最終話・裏

「私、リーべくんが好きなの!」


 長期休みが開ける直前。

 クラスメイトであり、リーベにとってうざったい女であったミライアに呼び出されていた。

 彼女からの好意には、うっすらと気付いていた。だが大きく行動に出てこない以上、リーベは放っておくことにした。

 ミライアは最初に会った頃は比較的大人しい部類であったため、告白をしてくるなんて思いもしなかったのだ。

 気付かないふりをしていれば、面倒なことにならずに済むと思っていた。


「そう」

「や、やっぱり、私の事なんとも思ってないよね。でも好きでいさせて……?」

「……ねえ、好きってことは、結婚して子を成したいってこと?」

「へ!? そ、そうなる……のかな……?」

「何人産める?」

「……え? ふ、二人とか、いいなぁって。女の子と、男の子……」

「ふむ」


 リーベは少しだけ考え込むと、ポケットから手帳を取り出した。これはアリスによる通信魔術の術式が組み込まれているものだ。

 成長したリーベはアリスを頼ることを苦手とするが、それでもアリスや幹部に用事が出来ることだってある。魔術が使用できないリーベにとって、この道具は必需品でもある。

 リーベは通信魔術を魔王城にいるアリスへと投げかけた。


「な、何してるの……?」

「母上を呼んでいる」

「ふぇ!? え、ちょ、そ、そそそ、そんなまだっ……心の準備っていうものが……!」


 ゴゴン、と重い音がしたと思えば、二人の目の前には重厚で威圧感のある門が現れる。

 これが〈転移門〉であると分かっていたのは、リーベだけだった。

 ミライアは見たこともないものを見て、目を丸くしている。どう見ても禍々しいそれは、少しだけ瘴気を帯びていた。


「え……? なに、これ……」


 〈転移門〉が開かれると、中から現れたのは瘴気どころではない存在――魔王・アリスだった。

 〝初めて〟まみえる魔王に対して、ミライアの全身の毛が逆立つ。目の前に〝ある〟のは、死なのだと実感させられた。

 一歩でも動けば首が飛ぶ。そんな未来が、易々と想像できるのだ。

 だが彼女はそれでも、ストロード学院の生徒だ。ここで何もしないで逃げるほど、弱い少女ではなかった。少なくとも、リーベと出会ってそうなれた。

 ミライアはいつでも魔術を発動できるよう、魔力を集中させて構えを取った。


 一方で、リーベはアリスの登場に、微笑みを深くした。

 そして頭を下げて、アリスへと敬意を払っている。


「ま、魔王……!? リーベくん、気を付けて!」

「珍しいね、呼ぶなんて。どったの〜?」

「伴侶となる女を紹介しようと思いまして」

「おやまあ、あらあら」

「この女を使い、子孫を増やして更なる発展を遂げようと考えております」

「えー? ある程度の肉体成長が終わったら、魔人化すればいいのに」

「もちろん、そちらもお願いします。人間としての駒も必要と仰いましたよね? 反勇者だけでは不安が残りますから」

「あー、まあいいけど。ミライアちゃんだっけ? よろしくね〜」


 ミライアは二人の会話に取り残されていたが、話は全て耳に入っていた。

 頭に言葉は入ってくるものの、内容が理解できない。同じ言語を話しているのかと疑いたくなるほど、信じ難い話が並べられていたのだ。

 リーベは魔王に対して構えるどころか、親しげに話している。会話の中に敬意は含まれているものの、それは貴族の子供が親に話すようなものだった。

 ラストルグエフたるリーベには、あってはならないことだ。


 この短い会話のなかで、ミライアは真実に気付いてしまった。だが恋する彼女は、それを信じられなかった。信じたくなかったのだ。

 疑いの目を向けつつも、なにか間違いがあると願っていた。


「り、リーベ……くん……?」

「喜べ、ミライア・ジュール。君は僕と結ばれ、母体としての役割を担えるんだ。母上の為に尽くす人間一族の祖先として、歴史に名を刻むだろう」

「な、何言ってるかぜんぜん、分かんないよ……!」

「あぁ、安心しろ。子は母上が取り上げて下さるし、母上はお優しいからきっと君にも魔人化を付与して頂ける」


 ミライアは確信した。リーベの普段からの言動や、世間から少しズレた価値観。今までの小さな違和感が、パズルのピースのようにカチカチと当てはまっていく。

 違和感は大きくなり、異質、異常へと姿を変える。

 目の前にいるリーベ・ラストルグエフという存在は、ミライアが想像する以上に常識からかけ離れた存在だと気付いてしまった。


 ミライアはリーベの様子を伺いながら、一歩、一歩と足を後ろへと動かす。タイミングを見計らってこの場所から逃げようとしているのだ。

 だが少し考えれば分かること。体術の成績がトップであるリーベから、ミライアが果たして逃げ切れるのか。

 そもそも〝体術の成績〟どころの話ではない機動力の持ち主なのだが、そんなことはもうどうだっていいのだ。どうせミライアは逃げられないのだから。


 逃げる隙を伺っているミライアの背後に、突如としてリーベが現れる。

 たったの一瞬で背後へと回り込んだリーベは、ミライアの肩に手を置いて、わざとらしく笑みを作った。


「え!?」

「何処へ行く? やる事はまだあるよ」

「ち、ちがう……いや……」

「何が違う? 僕が君へ向けていた態度を受けても、君は愛を捨てなかった。冷たくされようが僕に恋をしていただろう?」

「やめて、おねがい……。何も見なかったことにするから……!」


 ミライアはガクガクと体を震わせて怯えている。敏い彼女はこれから起こりうることを、想像できているのだろう。

 腹の底では命乞いや見逃しを要求したところで、魔王の息子であるリーベが助けてくれることはないと分かっていた。だがそれでも、小さな希望にかけたかった。

 ミライアはまだうら若き乙女だ。十代であり、未来もある。

 間違った男を好きになってしまったせいで、全てが終わってしまうなど、予想もできないし想像もしたくないだろう。


「リーベ」

「はい、母上!」

「まどろっこしいよ。もうスキルで洗脳したほうが早いんじゃないの?」

「ですが、それではお手間を――」

「……リ、リーベくん。リーベくんの、お母様は……魔王、なの?」

「そうだと言っているだろう」

「あのときも? 初めて会ったあの時も?」

「最初から最後までそうだ」

「……そっか」


 ミライアは諦めたように微笑んだ。

 そして、自身の胸に手を当てる。手のひらにキラキラとした光が集まっていき、魔術が展開されていく。

 治癒や移動能力の向上魔術ではなく、攻撃魔術であった。ミライアは自らの命を絶つため、この場で自殺を決意したのだ。

 魔王の子の妻となるのであれば、この場で死んだほうがマシだと判断したのだ。


 しかしその自死のために発動した魔術が、彼女を殺すことはなかった。

 バチンという弾かれる音がしたと思えば、魔術は取り消されてしまった。ミライアの手が再び光り出すこともなく、ただただ魔術がかき消された。


「え……? なん、で……」

「ほらぁ。だからスキルで、って言ったんだよ。人間は諦めたら死ぬこともあるんだから」

「……申し訳有りません。こんなに精神が弱いとは知らず……」

「そうそう、人間はよわ――あ、そうだ。折角なら、壊したら?」

「壊す、ですか」

「洗脳に近い感じで。ほら、ユータリスもこの間の練習でやってたでしょ?」

「あれですか! やりたいです!」

「じゃあこの子の家族を特定して始末しといて」

「はい! 組織に探させますっ」


 死ぬことも生きることも、目の前の魔王によって全て管理される。操作される。

 生きることに絶望して死を選ぼうとしたところで、魔王に拒絶されてしまう。彼女とその仲間に利用価値を見出されたのならば、もう逃げるすべなどないのだ。

 ミライアはただ静かにそれを理解し、涙を流した。大粒の涙が彼女の頬を伝っている。

 リーベはそれを気に留めることなどなく、アリスと今後についてを話し合っていた。


「良かったな。すぐにでも結婚が出来そうだよ」

「お願い……やめて……」

「義理の娘かぁ、いいねぇ」

「お願い……たすけて……」


 ミライアのか細い声は、〈転移門〉の中に吸い込まれていった。

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