真実と地獄
「魔王が死んだため、この国は我が魔王陛下――アリス・ヴェル・トレラント様が取り仕切ることとなりました」
「これからは母上に忠誠を誓うように」
「魔王……ヴァルナルが死んだ、だと?」
国王が繰り返して言えば、集まっていた関係者や貴族たちはざわめき出した。
――ここは、城の会議室。〝魔王から〟奇襲を受けた国王は、急ぎで会議の場を設けた。
前線に立つ戦士や、よりよく国民を逃がすための司令塔として。そのおかげで、この場には重鎮が集まっている。
しかし彼らは先述の通り、ヴァルナルが攻撃を仕掛けてきていると思っていた。
だからアリスの言うヴァルナルの死を、上手く受け入れていない。アリスもヴァルナルの手下の一人だと考えているのだ。
「信じられるわけがないだろう! 突然来たと思えば、戯言を並べおって……!」
「そのとおりだ。どうせ貴様も、あの魔王の配下なのだろう」
「我々を混乱させてどうするつもりだ?」
「……ふむ。やはり実感が湧かないか」
急に言われても通じないのは分かっている。〝檻〟を自分の世界へ持ち帰ったのは、失敗だったかもなあとアリスは反省した。
しかし仕事を残してきた部下を、長い間こちらに拘束しておくのも申し訳ない。ヴァルナルの処理もあったし、魔術学院に持ち帰って研究にするならば早めのほうが良い。
学院の生徒は非常に研究熱心で、新たな教材に飢えていると言っても良い。
直接、魔族や精霊に指導を受けている彼らは、ただの人間向けの勉強なんて、もう魅力がまったくないのだ。
もはや麻薬を手にした中毒者とも言えるだろう。
だから彼らには、いつだって早く提供をしてあげたかった。
ではどうしたものか、と頭を悩ませていると、会議室内を何かがよぎる。それが〝人〟であると気付いたのは、通り過ぎた何かが国王の真後ろで静止した時だった。
何か――リーベは高速で移動すると、国王の背後へと回り込んだ。人差し指を王の首に押し当て、少し力を入れる。
「うっ!?」
「僕が本気で押し込めば、お前は死ぬ」
「な、に……を……」
「母上をあまりお待たせするな。事実を受け入れるか、ここで拒絶して死ぬか――選べ」
国王は『ヒッ』と小さく声を漏らした。鋭いリーベの視線は、まだ幼さを残した顔ながらも恐ろしさを孕んでいる。
一切の躊躇いなどなく、命令に従わなければ間違いなく首を突き刺す。
その確信があった。
「ではこうしよう」
アリスはぱちりと指を鳴らした。
すると地鳴りがしたと思えば、世界が揺れる。遠くから、城の中から、様々な場所からはっきりと悲鳴が届いた。
慌てて国王や大臣たちも、外の様子を見ようと窓辺へと駆け込む。
――外に起こっていたのは、天変地異だった。
空からは炎をまとった岩石が降り注ぎ、ところどころで地面が裂けて人や家々が飲み込まれる。
青々しい空は赤く染まり、世界の終焉を表しているかのようなおどろおどろしさがあった。
ホムンクルス、スライムだけではなく、異形の悪魔や、巨大な化け物が国を踏み荒らす。
彼らの目に映っていたのは、まさに地獄だった。
『ギャーギャギャギャ!』
「ひぃ!?」
びたん、と窓に羽根を有した化け物が集まる。ガラス越しに舐めるように人間を観察していると、二匹、三匹とどんどん集まっていく。
まるで夜の街灯に集まる虫のように、一瞬にして窓際が真っ黒になった。
魔物が集まって、窓の外は真っ黒に染められた。ギィギィと耳を塞ぎたくなるような薄気味悪い鳴き声が、大量に聞こえる。
「主人である私が居るから、この部屋に危害は加えないだろう」
「な、なんなんだ、こいつらは!」
「位の低い悪魔だ。君達程度の人間を殺すくらいならば、容易だろうが」
「……っ」
「こ……こんな場所にいられるか! 冒険者も騎士団も機能しないならば、私は家族を連れて逃げる!」
「待て!」
大臣の一人が、そう言って廊下へと走った。
荒々しく扉を開けて出た瞬間、待ってましたと言わんばかりに化け物が男に群がった。まるで肉食動物のように男を喰らっていくそのさまは、直視すら出来ないだろう。
肉が千切れ骨が砕ける音が、国王や大臣達の耳にしっかりとこびりついた。
「他に出ていきたいものがいれば、どうぞ出てくだされ」
「僕達は止める気はない」
「一時間足らずで首都は落ちる。終われば次の場所を探して、悪魔共は移動をするだろうな」
「なんだって……?」
「そんな……」
その場にいた人間の、誰もが絶望した。
国王は虚ろな目で真っ赤に染まる首都を見下ろしているだけだ。もうここからアリスの要求を飲み込んだところで、何が残るというのだろう。
であればいっそのこと、滅んでしまったほうがいいのではないか――などと思いながら。
「どうする、国王。ここには重鎮が揃っているようじゃないか。今ここで、国の未来を決めてみてはどうだ」
「……」
「……国王。もはや従うほかありません」
「………………そう、だな。アリス殿、いいや。アリス様。貴女に従いましょう」
「いい返事だ」
アリスはにんまりと笑みを深めた。国王にはその笑みが、不気味でしかならない。
目の前で人が大量に死んでいるというのに、どうしてこの女は笑えるのか。反論したくとも、そのような気力も残っていない。
アリスは再び指を鳴らすと、空から降り注いでいた岩がふっと消えた。激しい音を立てて地割れが戻っていき、燃え上がっていた民家も、崩れていた教会も、そこらじゅうで倒れ死んでいた戦士や冒険者たちが目を覚ます。
天空からは淡い光が降り注ぎ、街が徐々にもとに戻っていった。
悪魔も、ホムンクルスも、亡霊もスライムも、いつの間にか消え去っていた。
窓の外に広がるのは、昨日と変わらないいつもの首都。
「なんだ……これは……」
「戻った?」
「消えたのか!?」
「馬鹿な!?」
大臣たちはハッとして、廊下を見やった。
そこには尻餅をついて倒れている仲間がいた。自分でも驚いているのか、体中を触って確認している。
即死ではなかった彼は、死ぬ直前の感覚がまだ残っているはずだ。しかし――食いちぎられ、引き裂かれた体が、なんの変哲もないいつもの体に戻っている。
混乱しているなかで、誰かがどかりと椅子に荒々しく座る。こんな状況でいつも通りに振る舞えるのは、アリスたちだけだ。
アリスは椅子の上であぐらをかくと、ニマニマと笑いながら国王と大臣らを見つめている。
「この国には美味い茶と菓子があるか? 今からのつまらない会議も楽しくなりそうなんだがな」
「……っ、ただいまお持ち致します!」
咄嗟に動いたのは、知将で有名な大臣だった。続いて国王と他の大臣も、その意図に気づく。
バタバタと廊下を走り抜けていく大臣をよそに、他の者達は『失礼致します』と一言放ち、それぞれの椅子へと着座する。
「聞きたいことがあるだろうから、先に質問を受け入れよう」
「アリス様」
「ん?」
「従属が決定したようでしたら、自分は帰ってもよろしいですかな。患者の診察もありますゆえ」
「あー、そっか。はい」
アリスは椅子の隣に手をかざすと、そこに人一人が通れる門が生まれた。〈転移門〉に馴染みのない国王たちは、その様子にどよめきだす。
パラケルススは一礼をすると、門の中へ消えていった。
「悪いな。では質問があれば受けよう」
「で、では私から……貴女様は本当に魔王なのですか? 先程の復活といい……」
「魔王だとも。ただ自分の世界に存在する魔術の全てを扱えるだけだ」
「魔術のご説明を願いたい!」
「そちらの青年は!?」
「先程の扉はいったい!?」
「まあ、まて。一つずつ説明しよう」
アリスとの質疑応答は、三時間も続いた。流石に飽きてきたアリスが強制終了したため、この時間での終わりとなった。
外は既に夜になっており、混乱はまだ残っているものの、元通りになった首都は日常に戻ろうとしていた。
「この世界はリーベに管理を任せるつもりだ」
「リーベ様、ですか」
「私の息子でもある」
「なんと……」
「僕がリーベ・ヴェル・トレラントだ。数日以内に妻子を連れて再訪する。それまでに国民への通達をしておけ」
「は、ははあ、御意にございます」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます