『死神とアヤメ』(2)

アヤメは、ほっとして息を吐くと、再び死神に歩み寄った。

死神は、背中の痛みと生命力が尽きかけた事により、息を荒くしている。

アヤメは膝を折って座り、死神と視線を合わせる。

アヤメを見返す死神の瞳は、先程までの鋭さは皆無で……弱々しかった。


「ねえ、どうすれば、あなたが元気になれる?」


アヤメが優しく問いかけた。本気で死神を助けたい一心なのだろう。


「……魂か…生命力……」


死神の小さな呟きを聞くと、アヤメは少し顔を伏せて何かを考えた。

そして、決心したように顔を上げた。


「魂は無理だけど、生命力なら私のをあげる」

「………!!」


死神は力のない目をしながらも、驚きを隠せない様子だった。


「大丈夫よ。だって私、悪魔にも生命力をあげた事があるの」


それは、オランの事を言っていた。

悪魔のオランは、人間界では契約者であるアヤメの生命力を吸収しながら活動する。


「………いいのか?」


先程まで魂を強引に奪い取ろうとしていた死神が、今度は念を押す。


「うん、いいよ。あ、でも死なない程度でお願いね」


ただ純粋に相手を思いやる、温かい微笑み。

人から恐れられる自分に、こんな笑顔を向ける人間は初めてだと死神は思った。


「分かった」


一言の後、引き付けられるようにして、死神はアヤメに両手を伸ばした。

オランの時は、アヤメを強く抱き締める『抱擁』によって生命力を吸収した。

きっと今回も同じだろうと思って、アヤメは死神に身を任せるつもりだった。

………だが。

死神が伸ばした両手が、アヤメの頬を包んだ。

次の瞬間、躊躇いもなく……アヤメに口付けたのだ。


「…………っ!?」


アヤメは驚いて目を見開くが、死神が離れる様子はない。

死神が人間の生命力を吸収する方法は『口移し』なのだ。

しばらく、そのまま時が流れた。

満足するまで生命力を吸収したのだろう。

ようやく、アヤメから離れた死神は、目の前で満足そうに舌舐めずりをした。

硬直していたアヤメはハッとして、自分の口元を手で押さえた。


(どうしよう……オラン以外の人と……キスしちゃった……)


相手が子供とはいえ、それは耐えきれない程の衝撃と罪悪感となった。

だが死神は、今度は子供らしい明るい笑顔をアヤメに向けた。

アヤメの生命力を吸収して、すっかり元気になったようだ。


「お前、気に入ったぜ。オレ様のモノになれ」


アヤメは困惑を忘れて、思わずプっと吹き出して笑ってしまった。

良く捉えれば、それはプロポーズ。だが、相変わらず人をモノ扱いだ。


「ごめんね。私にはもう、結婚を約束している人がいるの」


オランの事を想いながら、左手の婚約指輪にそっと手を添えた。

それでも死神は不満そうな顔はしない。全く気にしていない様子で言う。


「なら、お前が次に生まれ変わった時は、オレ様のモノだ」


なんと、来世の約束をしてきたのだ。気が早い、とでも言うのか。

そんな遠い未来の事なんて、アヤメには何も想像が出来ない。


「ありがとう。でも……」


何度、生まれ変わってもオランと結ばれたい。

だが、その言葉を言い終える前に、死神が言葉を繋げた。


「オレ様はグリア。死神グリアだ。覚えておけよ」


そう言えば、お互い名前を名乗っていなかった。


「私はアヤメ。よろしくね、グリアくん」


アヤメの優しい微笑みに、死神は少し照れながら笑顔を返した。


「アヤメ。来世では、オレ様が守ってやるからな!」


もう来世でアヤメと結ばれる気でいるらしい死神は、堂々と宣言した。

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