霊園へ

 時は過ぎ、約束の日。

 アリス、リーベ、ベルはペールから事前に聞かされていた集合場所へとやってきていた。

 集まっていたのはアリスだけではなく、商人やペールの部下、それらと慣れ親しんだ他の護衛たち。魔王の拠点に向かうだけあって、厳重な警戒と人数が準備されていた。

 もちろん、その中には責任者たるペールも混ざっている。

 想像以上の大人数に、アリスは少しだけ驚いたほどだ。


「みなさん揃いましたね。本日の護衛には、新たに冒険者も雇いました」

「どうも〜」


 間抜けな笑顔と声で挨拶をすると、貫くような鋭い視線を投げられる。その目には確実に疑心暗鬼や不信感が孕んでいた。

 たしかにアリスの挨拶こそ情けなかったものの、最高責任者たるペールが直々に紹介をしたのだ。それに対して疑いを向けるというのは、少々失礼というもの。

 それに同じく命を預ける相手。まさか敵視されるとは思わず、アリスも驚いていた。


「んん?」

「すみません。命をかける運送でもあるので、気が立っているんです。連れていく方の瘴気耐性があるとはいえ、多少なりとも影響は受けますし」

「そうなんですね」

「参りましょうか」


 そう言ってやって来たのは、街の外れにある建物である。質素な建物がひとつポツンと置かれていた。

 部屋すらなく、ただ壁と屋根があるだけ。転移の門を作るにあたりそれだけの屋敷として建設されたのだろう。

 中に入れば、待ってましたと言わんばかりに床が光る。おどろおどろしい光を帯びたそれは次第に形を作っていき、屋敷の床に大きな門を形成した。

 門はギイと重い音を立てて、ゆっくりと開いていく。中は緩やかなスロープで、荷車に配慮しての構想となっていた。

 一同がゆっくりと下っていけば、坂道の終点へと辿り着く。そこは建物の中であり、こちらも転移のために作られた場所だろうと推測できた。


「へえ、屋内に転移……」

「安全面を考慮してでしょう」

「魔王なのに優しいんですねえ」

「……ええ」


 アリスが皮肉を言えば、ペールは苦い顔で笑う。

 ゴロゴロと荷物を大量に乗せた荷車が行く。冒険者や護衛の者達は、先程とは比にならないほど気を張りつめていた。たらりと冷や汗をかいているものすらいる。

 アリスは変わらずペールの隣を行く。ほかのメンバーと交流するつもりもないし、ペールの傍にいれば一番間違いがないからだ。

 しばらく歩いて、アリスはふと疑問に思った。

 一体どこまでが人の世界で、どこからが魔王の領地なのか。遠くには薄らと城らしきものが見えるものの、まだここから別の場所へ転移するのか。

 一度訪れた場所であれば、アリスは〈転移門〉を開くことが出来る。もしもここが既に目的地なのであれば、もう案内など必要ない。


「ところで、どこからが地下霊園なのですか?」

「既に霊園ですよ。あの建物も霊園の一部ですから」

「それはいいことを聞きました」

「??」

「〈転移門〉」

「なっ!?」


 会話での声色と変わらない調子で、アリスは言い放ったのはSランク魔術だった。門というよりかは扉に近いそれは、突如としてその場に現れた。

 同行していた誰もが、目の前の光景を夢だと思った。

 この世界においても転移の魔術というものは、人間の領域を遥かに越えた場所にある魔術。それこそ魔王であるヴァルナルのような力を持つ存在でなければ、扱えない高等な魔術だ。

 門はひとりでに開いていくと、中からぞろぞろと見知らぬ連中が現れる。――もっとも、見知らぬというのはペール達にとって、だが。


「いぇーい、いっちば〜ん!」

「騒がしいわよ、リーレイ」

「エンネキ、オカンみたい」

「あ、ベル! アリス様の護衛、おっつー!」

「ありがとー」


 元気に両手を上げて現れたのは、リーレイ。続いてエンプティ、ルーシーが門から出てきた。

 ルーシーは久々に再会した、よき友人であるベルの方へと駆け寄っていく。

 三人に続いてパラケルススとシスター・ユータリスの二人だけ入ってくると、門の奥には誰もいなかった。アリスの思っていたよりも、幹部は集まらなかったようだ。


「アリス様」

「んー、パラケルスス」

「エキドナは学院の調整に時間を取っているようで、欠席との連絡がありましたぞ」

「そっかあ、残念」

「ハインツも同じく、軍の調整があるとかで……」

「ハインツは、今後こっちに寄越す魔族の選定もあるからね。仕方ないよ。それで――」


 つまり合計で幹部は五人、元から一緒にいたベルも含めると六人だ。

 それぞれ多忙だとは分かっていたが、思ったよりもさっぱりとした人数になった。ハインツとエキドナに関しては、幹部でも指折りの忙しい部下だ。

 主な活動拠点は向こうの〝トラッシュ〟であるがゆえに、考えた結果、こちらの優先度が低くなったのだ。

 それに少人数とは言え、これだけの幹部が揃えば問題ないとも判断したのだろう。


「ま、これだけいれば十分か」


 アリスはそう言うと、くるりと輸送隊の方へと向き直る。まだ彼らは驚きの表情を浮かべたままで、急に振り向いたアリスに怯えた。

 アリスはニッコリと笑うと、優しくも冷たく突き放す声色で言う。


「みなさん、帰ってもらって結構ですよ〜。これから戦争が始まるので、居られると邪魔です〜」

「なっ……!?」

「何言ってやがる!」

「急に人を送り込んで……!」

「馬鹿言うな、魔王に勝てるわけないだろうが!!」


 人間が文句を言ってくるのは、アリスも予想していた。あまりにも強大すぎる魔術を目の前で見て、まだ実感がわいていないのだろう。

 目の前にいるのがその恐れる魔王よりも強いというのに。弱すぎるあまり力の差というものを理解できていないのだ。

 このまま強制送還させるのもいいが、少しばかりインパクトに欠ける。

 どうするべきか、と頭を捻る。早く決断しなければ、エンプティ達が飛び出していく可能性がある。

 せっかく噂を広めてくれそうないい材料がいるのに、ここで殺されてはたまらない。

 人間が傷つかず、出来るだけ恐怖の感情を植え付けるには。

 アリスはふと思い出した。ここ地下霊園は、瘴気に満ちている場所。連れてきている連中は、誰もが瘴気への耐性を得ている。

 であれば多少は力を撒き散らしても、気絶したりすることはないはず。


「よし。――ふんっ」


 アリスは力を込めて、魔力を放つ。彼女の魔力には瘴気も含まれており、下手をすれば気分が悪くなるだろう。本気を出せば人を殺せるかもしれない。

 一気に撒かれた魔力が、輸送隊の人々を襲う。ぐらりと目眩がして、次の瞬間にはその尋常ではない力を実感させられた。


「ひぃ!?」

「なんだこの力!」

「うわあああ!」


 人々はアリスに歯向かうことなどなく、ばたばたと情けなく泣きながら転びながらも逃げていった。邪魔者を排除出来たという意味では、上々だろう。

 転移の門がある建物へ走っていく様子を見ながら、アリスはにんまりと笑顔を作った。わざとらしくひらひらと手を振って見送っている。

 輸送隊の面々は理解が早く、一度の〝説明〟ですぐに立ち去ってくれた。

 残ったのはアリスと幹部、そしてペールだ。流石にレベル199たるペールは耐えたようだが、別の意味で顔色が悪そうだ。

 ペールの視線は、〈転移門〉からやって来た幹部達に向けられていた。


「……こっ、この方々は?」

「ん? 部下だよ」

「ぶ、部下!? この高レベルで……!?」

「アリス様。誰ですか、この人間は」

「こっちの魔王の部下、幹部だってさ」

「ああ、例の」


 エンプティは見定めるように睨みつける。蛇に睨まれた蛙のように、ペールは縮こまってしまった。初対面したときの威厳とはどこに行ったのだろうか。

 あまりペールをいじめられては、今後の活動に支障が出る。ペールの経営するペルガメントは、デュインズにおいて重要な大企業。そのトップを萎縮させてしまって、不自然な動きをされても困る。

 アリスは柔らかくエンプティをなだめながら、ペールの紹介をした。


「ペール。彼女はエンプティだよ」

「アリス様のい・ち・ば・んの右腕だから、貴方とはよく喋る機会がありそうね」

「ペール=オーラ・パガメントと申します……。ペルガメントという会社を経営しております……」

「そう。これからもアリス様のために励むように」

「はい……」


 これからペールが歩む人生は、ライニールやヴァルデマルがいい例だ。ブライアンのように吹っ切れこわれない限りは、胃をキリキリと痛めながら生活することになるだろう。

 それにペールの耳にも、先程のアリスとパラケルススの会話は届いていた。まだ他にもこのような強者がいるのだと思うと、今から気が重くて仕方がなかった。


「ベル」

「はい」

「周辺の雑魚を頼んで良い?」

「お任せ下さい」

「完全体にならないようにね」


 自分には一生ついてまわる話題なのかもしれない、とベルは思った。失態の数は多い。片手で数えられるものだとしても、アリスが生み出した幹部という自覚が抜けていたのは分かっている。

 今回は大丈夫だろうか、と不安にもなった。

 チラリと横目でペールを見た。この男がこの世界の魔王の側近。そして最高レベルでもある。

 〝この程度のレベル〟で最高だというのならば、本気を出すことはない。

 不安だったベルも、少しだけ安心する。


「もちろんです。雑魚程度に本気など出しませんよ」

「よろしい」

「じゃ、エンネキ。あたしは先に行くね。アリス様をよろしく」

「ええ。あなたも気をつけなさい」

「ひぇえ、激励なんて珍しい。明日はジョルネイダに雪がふるね」


 エンプティへ〝お願い〟を残していくと、すぐさま走り出した。一秒もしないうちに、遠方から悲鳴が聞こえた。

 霊園は遠くを見通せないほど広い場所だったが、ベルの掃除はたいして時間がかからないだろう。


「き、消えた!?」

「は? 見えなかったの、貴方。冗談でしょう」

「……」

「はあ、それにしてもあの虫娘、一言多いのよ」

「ジョルネイダに雪がふる、か。面白い慣用句だねぇ」

「もう、アリス様!」

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