『反抗期到来?』(5)

オランが驚いた顔をしたのは一瞬の事。

どうせまた、あのガキの『悪ふざけ』だろうと予測は出来た。

真顔のオランに見つめられて、アヤメが感じたのは、驚きでも気まずさでもなかった。

やっと……待ち望んでいた『彼』が、すぐ目の前に居る。

それは喜びと期待で胸が躍るような感覚に近かった。

アヤメは、オランの瞳から唇へと視線を移す。


(キス………したい……)


抑えられない衝動と本能に導かれるまま、アヤメはオランに自らの唇を近付けていく。

だが触れる直前になって、オランがそれを避けて上半身を起こした。

それによって、オランに覆い被さって倒れていたアヤメも一緒に起こされ、ベッド上に座った体勢で正面から抱き合う形になった。

キスの『おあずけ』をされたアヤメは、物欲しそうにオランを上目遣いで見上げた。

だがオランは静かな瞳のまま、アヤメの唇ではなく左手に触れて、そっと持ち上げた。

婚約指輪の嵌められている、アヤメの左手の薬指を見つめた。


「………力が弱まっているな」

「え?」


何の事だか分からないアヤメはオランの顔を見るが、彼の視線の先は指輪だ。


「大人しくしてろよ」


今朝の素っ気なかったオランとは違い、優しい口調だった。

オランはアヤメの左手を自分の口元にまで持ち上げると、指輪の宝石に口付けた。


「あっ………」


アヤメは思わず小さな声を出してしまい、恥ずかしくなって口を噤んだ。

昼に図書館で寂しくなった時に、自分も指輪の宝石にキスをした事を思い出したのだ。

指先が、温かい……熱を帯びて熱くなっていく気がする。

キスをされているのは、指ではなく指輪なのに……唇の熱が指に伝わるはずはないのに。

それなのに……熱を感じる。

オランは今、『口付け』という方法で、指輪に自身の魔力を注ぎ込んでいるのだ。

指輪の魔力は、オランから離れると効果が薄れてしまう。

今日は朝からずっとアヤメと離れた場所に居た為に、指輪の魔力が弱まってしまっていた。

魔力を込める方法なんて他にもあるのに、何故ここで『キス』という方法を選んだのか。

オランが指輪に口付けたまま、目線だけをアヤメに向けた。どこか意地悪く……楽しそうな眼で。


(ちがう、オラン…そこじゃない……)


思った通りだった。

アヤメは指ではなく、オランの眼を必死に見つめ返し、目で何かを訴えている。

唇を少し動かして『早く早く』と、せがむようだった。


(……お願い……キス……させて……)


それは、まさしく『おねだり』という懇願だ。

それに気付いても、意地悪なオランは時間をかけて指輪に魔力を込める。

『おあずけ』を楽しみたいオランは、その快楽を簡単に手放す事はしない。

ようやく、オランは指輪から唇を離し、顔を上げた。

目の前では、アヤメが目を潤ませながら、何かを期待して待っている。


「なぁに欲しがってんだよ」


アヤメからは、今朝の反抗的な態度は微塵も感じられない。


「もう……キスしてもいい?」


迷う事なく即答したアヤメに、オランは少々驚いた。感心に近いかもしれない。

これは、調教による『禁断症状』なのだろうか。

今日の二人の『少し離れた時間』が、予想外の成果をもたらした。

今日は、今までにない何かをアヤメから引き出せるかもしれない。

オランの期待と願望は止まらなかった。


「その前に言う事があんだろ?」


それさえ言えば、キスを許される。そう教え込まれた日課だ。


「オラン、好き……キス、したい……お願い……キスさせて?」


必死で懇願するアヤメの言葉は、もう止まらなかった。

羞恥心も、反抗心も、全てが捨て去られていた。


「一緒に寝たい……寂しい……ごめん、な……さ……」

「オイ、泣くなよ」


オランが珍しく焦り出した。このままだとアヤメが大泣きしそうな勢いだ。


「それ命令?」

「あ〜〜そうだ、命令だ、泣くんじゃねえぞ」

「う……分かったぁ……」


従順なアヤメは、自分の涙すら抑え込んだ。そこだけは見事な感情コントロールだ。

いや、コントロールされているのはオランの方で、いつの間にかアヤメのペースだ。


「ったく……悪かったよ」


オランはアヤメを力強く抱きしめた。17歳の小さな身体は簡単に包み込む事が出来る。

気持ちを落ち着かせようと、頭を優しく撫でてやる。

ずっと求めていた温もりに包まれて、アヤメは彼の胸に顔を押し付けて微笑んだ。

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