『反抗期到来?』(4)

そして、その日の夜がやってきた。

アヤメとリョウは、オランの部屋から何部屋か離れた部屋に居た。

オランの寝室よりは狭いがベッドがあり、自由に使ってもいいと与えられた部屋だった。

二人とも寝間着に着替えて、寝る準備は万端だ。

だが、それは見た目だけ。アヤメには眠気など全くない。

いつもと部屋が違うから、ではない。オランが隣に居ないからだ。


(一緒に寝ないって言っちゃったし……怒ってるかなぁ……)


そう思っているアヤメは怖気づいて、オランの部屋に戻れないでいた。

本当は一緒に寝たい。温もりに包まれて眠りたい。朝まで一緒にいたい。

寝る前のキスだって、欠かしたくないのに……。

そう思っていると、先にベッドの布団に潜り込んでいたリョウが顔を出して、こちらを見ていた。


「お姉ちゃん、寝ないの?お兄ちゃんは、どこにいるの?来る?」


すでにリョウも、オランと一緒に寝るのが当たり前だと思っているのだ。

そんなリョウを見て、アヤメは胸が少し締め付けられるような気がした。

アヤメは自分の心の内を明かすように、幼いリョウに問いかけた。


「オランお兄ちゃんはどうして、私に『好き』って言ってくれないんだろうね?」


思えば習慣のキスも、いつも自分の方からしている気がする。

……もしかして私の事、好きじゃないの?

そう思ってしまうのは、まだ拗ねているからだ。本当は答えなど分かっているのに。

リョウは水色の瞳を大きく開いた。


「お姉ちゃんは、お兄ちゃんが好き?」

「うん。好き」

「じゃあ、お兄ちゃんも、お姉ちゃんが好きだよ」


リョウが当然の事のように言うので、アヤメは思わず吹き出して笑った。


「え?何それ、なんで分かるのー?」


リョウも笑顔になって、アヤメに小さな片手を開いて差し出した。


「ハイ、お姉ちゃん」


手を出して、と催促しているようだった。


「え?なぁに?」


アヤメは、差し出されたリョウの手の平に、自分の手の平を重ねた。


「いってらっしゃーい」


リョウがそう言うと、アヤメの体が光に包まれた。

アヤメが驚く間もなく次の瞬間には、その場からアヤメの姿は消えていた。

それは『空間移動』の魔法だった。





その頃のオランはベッドの上で、布団も被らずに仰向けに寝転がっていた。

何を考えているのかと言えば、もちろん、アヤメの事しかない。

夜になれば戻ってくると思っていたが、なかなかアヤメも辛抱強い。

来れば、優しく抱きしめてやるのに。

今朝の事など全て忘れるくらいに可愛がってやるというのに。

待ちきれなくて一人で眠れないでいるのは、オランの方だった。

すると、突然。


ドサッ!!


「きゃあっ!」

「うぉっ!?」


アヤメが空中から現れて落ちたのは、仰向けになったオランの体の上だった。

オランに覆い被さる形で、その胸の上に倒れ込んだ。

アヤメが顔を上げると、間近にオランの顔があり、目が合った。

胸と胸が重なり合い、お互いの心臓の鼓動も重なる。



ただ何も言わずに……深紅の瞳と、栗色の瞳の視線が重なる。

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