第6話『白い天使、黒の悪魔』

『白い天使、黒の悪魔』(1)

アヤメの『成長』は目を見張るものがあった。

オランが何も言わずとも、自主的に動くようになったのだ。

それが、まるで『自然の摂理』であるかのように。





朝、オランが目を覚ますと、自分の胸元に触れる温かい存在に気付いた。

アヤメがオランに包まれるようにして、身を丸めていた。

しかもアヤメは先に起きていて、至近距離でオランの顔を見つめている。

アヤメは『朝、起きたら必ずキスをする』という習慣を教え込まれている。

その為、先に目が覚めてしまっても、こうやってオランが起きるのを待っているのだ。

まだ眠いけど寝ないように、重くなる瞼に抵抗して頑張っている。

その、いじらしい姿がとても可愛い……オランはそう思うが、再び瞼が閉じかける。

二度寝しそうなオランに気付くと、アヤメは顔を少し起こして悪戯っぽく笑った。


「おらん、だ〜め〜…起きたらキス…しないと……ね?」


アヤメは顔にかかる邪魔な自分の髪を手で除けると、さらに顔を接近させて、口付けの体勢に入る。

まだ眠いオランの思考能力は鈍っているが、それはアヤメも同じだった。

アヤメも実は、半分寝惚けた状態なのだ。


「おはよう、オラン……すき」


いつもよりも余分な一言を最後に添えて囁いてから、唇をそっと重ねた。

薄れる意識の中でも、オランはアヤメの柔らかく温かい感触を堪能する。


(やべえ……可愛すぎるじゃねえかコイツ……)


この『半分寝惚けた状態』のアヤメが、一日の中でも最高に可愛いのだ。


「ふふ…オラン起きた?…じゃ、抱いて…」


アヤメの言う『抱いて』は、『抱きしめて』の意味である。

キスで満足したのか、アヤメは嬉しそうに微笑み、再びオランの胸板に顔を埋めた。

ここまで、オランは一度も『自主的に』動いてはいない。アヤメの欲求に身を任せただけだ。

普段は無欲で何でも恥じらう純粋なアヤメが、ただひたすらに自分を求めてくるという快感。

ここまで大胆にアヤメが動けるのは、眠気によって邪魔な羞恥心が捨て去られている為。

まさにオランの願望が反映された姿だ。

もう、このままアヤメの目が完全には覚めなければ良いのに。

そうとまで思ってしまうオラン自身は、逆に目が覚めてしまった。

邪魔な布団を退けると、アヤメに覆い被さった。


「ん……もう一回キスするの……?」


そう言ってアヤメは首を傾げるが、オランの首の後ろに両腕を回して、すでに受け入れる体勢だ。


「あまりに可愛いんでな、ご褒美だ」

「ほんと?……嬉しい……」


そうして、今度はオランの方から口付けようと顔を近付けた。

紫の髪、褐色の肌、深紅の瞳。視界に映る何もかもが愛しい彼に身を任せた瞬間。


ポンッ☆


天井付近から、軽い爆発音がした。

すぐその後に、ドサッ!!と大きな衝撃音が室内に響いた。


「ぐぉっ……!?」


天井から落下してきた大きな何かが、アヤメに覆い被さるオランの背中に直撃した。

オランの体の下にはアヤメがいる為、押し潰すまいと両腕で踏ん張り、何とか耐えた。


「えっ!?オラン、どうしたの!?」


何も見えないアヤメは、何が起こったのか分からない。だが、衝撃で完全に目が覚めたようだ。


「何か乗ってやがるな……」


オランは、背中に重さと生温さと違和感を感じていた。

背中に何かが乗っている。いや、天井から落下してきて、背中に着地したまま動いていないのだ。


「アヤメ、オレ様の背中の上を見ろ」

「あ、うん……」


アヤメは、顔を少し起こして横にずらすと、オランの背中を見て確認する。

そこに見えたのは……


「んー…なんか…小さい子供がいる……」

「あぁ?」


予想外な返答に、オランは気の抜けた声を出した。

その拍子に、オランの背中に居るそれがポテッ☆と柔らかいベッドの上に落ちた。

オランとアヤメは同時に起き上がり、ベッドに落ちた存在に目を向ける。

そこに居たのは、3〜4歳くらいの男の子だった。

透き通るような水色の瞳と髪。褐色肌の悪魔とは正反対の色白な肌をしていた。

ただ沈黙して子供を見つめる魔王と少女。

一体これが、どういう状況なのか誰にも分からない。

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