建物だった。

建物の内側からは、綺麗な歌声が聴こえてくる。どうやら賛美歌のようだ。

つまり目の前の建物は、教会のようだ。


僕はなぜだか、その建物に惹かれてしまった。手が扉に伸びる。吸い込まれるように身体が進んでいくのだ。

そしてドアノブを握りしめ、見た目に反して軽い扉を引く。


扉の先にあるのは受付のような場所だった。

カウンターの所にはフードを被った青髪の女性が、奥に続く扉の前にはこちらもフードを被った青髪の男性が二名佇んでいた。


けれど、それより一際異彩を放っていたのは……目の前にいた白髪の少年であった。


「十三番目の僕から十五番目の君に。こんにちは」

白髪の少年はそうはにかみ、優しい眼差しをこちらに向けてくる。

胸の奥に響く心地の良い声の持ち主だった。


けれど。僕は……


僕は、なぜか彼と初対面だとは思えなかったのだ。

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