第3話 赤色の再会
「酷い怪我だね」
青紫色の髪をした少女は、傷を負いすぎて動けない僕の隣へ膝をついて座り込んだ。
そしてその子はぼろぼろに破れた僕の腹部に手を当てるのだった。
だが、その小さな手のひらからは細いツタの群れに包まれているし、手の側面からはまるでブレードのように大きな葉が生えていた。
彼女の手が傷口に触れる。
「つっ…!!」
痛みのあまり思わずうめいてしまう。
だが、そんな僕をよそに彼女は……手のひらから生えるツタを使って傷口を縫いつけたのだった。麻酔など無しで縫い付けているわけなので痛みは感じるのだが、あまりの早さと傷本来の痛みのせいで特段それを機にすることは無かった。
しかし、この子は何者なのだろうか?
「君は……」
「私の名前はロベリア。ただのロベリア。あなたは……そう。ブバルディアというのね」
聞き慣れぬ名前に頭が混乱する。
「いや……僕は。確かになんて名前だったかは思い出せないんだけど……僕にはルピナスって名前が」
「違う。自分の左腕を見て」
言われるがままに弾け飛んだ左腕を見る。
思わずぎょっとしてしまった。
感情をもっと正確に表現するのであれば、驚きを通り越して恐怖の域に達していた。
無くなったはずの肘から上の部分。
当然そこに肉体など無いのだけれど、先程までと決定的に違う点は、傷口から植物が生えでていることだった。
小さな茎のようなものや、まるで管のような形をした小さな赤い花なども生え揃っていた。
「そこに生えてる花の名前はブバルディア。あなたがブバルディアだから、それは生えてくるのよ。だから……そんなくだらない名前なんて忘れなさい」
「えっ……」
「話は終わり。続きはあれを始末してからね。といっても、勝てる自信なんて無いのだけれど」
そう吐き捨てるように語った彼女、ロベリアはすぐさま骸骨の方へ向かっていった。
彼女は一度髪をかきあげ、大きな葉が突き出た拳を胸の前で構えた。
すると手のひらから突き出た葉は更に大きさと鋭さを増していき、じんわりと青色の光を帯びるのだった。
そして、体勢を戻した骸骨目がけて斬りかかりに行くのだった。
切れ味の良い包丁で、野菜を難なく切り裂くような。イメージとしてはそれに近かった。
骨の隙間からイバラを生やし、ロベリアに向けて追撃の手を緩めない骸骨。そんな相手の攻撃をざっくりと切り落としていく。
向こうも学習はしているようで、容易く切断されないようにイバラを二重、三重の螺旋の様な形にひねり攻撃をする。
だが、それは彼女には無意味であった。
どれだけ束になろうが、ロベリアはイバラを難なく切り裂いていく。
こうして彼女は一分もしない内に、骸骨のイバラを全て切り裂いてしまった。
心做しか、小刻みに震える髑髏は苦悶の表情を浮かべているようにも見える。
そんな骸骨は、ゆっくりと浮き上がった。
上空5メートル程の所で停止すると、身体をブルブルと震わせて赤色の光を放つのだった。
ロベリアはなんの言葉も発さず、右手に生やしていた大きな葉を骸骨の頭部に投げつけた。
ざくっ。葉は骸骨の心臓部分に命中した。
ロベリアの右手からは青紫色の液体がドロドロと流れ出ているようだった。
「ァァァァァァアアアア!!」
心臓部分を貫かれた骸骨は、ここで初めて声を上げたのだった。空洞に響いた老魔女のような、それは醜い声だった。
思わず耳を塞ぐ。右手しかないので右の耳しか塞ぐことが出来なかった。植物の生えた件の左手に目を向けると、植物の集合体ではあるが手首の箇所まで再生されていた。
ブルブル震える骸骨の身体から、再びイバラが生え揃う。すると身体中の骨が砕けながら朽ちていった。
赤黒い頭骨が風に砕かれて溶ける頃には、骸骨は蕾のような姿に変態を遂げていた。
その蕾は次第に膨らみを増していく。
ロベリアの手刀が貫いた穴からはより一層赤黒い光が漏れていた。
おぞましい光景だった。
蕾が限界まで膨らむと、風船が割れるような音がした。
めいっぱいの光と血液と共に中から現れたのは、これもまた一人の女の子だった。
ばしゃばしゃばしゃ。血が雨のように降り注ぐ。その赤い雨の中を、ゴシックドレスに身を包んだ少女が舞い降りる。
「あぁ……本当に嫌な目覚めね」
少女はゆっくりと目を開く。
しかし、僕は思わず息を飲んでしまった。
だってその顔は……あまりにもアネモネに瓜二つだったのだから。
「でもぉ……きゃははははっ!!あんなに可愛くておいしい子がいたんだからプラマイゼロって感じかしら」
元骸骨は背中からコウモリの羽のような形の葉をばりっと生やすと、先程蕾があった位置にまで舞い上がった。
「しかもこんなに顔を似せれるだなんて、アタシってベリーグッド!じゃない……?」
頬を赤らめ、手をうっとりと頬に当てるその姿からはまさに悪魔を連想とさせた。
その口元からは小さな犬歯がちらりと顔を覗かせていた。
「うふふっ、みなさん。ごきげんよう。アタシの名前はストローザ、以後お見知り置きを、ね♡」
「スト、ローザ……?」
ロベリアの眼光が一層鋭さを増す。
「ああやっぱり、私は間違って……無かった!!」
失った葉の手刀を生え揃わせ、人間離れした跳躍でストローザの元へ飛びかかる。刃がその首元を捉えようとするその時だった。
びかっ、ストローザの寸前に赤い魔法陣が現れた。
「原色魔法……
魔法陣から零れた真っ赤な炎は、空中に留まるロベリアを包み込んだ。
炎はうねり、執拗にロベリアを攻め立てる。
彼女を包んだ炎は三回ほどゆらめくと、真っ黒になったロベリアは地面に向かって叩きつけられた。
炭を地面に叩きつけたような乾いた音がした。ロベリアをよく見ると、身体のあちこちがぼろぼろになって欠けている。
辺り一面が嫌な匂いに包まれる。思わず顔をしかめてしまう。
「残念。さっきのあなたなら私を殺せたかもしれないのにね。さてと、次は。そこのあなた」
にやあっ、と口元に笑みを浮かべながら、ストローザがこちらに向かってやってくる。
「来るな……」
必死の抵抗で、迫り来る相手に足元の砂を投げる。そんな自分がなんとも情けなかった。
先程まで胸の奥で燃えていた、あの激しい気持ちはすっかり燃え尽きてしまっていた。
圧倒的な実力差。向こうの変身前ですらあれだけの差があったのに、今では傷一つつけるどころか、逃げられるかすらも怪しかった。
ストローザの指が僕の顎に触れる。
いやに冷たい指だった。苺の紅茶の様な匂いもする。見れば見るほどアネモネに瓜二つだが、彼女のような優しさや溌剌とした元気さは全く伺えない容姿であった。
「あら、アナタ。なるほど、そうなのね」
ストローザは艶やかな笑みを浮かべると、何もせずに再び上空へ舞い上がった。
「今回はこれでお暇させてもらうわ。そっちの子も……まだ息があるみたいだし」
「げふっ」
ロベリアがうめく。ひゅー、ひゅーといった風を切るような細い呼吸音が聞こえてくる。
「アナタにはまた会いそうな気がするの。それでは、ごきげんよう」
悪魔はアハハハハと高笑いを浮かべながら、月が出ているのとは反対側の闇夜に消えていった。
「待て!くそっ……返せ……返せ!!」
すっかり生え揃った左手で、あの悪魔がいた虚空をゆっくりと掴む。
やっと見つけた幸せ、取り戻しかけてきた自信。
そして、笑顔のあの子を……
全てあいつに奪われてしまった。
命の温かさがすっかり失われたルビル村には、ただ悲しく炎がばちばちと音を立ててゆらめくだけだった。
★☆☆
「はぁ……はぁ」
ロベリアは瓦礫の山にもたれかかり、肩を動かしながら大きく呼吸をする。
まだ頬は焼かれているし、服も黒焦げではあるが、四肢はしっかり生え揃っている。
ひとまずの再生はできているようだ。
「あれは、一体なんなんだ……」
思い出したくもない忌むべき存在。
あいつは僕から全てを奪い、そしてあの子の姿に成り代わった。
自らをストローザと称した、まさに悪魔のような存在であった。
「古い文献に示された、赤の悪魔。それがストローザ。なんで解き放たれているのかもわからないし、遅かった……」
ギリリと奥歯を噛み締めるロベリア。
「私はあの悪魔を探してここまで来たのよ。封印されているのだから、目覚める前に倒してしまって力を奪うつもりだったのに……誤算だった。でも、嬉しい誤算もひとつ」
ロベリアがこちらに歩み寄る。先程の焦げた嫌な匂いはすっかりと無くなり、花の良い香りがしていた。
「ちょっ……」
彼女は僕の手を取り、指の間に指を絡めてきたのだった。
「やっと見つけた。私だけの英雄……いや、王子様……」
ロベリアの目からはすっかりと輝きが失われ、恍惚とした表情からはまるで抑えきれない感情が漏れ出ているようだった。
「ちょっと!訳わかんないって!!」
僕は彼女の手を振り払う。彼女の表情が暗く曇る。
「……それもそうね」
彼女から伝えられたのは、古い伝承のようだった。
「ある時、世界に三柱の悪魔が現れた。青の色を冠するアブルローズ、赤の色を冠するストローザ……黄の色を冠するラズローゼ。人々の平和は途端に切り裂かれ、地獄と化した。だけどある時、白い星が流れ落ちた。そこから現れた英雄は、時代と共に流れて悪魔をことごとく討ち滅ぼした。その、いちばん新しい星があなたなのよ。ブバルディア」
「そんな事を言われても……」
「思い出して、星と共に流れ落ちてきたでしょう!!」
「……あぁ」
眼球の裏側に記憶が投影されるような感覚がする。言われてみればあの時……
ビルの隙間からこぼれ落ちたあの時。
流れ星を見たような気がする。そして、自信が流れ星になって堕ちてきたような気さえする。
あの花畑だって、言われてみれば巨大な何かが落ちて出来たクレーターのような形をしていたような気もする。
「そうだね。そんな気がする。それで君は、僕にあのストローザって悪魔を殺してほしいって事なの」
「……違う。私にとってあの悪魔はどうだっていい。隙をついて殺して力を奪い取るだけだったから。私が殺したいのは」
彼女は立ち上がる。傷はすっかり完治しているようだった。
「青の悪魔。アブルローズ。みんなを救うために、あいつを殺すのよ。悔しいけど、あいつは強い。だから弱い者から確実に食らっていって、確実に始末したいの」
「
信じられない話だった。
「僕は弱いよ。君の役に立てるかはわからない」
仮にあの悪魔を倒せる時が来たとしても、上には上がいるという事だ。
あぁ。とてもではないが、考えたくなかった。
「違う。違う。あなたなら勝てるのよ」
今度は肩に両手を乗せてくる。
「あなたなら、いつか必ずあいつを殺してくれるし、さっきの悪魔くらいすぐに倒せるようになる。お願い……私を助けて。それに、あなたはあの悪魔に復讐ができる」
復讐。そんな言葉など以前の自分であれば考えることも無かっただろう。
今はただ。ただとにかくあの悪魔が憎いのだ。
「……わかった」
「ありがとう。あなたならそう言ってくれると思ってた」
肩に置いた手をそのまま背中の方に絡めてくる。あわててその手を払う。傍から見れば羨ましい光景なのかもしれないが、そんな事などどうでもよかった
「とはいえ、この先どうすればいいんだろう」
一番の問題はそれだ。アレに再会して、その前にも力をつけなくてはならない。闇雲に為せる所業ではないのだ。
「あの悪魔は月と反対側の方に飛び去って行ったでしょう。あの方向にあるのは、この国の王都。人が沢山いるんだから、それを喰らいに行ったんじゃないかしら」
「人を食べる…」
あの時、目の前で弾け飛んだ男の子の泣き顔が蘇る。
ロベリアは先程復讐と口にしていた。復讐もそうだけれど、早くあいつを止めることが出来るのであれば、一人でも涙を流す人が少なくなるかもしれない。
「わかった。急ごう、王都へ」
本当であれば、こんな形で王都へ向かうはずではなかった。もっと笑顔で、他愛のない話をしながら、隣には笑顔のあの子がいて……
でもそれはもう叶わない。
けれど、それでもやらないといけないことがあるのだ。
これが僕と、後から思えば悪魔のような女の子……ロベリアとの出会いであった。
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