最終話・表
辿り着いたその場所は、酷く傷んで古びた宿だった。最初に訪れた拠点と同様に、スラムに近い場所にあった。
罪で罪を隠すように、周りに犯罪者が多いと隠れ蓑にしやすいのだろう。金のない冒険者や、浮浪者が溜まりそうなその場所は、隠れるにはもってこいの場所だ。
誰もこんなさびれた宿が、組織の拠点だとは思わない。ブライアンの話では相当大きな組織のため、国も気が付かないだろう。
カモフラージュはよく効果が出ているらしく、ブライアンからもらった地図と照らし合わせても、この場所の記載はなかった。
リーベは迷うことなく宿の中に入った。入り口をくぐってすぐに受付カウンターが見える。
そこには強面の男が座っており、退屈そうに雑誌を読んでいた。
しかしながらリーベを視界に入れると、眠そうだった瞳は一気に鋭くなる。まるで獲物を見つけた猛獣のよう。
「……おや、坊主。一人かい」
『おい、子に勘づいておる』
(だろうね。僕は暗殺対象だから、普通だったら知ってて当然だ。でもすぐに殺す気配がない……。馬鹿ではないみたい)
明らかに、最初の拠点での守衛とは異なっていた。リーベを舐めてかかるような視線や口ぶりもなく、声色はかすかに警戒が乗る。
幹部が出入りする拠点だけある、ということなのだろう。
この拠点が、先程のような外れではないことを実感させられた。
『教えてもらった合言葉の出番じゃな!』
(素直に言って、暗殺対象を通すと思う?)
『飛んで火に入る夏の虫じゃろう』
(それもそうか……)
ここで合言葉を述べて通されなければ、力ずくで突破するだけだ。結果的に組織は潰すつもりであったし、どちらに転んでもリーベにデメリットはない。
少々疲れるという点では悪手だが、それは些細なことだろう。
リーベは先程の拠点で、地図に書いてもらった合言葉を思い出す。紙を見ながら喋るのは流石に馬鹿らしいため、内容を覚えていた。
「〝向かう先には闇が待ち構えている〟」
「! ……こちらへ」
驚いた顔をしつつも、すんなりと奥へと通された。まさか暗殺対象が合言葉を言うとは思わなかったのだろう。
それにルールはルールだ。合言葉を出された以上、決められたことに則って行動をしなければならない。
リーベは宿の部屋ではなく、香の焚かれた独特な雰囲気の部屋へと案内される。まるで占い部屋のような妖艶な雰囲気は、古びた宿を感じさせない。
中にいたのは、一人の男。監視魔術に映し出されていた、暗殺者と対峙していた男だった。
完全に当たりを引き当てたことで、リーベは心のなかで笑った。これであれば今日中に全て片付けられると安心したのだ。
「まさか君の方から来るとは。兄に似て聡い子なのだな」
「兄? ああ、そうか。年齢的にそうなるね。しかし……はあ、またそればかり……」
「魔獣だけではなく、あの精鋭の刺客すら突破したのか」
「魔獣……」
なにかあっただろうか、と記憶を遡る。
入学二ヶ月目にあった短期旅行を思い出した。確かに言われてみれば、異例の出来事だった。
リーベにとっては大したことのないレベルだったが、面倒事が増えて苦労を強いられたのは確かなことだ。
しかも結果的にリーベが更に目立つ原因になってしまったため、思い出としてはいいものではない。
「あぁ、あれはあなた方の仕業だったのか。やっと辻褄が合った」
「魔獣が殺されたのはもったいなかったが、怪我をして苦戦を強いられたと聞いただけでもよかった」
(そう伝わっているのか……。まぁそう仕組んだのは僕なんだけど……)
『予定通りか? 随分と舐められておるのう』
「で、あなたはここの幹部?」
「マスターと呼ばれているよ」
「! それはちょうど良かった」
「?」
リーベはニコリと微笑んだ。
クラスメイトがそれを見れば、女子生徒が全員卒倒してもおかしくないほどの美しい笑顔だった。オリヴァーとユリアナの整った顔を受け継いだ、リーベだからこそ出来た笑みであった。
この状況で微笑んだリーベに対して、男は首を傾げた。
どう考えても現在、不利な状況に置かれているのはリーベだ。――男にとっては。
だからこそ、余裕を持った笑顔を作れることに、疑問を抱かざるを得なかった。
リーベは胸に手を当てると、少しだけ頭を下げて口を開いた。
「改めて。僕の名前は、リーベ・ヴェル・トレラントと申します」
「……は?」
「もう一度申し上げますか? 僕の名前はリーベ……」
「い、いや。聞こえている」
「なら話は早い」
「お前は兄の功績を捨てて、あの魔王に寝返ったというのか!?」
「うーん」
たった一度の自己紹介で、相手に通じるとは思っていない。人間の予想を超える出来事によって、リーベは生み出されたのだから当たり前だ。
リーベの現在の年齢が実は三歳で、ユリアナ・ヒュルストの腹から直接抜き取って、魔力で育成して現在に至る――なんて言っても理解できないだろう。
人を超越したアリスだからこそ出来た所業であり、ヒト程度では辿り着けない高みだ。
出来ればリーベは、それを説明して分かってもらいたかった。
死ぬ前に、自身がどんな存在でどういう者であり、殺されることの喜びを理解してほしかった。
といっても、リーベは様々な著名人や英雄、精霊、魔人と共に学んできたものの、凡人に向けて優しく説明する能力には長けていない。
となれば体に〝教える〟ことになるのだが、如何せんそちらも経験があまりない。最近やっと学び始めたばかりだし、下手をすれば肉体に教え込む前に殺しかねない。
『もう諦めい。何をするにしても、子の母を呼べば全て解決することじゃ』
「嫌だ。僕一人で解決してこそ、母上に仕える第一歩なんだよ」
『意地を張っていても、しょうがないじゃろうが……』
「そうだよ、リーベ」
「!」
「は、母上!?」
「なっ、魔お――えっ、母上ぇ!?」
いないはずの、声の主。
そちらの方へ勢いよく振り向けば、消えゆく〈転移門〉と、アリスが立っていた。
「ブライアンから連絡を受けてね。大丈夫?」
「……チッ、あのクソヨースめ……! ぼ、僕が一人で対処しますからっ! 母上は手を出さないでください!」
「はいはい。非常時に備えて見てるだけですよー。一人でできるんでしょう?」
「……! ありがとうございますっ!」
アリスに信じてもらえたことで、リーベは満面の笑みを浮かべた。
自分を信用し、信頼し、判断を委ねてくれたことは、一人で全てを解決したかったリーベにとっては嬉しいことだった。
それにここでいい結果を出せば、更にアリスに認めてもらえる。右腕へのスタートが踏み出せるのだ。
「要るものはある?」
「えーと……」
リーベは周りをキョロキョロと見渡した。ポケットの確認をし、武器のチェック、脳内で考えていた計画を念入りに繰り返す。
追加でアリスに所望するものは特になかったものの、リーベが唯一出来ないことを頼むことにした。これくらいなら、手伝ってもらっても問題ないと判断したのだ。
「特には。適宜回復を処置して頂ければ」
『わしはいいのか?』
「んー、エレメアだと魔力切れ起こすかもしれないでしょ?」
『むぅ、そうじゃな。ここは任せるとするわい』
「そんなエレメアに、はい。暇だろうから本持ってきたよ」
『おお! 流石は魔王陛下殿じゃ〜』
アリスは魔術空間から、数冊の本を取り出すとエレメアに渡す。魔王城にある書物は殆ど読み漁っているエレメアのために、新たに手に入れた書籍だ。
水を得た魚のように、エレメアは嬉しそうに舞い始めた。
これから長い長い
本があることによって、それが多少は紛れるのである。
「はいよ。お手並み拝見と行こうか」
「き、緊張します……」
「あぁ、そうだリーベ。反勇者団体は、これからリーベの傘下に入れなさいな。まだ成長途中の生徒よりも使い勝手はいいはず」
「分かりました」
「じゃ、頑張って」
「せ、説明しろお! リーベ・ラストルグエフぅうう!!」
「説明しても分からないだろうから、納得するまで体に教え込もうと思って」
リーベは手に持っていた剣を、男に目掛けて投げつけた。既に人ならざる境地へと達したリーベの投擲を、ただの人間である男が避けられるわけもない。
投げた剣はリーベの予想通り――男の肩を貫いた。そしてその勢いがまだ残っていた剣は、男の体を壁へと貼り付けた。
これで多少は処置を施しやすくなっただろう、とリーベは思う。
「あぐぁっ!? な、何をする! やめろ!」
「大丈夫。母上が死なないように回復を施してくださる」
「えっ、は? おい? お、おまえ、勇者の、身内なんだよな? ちょっ――」
リーベはその問いに答えることなどない。持てる限りの全ての愛想をつぎ込んで、ニコリと微笑む。
何も知らなければ美少年の魔性の微笑みと思えるだろうが、これから起こりうることを想像していた男にとっては、悪魔の笑みだった。
部屋には男の悲鳴が響き渡っていたが、アリスの手腕によって全てかき消されていった。
「何してるの?」
「あ、母上」
リーベによる尋問が終了し、アリスは反勇者団体との諸々の
ある程度終わった頃に、リーベの方へと顔を出す。リーベは必死に手帳に何かを書き込んでいる最中だった。
最近は思春期の少年らしくなってきたこともある。アリスは息子のプライバシーを考慮して、手帳は覗かずに声をかけた。
「今回の反省点をまとめていました。この機会に、ユータリスから拷問を学んでも良いかと思いまして」
「そうだねえ。長期休みの時に教わりに行く? 人間はジョルネイダの囚人でも使えばいいよ」
「はい、是非!」
『なんと物騒な会話じゃ……』
長期休みの予定が決まって喜ぶリーベと、その会話を聞いて恐ろしさを感じているエレメア。
この場で最もまともな価値観を持っているエレメアが、二人に何かを言えるはずもなく。
ただただ近い将来に、リーベによる拷問の犠牲になる囚人にを哀れんでいた。
「母上」
「んー?」
「僕……学院にいる間に、もっと成長して――右腕になれるよう、精進して参ります」
「うん。期待してるね」
「はいっ!」
リーベの学院生活は、まだまだ始まったばかりである。
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