作り変えられる土

「たっだいま〜。いや〜、いい結論が出てくれて嬉しいよ」


 アリスはニコニコとした笑顔で、大公たちが待つ部屋へと戻ってくる。

 先程の重圧を感じるようなアリスとは違い、普段のアリスだ。少しおちゃらけていて、気の抜けた声色である。

比べ物にならない態度のため、テオフィルもオーレリアンも驚いている。


「……」

「……え? 同じ……?」

「さて、砂漠の開拓だっけ。地図にこのあたりまで欲しいとか、あれば示してくれる?」

「は、はあ」

「私が砂漠化を止めたら、アリ=マイアから職人を派遣するね。魔族と人間が来るけど、攻撃はしないこと」

「分かりました……」


 疑問は多くあったが、アリスが矢継ぎ早に言うものだから、テオフィルはそれらを記憶するので精一杯だった。

 テオフィルの中では、突っ込んではいけない問題なのだと理解して、アリスの言っていたことを飲み込むことに徹する。


 ある程度の情報をすり合わせれば、アリスは今のところ用事はなくなる。

 連れ帰った魔獣の世話もあるし、ジョルネイダとの戦争が落ち着いた以上、他の国や学院などに顔を出さねばならない。

 全ての魔術を使えて、幹部の全てのスキルを使用できるのはアリスだけ。何もかもが出来るのはアリスのみのため、問題が発生しているならば早期の解決をしなければいけないのだ。


「アリス様、帰られますか?」

「ん? せっかく来たし、ちょっと作業してからね」


 とはいえ、せっかく来たのだからこのまますぐに帰るのは勿体ないだろう。転移の出来るアリスからすればどうでもいいことなのだが、ものはついでである。

 アリスはスキルにより、ホムンクルスとスライムを生成する。それぞれ生み出されたのは二体ずつ、合計四体だ。

 それらには魔力を多めに分け与え、使用できる魔術は一つだけ付与をする。

 天候を操れる最高峰の魔術――〈天空掌握ウェザーコンプリート〉だった。


「砂嵐を観測する地点や、物見櫓みたいな場所はある?」

「あ、ありますが……」

「おっ、お連れします!」


 買って出たのはオーレリアンだった。その表情はまさにこれから戦地に向かう英雄のようだ。

 アリスが目の前でやったことが理解できない以上、オーレリアンの身に何が起きるか分からない。一国の代表が案内するべきだろうが、大公を補佐しているテオフィルからすれば、その代表を守るのが彼の仕事。

 最初の頃は、まだまだアリスをただの残虐な魔王だと思っている人間は多い。だからアリスは何も言わずに放っておいた。


「じゃあこいつを連れてって」

「えっ、分かりました……」


 オーレリアンはビクビクと怯えながらも、アリスの言われたとおりに四体のスライムとホムンクルスを連れて部屋を出ていった。

 テオフィルは友人を死地に送るような気持ちで、それを眺めていた。


「とりあえず四体。先程の魔術を使える分身を作った。根本の原因解明までは暫くそれで凌いで」

「なるほど……。わ……分かりました……」

「主要都市が四つ以上あるならば、また作る。今度数を教えて」

「……まとめておきます」


 テオフィルも、まさかここまで早急に対応してくれると思わなかった。こんなにもすんなりと解決するのであれば、最初から従属を選んでいればよかった――と後悔する。

 しかし、テオフィルが後悔したところで失った人間は戻らない。

 アリスならば全て生き返らせることが可能だが、テオフィルはそれを知らなかった。そしてアリスも、その手段があることを伝えるつもりはない。


「エンプティ、このまま砂地に行こう。すぐに仕事に掛かってほしいから、ちゃっちゃと土地を作るよ」

「はいっ♡」

「キマイラはそのことを報告して、ハインツとパラケルスス、ユータリスに人員を選定するよう伝えて。イザークも学院に帰すよ」

「了解致しました」

「わーい! 帰る、帰る!」

「はっ、はい!」


 各地への〈転移門〉を生成し、部下を送り出す。

 門を潜っていく部下たちを見届けると、アリスは末端の街へとつながる〈転移門〉を生成した。

 ゆくゆくは砂漠地帯を全て埋めたいとは思っているが、そうしてしまうとそこに住んでいる生態系を崩すことになる。

 テオフィルには悪いが、ある程度は砂地を残しておくべきなのだ。テオフィルがなんと言おうとも、アリスの要望だから、従属した彼らが文句を言えるわけはない。


「あ、あの!」

「ん?」

「砂地を直していただけるのは有り難いのですが、監獄はどうされますか?」

「あー……。こっちで用意するよ」

「分かりました……」


 元々イザークがいた砂漠の監獄は、現在は破壊されたままだ。再建の人員を投入できるほど民はおらず、イザークの魔人化の儀式で全ての罪人が死んだため、先送りになっている。

 元あった場所に再度作る予定ではあるものの、そこを砂地から戻されるとなると、再び建造するのは難しいだろう。


 アリスはそのまま門をくぐり、エンプティもそれに続いた。二人が砂地に降り立つと、背後に立っていた門は直ちに消え去る。

 後ろには街の入口があり、初めてジョルネイダに来た頃を思い出す。あれからさして時間は経っていないが、あの頃とは全く違う状況になった。

 勇者はいなければ、もう身分を隠して歩く必要もない。自分の土地になったのだから。


「アリス様、あちらを御覧ください」

「うん。砂嵐が来る」


 タイミングが良かったのか、アリスたちの視認できる距離に砂嵐がやって来ていた。街の住人はもう既に屋内に避難していることだろう。

 アリスは躊躇いもなく、魔術を発動する。破裂するように砂嵐は消え去り、清々しいほどの晴天が空を覆った。

 しばらくすれば住民も異変に気づくことだろう。


「〈ホムンクルス生成〉。……君はこの街の偉い人に会いに行って。説明する内容は分かるよね?」

「把握しております。承知いたしました」


 生成されたホムンクルスは、街の中へと消えていった。

 面倒な説明を省きたかったアリスによって、既にホムンクルスの使命についてはインプットしてある。あとはこの街の長の理解力にかかっている。

 だが今ちょうど、アリスが魔術によって砂嵐を止めたため、考えるまでもなく分かるだろう。


「アリス様、どれほどの広さを戻すおつもりですか?」

「とりあえず三平方kmかなー。残りはテオフィルたちの働き次第で」

「畏まりました」

「それじゃあ行くよーう、〈大地を愛する者グロー・グラウンド〉」


 アリスが魔術を発動すると、地響きを立てながら大地が動く。砂ばかりでサラサラとした大地は、徐々に変化していった。

 砂は固まり、色を変え、性質が変わり、栄養分の高い上質な土壌へと変化する。畑作に適した、この国では滅多に見られない質のものだった。

 広大な畑を作るために土壌を作り替えたのではなく、一部は人間が住める環境にしなくてはならない。そのあたりは新しく土を持ってきて固めてもらい、その上に住居を作ってもらう。

 そのあたりは、アベスカなどの職人たちの仕事だ。そこまでお膳立てしてやる必要はない。


「あとは、念の為。ふん……っ!」

「まぁ……!」


 せっかく作り上げた土地が、危険に見舞われては困る。

 アリスはその土地を囲むように、土を盛り上げた。盛り上がった土はミシミシと音を立てて、さらに強固になっていく。

 十数メートルの高さに盛り上がる頃には、完璧な城壁が作り上げられていた。ついでにアリスの魔力も練り込んであるため、そんじょそこらの城壁よりは強いはずだ。


「これでよし――っと。あとは仕事をする人員を選ぶだけだね」

「そちらの方は我々にお任せください」

「うん、そうだったね」


 アリスは纏っていた羽衣を投げた。空中で浮遊する羽衣に体を預けると、眠くもないのに欠伸を一つこぼす。

 エンプティは何も言うことはなく、ただその隣に佇んでいた。


「ねえ、エンプティ」

「はい」

「楽しいねぇ」

「……えぇ、そうですね」

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