『反抗期到来?』(3)

修羅場を繰り広げた日の昼。

アヤメはリョウと一緒に、城の中にある図書館に来ていた。

向こう側の壁が見えない程の広い部屋の中に、大人の身長よりも高い本棚が無数に並んでいる。

いつもなら、この時間はオランの昼休憩の時間であり、必ずアヤメと一緒に過ごす時間であった。

だが意地を張っているアヤメは、今日に限っては、オランの所へは行かなかった。


「リョウくん、絵本読んであげるね。好きな本、持って来て」

「うん!!」


リョウは背伸びをしながら本棚の本を手に取っては、あれこれ物色していた。

アヤメの『寂しい』という感情は、リョウと一緒に居る事で少しは解消する事が出来た。

だが突然スイッチが入ったかのように、激しい虚無感に襲われた。


(オランの所に行きたい……会いたい……)


朝、同じベッドで寝ていたのに。今も同じ城の中に居るのに。行こうと思えば簡単に会えるのに。

少しの時間、少しの距離を離れただけで、どうして、こんなに寂しいのだろうか。

今すぐに抱きしめて欲しい。朝みたいに、もう一度この唇に重ねて欲しい。

………そう。これこそが、無意識に『心と身体が欲している』状態であった。


(好き……会いたい……)


ハッと意識を取り戻すと、リョウが本を持って自分を見上げている事に気が付いた。

アヤメは少し無理をして笑顔を作った。


「あ、絵本持ってきたの?」

「ボク、これがいい!!」


そう言って、リョウは笑顔と共に、数冊の本をアヤメに差し出した。

それらは妙に分厚くて大きな本だったので、アヤメは驚いた。

明らかに絵本ではない。文学書か辞書のようだった。


「リョウくん、こんな難しいの読むの!?」

「うん!」


リョウは当然の事を答えるようにニコニコしている。

優秀な天使であるらしいが、見た目は3〜4歳の子供である。

勉強させるどころか、逆にリョウから勉強を教えてもらった方が良さそうだ。

アヤメはリョウを驚きの目で見た後、その難しそうな本を開いてみた。

やはり、内容は良く分からない。だが、それ以前に不思議に思った。


(あれ……?なんで私、文字が読めるんだろう?)


その本は、当然ながら人間界の文字で書かれてはいない。きっと魔界の文字だろう。

パタン、と本を閉じた時に表紙に乗せられた自分の左手を見て、アヤメは気が付いた。

左手の薬指に嵌められた、その『婚約指輪』に。


(もしかして、これも指輪の効果なの?)


アヤメの為にオランが魔力を込めてくれた、婚約指輪。

この指輪には様々な効果があり、人間が魔界で暮らす為の補助をしてくれる。

魔界での体力の消耗を防いだり、危険から身を守ったり、寿命を延ばしたりするらしい。

寿命に関してはオランが教えた『嘘』なのだが、その事をアヤメは知らない。

オランの深紅の瞳と同じ色をした宝石の指輪を見ていると、彼と見つめ合っているようで愛しさが増していく。

離れていても、いつも一緒なのだと全身で感じる事ができる。


(ありがとう………好き……)


アヤメは薬指で光る小さな宝石に、そっとキスをした。





その頃、オランは自室の豪華な椅子に、もたれ掛かっていた。

そのすぐ側にはディアが立っている。

いつもの風景だが……何かが、いつもと違った。


「あの、魔王サマ。お昼休憩の時間ですが」

「あぁ?知ってるよ」


平然とした様子のオランだが、ディアは、この状況を不思議に思った。


「アヤメ様とご一緒しないのですか?」

「たまには、いいんじゃねぇ?夜になれば戻ってくんだろ」


自信満々に言うオランだったが、ディアは察した。

これは、何かあったな……と。


「よろしくないと思います。アヤメ様の元へ向かわれてはどうでしょうか」


ディアは、普段からオランに反論や口答えをする、怖いもの知らずな男だ。


「必要ねえ。必ず戻って来る。そう育てたんだからな」


だからこそ、アヤメはオランと離れる事が、どれだけの苦痛となるのか。

普段から二人を間近で見て来たディアには、それが痛いほどに分かる。

ディアはオランの椅子の正面に立ち、反抗的かつ冷たく見下した。


「失礼を承知で申し上げますが」


ディアが、そう前置きをした。彼がオランに失礼な発言をするのは日常だし、オランも気に留めていない。


「アヤメ様は、貴方様の『玩具』でも『奴隷』でもありません」


オランは顔を上げて、ディアの瞳を見返した。

生意気にも、今朝のアヤメと似た瞳をしている……そう感じ取った。

スっと、オランから笑みが消えた。反抗的な瞳に、威圧的な瞳で返した。


「テメエこそ、履き違えるんじゃねえよ」


遊びだと思った事も、服従させようとした事も、一度もない。

こうしている今も、アヤメは苦しがってなどいない。

常にお互いが『愛しい』と思い続けている。それが絶対的な自信なのだ。

この、少し距離を置いた時間すらも、二人が愛を育む為の行為でしかない。

ディアはオランの言葉を汲み取り、表情を少し緩めた。


「はい。申し訳ありません」


続けて、オランも口元を緩ませた。


「いいぜ。それに、奴隷は一人で充分だからな」


少しの沈黙の後、ディアが再び冷たい眼で睨み返して来た。


「それは誰の事でしょうか?」

「さあな?」


いつもの二人らしい会話が戻って来た。

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