『死神とアヤメ』(3)

すっかり打ち解けた死神とアヤメ。

元々、アヤメは悪魔だろうが獣だろうが惹き付けてしまう不思議な少女だ。

先程、死神に魂を抜かれて倒れている男は命に別状はなく、自然と目覚めるらしい。

アヤメが魔界から来た事を説明すると、死神が魔界へ帰る方法を提案してくれた。


「空間移動の魔法なら、お前が使えばいい」

「え?私、魔法なんて使えないよ?」


すると、死神はアヤメの左手の指輪を指差した。


「それに念じてみろ。オレ様も手伝ってやる」


アヤメの生命力を存分に吸収した死神には、力が漲っているようだった。

死神が言うに、その指輪の魔力を制御できれば、アヤメにも魔法は使えるらしい。


(私が…オランやリョウくんみたいに魔法を…?)


半信半疑だったが、オランが込めてくれた魔力と死神の助けがあれば……出来る気がした。

『空間移動』の魔法は、元はと言えば3〜4歳のリョウが使った魔法だ。

条件さえ揃えば、難しくない魔法なのかもしれない。


「絶対に出来る。オレ様に任せろ!」

「うん、そうよね」


アヤメが左手の手の平を差し出すと、そっと死神が手を重ねた。

すると『空間移動』の魔法が発動し、アヤメの全身が光に包まれる。


「アヤメ、また会おうな!約束だぜ!」


「グリアくん、どうもありがとう。またね」







そうして、アヤメは『空間移動』の魔法で魔界に帰る事が出来た。

『魔界に戻りたい』と強く念じた上に、今回は行き先がハッキリしている。

魔法は成功し、見事に城の自室のベッドの上に着地した。

これで、何事もなかったように取り繕う事は出来るだろう。

だが……アヤメはオランに全てを隠すつもりはなかった。

いや、隠せない。隠し事など決して出来ない。

しばらく放心したようにベッドで座っていると、寝室の扉が開いた。


「あっ、お姉ちゃん、お帰りなさーい。お兄ちゃんには会えた?」


リョウが笑顔で歩み寄って来て、曇りのない綺麗な水色の瞳で見上げた。

アヤメは顏を俯かせ、肩で呼吸をして、小さく喘いだ。

膝の上に、ポロポロと涙の粒が落ちていく。


「お姉ちゃん……?」


リョウが心配して、顏を覗き込んで来る。


「リョウくんの、せいじゃ……ない…よ」


オランに『ばか』と言っておいて……『ばか』なのは自分だ。

自力では何も出来ないくせに、自分勝手な事ばかりして……

リョウの力を借りて、オランの力に守られて、死神の力も借りて……

味わった恐怖も罪悪感も、全ては自業自得だ。

オランが好きだからこそ、会いに行くのではない。

オランが好きだからこそ、待つべきだったのに。


アヤメはその後、オランが帰ってくる深夜まで、大人しく待っていた。







オランは予定通り、深夜に帰宅した。

自室の扉を開けると、アヤメが寝間着姿でベッドに腰掛けていた。

オランが居なかったのだから、深夜でもアヤメが眠れないのは当然だ。

リョウは大きなベッドの端で布団を被り、すでに熟睡している。

アヤメは力なく、扉の前に立つオランの顔に視線を向けた。


「帰ったぜ、アヤメ」


見れば分かる事だが、あえて声を掛けてみた。

だが、アヤメの反応はない。泣き腫らしたような虚ろな目をしていた。

……おかしい。

ほぼ丸一日離れていたのだから、アヤメはすぐに飛びついてくるはずなのに。


「……何かあったのか?」


オランはベッドの前に歩み寄ると膝をついて、アヤメと同じ高さの目線で問いかける。


「……ごめんなさい……」


アヤメの口から出たのは、突然の謝罪の言葉だった。

オランと目を合わす事にすら消極的で、どこか視点が定まらない。

オランが真剣な眼差しで再度問う。


「謝るような事をしたのか?」


問い詰める形ではなく、遠回しに聞き出そうとした。


「オランに会いたくて、人間界に行っちゃって、死神に出会って……」


途切れ途切れではあるが、アヤメは懸命に言葉を繋げる。

今日、起きた出来事、自分の行いを隠す事なく全て説明しようと口を動かす。

目には涙が溢れていて、今にも零れ落ちそうだ。

察しのいいオランは、アヤメがリョウの魔法で人間界に飛ばされた所までは予測が出来た。

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