『大魔獣覚醒』(3)

アヤメは、地に膝を突いたままのディアに向かって問いかけた。


「ディアさんは、オランと『契約』してるって事ですか?」


だが、その質問にディアが答える前に、オランが口を挟んだ。


「アヤメ」

「はっ、はいっ!!?」


突然、強い口調で呼ばれた事に驚いて大げさな程の返事をする。もはや条件反射だ。


「ディアにも敬語を使うな」

「う、うん……分かった」


オランの一声で、アヤメの敬語口調も封印された。その従順さは見事だ。


「ディアさんは、オランと『契約』してるの?」


再び、口調を言い直してアヤメはディアに問いかけた。


「はい。魔王サマとは契約を結び、主として忠誠をお誓いしております」


つまり『契約者』はオランの方なのだ。

あれ?とアヤメは思い出した。悪魔の『契約の証』って、確か『口付け』だったのでは…?

オランと出会った日に『契約』と称してキスされた、あの時の記憶が蘇る。


「ディアさんは契約の時に、オランにキス……したの!?」

「えぇ、しましたね」

「ええええぇっ!??」


アヤメの驚き方が面白くて、オランは声を押し殺しながら笑っている。


「誰も、唇にしたとは言ってねえだろうが」


アヤメは少しホッとしたが、唇以外って…?ほっぺた?おでこ?想像してみるが、それはそれで衝撃である。


「私は、ここでアヤメ様と契約を結びます。魔王サマ、許可を」

「いいぜ。見届けてやる」


ディアはアヤメの正面で片膝を突き、もう片膝を起こして跪いた。

それは、まるで君主に忠誠を誓うような姿で。


「私はアヤメ様の魂に永遠の忠誠を誓います。契約の証を、ここに」


ディアはアヤメの左手を取った。薬指の婚約指輪が、月を反射して小さく光った。

そうして……アヤメの手の甲に、口付けをした。

これが、魔獣との『契約の証』なのだ。

だがアヤメは、難しい事など考えなかった。

今日、初めてディアの本当の姿を知り、心から分かり合えた気がして嬉しかった。

アヤメは少し照れながら、跪くディアの視線の位置まで屈んで微笑んだ。


「これからもよろしくね、ディアさん」

「はい。アヤメ様」


ディアも一瞬、照れたような表情を見せたのは……気のせいだろうか。



こうして、オランと同様に、アヤメもディアの『契約者』となった。

魔獣は契約者となった者を『あるじ』とし、絶対服従を誓う。

それは、例えディアが魔獣の姿に戻って自我を失おうと、効果は失われない。

だが……その契約がなくとも、3人はすでに分かり合っていた。

では、この『契約』をした本当の意味とは、何なのだろうか?



「さて、アヤメ。もう夜更かししすぎだ、戻るぜ」

「うん。オランが居ないと眠れなかったの……だから…抱いて?」


アヤメの言う『抱く』とは『抱きしめる』の意味である。

上目遣いで、あまりにも可愛い『おねだり』をする婚約者に、オランは衝動が抑えられなくなった。

場所も構わず、ディアの目も気にせず、アヤメを強く抱きしめた。

今夜はもう、理性を抑えるのは不可能だろう。


「よし、今夜はキスよりも良い事を教えてやるぜ」

「え、今度は何?また新しい習慣?」

「魔王サマ、度が過ぎます!!アヤメ様も喜ぶ所ではありません!」


すかさず、ディアが厳しい口調で二人を制止した。





オランは、アヤメを『契約者』にしたが、ディアの『契約者』でもある。

アヤメは、オランとディアの『契約者』となった。

ディアは、オランとアヤメを『契約者』とした。

魂が存在する限り、契約は永遠の誓いとなる。

ここに、3人の『永遠の絆』が繋がった。





ディアが、アヤメと契約を結んだ本当の理由。

それは、契約時のディアの『誓いの言葉』にある。

『アヤメの魂に誓う』という言葉。

『魂』が存在する限り、例え体が滅びようと、名が変わろうと、契約は永遠に有効なのだ。




それは、いつか訪れる遠い未来の『魂の輪廻りんね』の時まで、共に在りたいと願う儀式だった。

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