勇者か、順応か

「いや〜。流石に戦争が立て続けに起こってると、人がいないね」

「そうですね」


 アリスとイザークのやって来た城下町は、がらんとして人がいない。とはいえ視線は感じているわけで、家や物陰に隠れているのだと分かる。

 あの短時間で大公が伝達した訳では無いため、いち早く気付いた住人が周りに知らせたのだろう。

 突き刺さる視線には悪意も殺意も感じられる。

 出てこないところを見れば、実力差を分かっているのだろう。


「なんか飲食店とかないの?」

「あると思いますが……」


 イザークから戻ってきた返事に、アリスはむっとする。欲しかった答えを貰えなかったからだ。

 ジョルネイダに住んでいたイザークであれば、店の一つや二つ答えられてもいいはず。しかしイザークから返ってきたのは、心もとない返事だった。


「現地に住んでた人に聞いてるんだけど」

「俺、投獄生活はそこそこ長かったんですよ……」

「えーっ、連れてきた意味ないじゃん! 案内してよ!」

「そ、その為ですか!?」

「他にある!?」

「顔が知れてるんで、脅しかと……」

「んなわけないでしょーが!」

「そんなあ……」


 イザークはガックリと項垂れた。

テオフィル大公も要注意人物と掲げるほどの、あのイザーク・ゲオルギーだ。きっと脅しの材料として連れてこられたのだろうな、と思っていた。

アリスの手持ちの部下にはジョルネイダ関係が殆どいないため、それだけかもしれないとも考えていたが――実際はそれ以下だった。

 あの、アリスに敗北したとき。その時に全てを諦めたつもりだったが、こうして頼られていい気になっていたのだ。

 とは言え。敗戦国へ勝利を告げるためにやって来たのに、観光案内要員として呼ばれたとは、誰が思うだろうか。

 アリスもアリスである。


 イザークが落胆していると、視界に突然、小さなものが映る。

 アリスの思惑にしてやられ、がっかりしていた彼ではあれど、供回りとして機能しない訳では無い。アリスに忠誠を誓った以上、彼女に対する危険が及べば守るために動く。

 ヒュッ――と、比較的速い速度で動いてきたそれを、イザークが止めた。

 アリスとその者の間に割って入る。


「――誰だ。アリス様に御無礼な」

「ひっ!」


 イザークを見ると、それ――子供はその場から飛び退くように逃げる。手には剣を握っており、それでアリスを刺すつもりだったのだろう。

 イザークは警戒心を捨てず、いつでも魔術を発動できるように構えた。どんな小さな脅威とて、アリスに楯突く存在をそのままに出来ないのだ。


「お、俺が倒して、ジョルネイダを平和にする!」

「や、やめなさいよ! お兄さんの二の舞になるって!」


 少年の後を追ってやって来たのは、彼をよく知っているような口ぶりの少女だった。関係性から見て、幼馴染と言ったところだろう。

 少年は、少女から兄のことを出されると、痛いところをつかれたかのように黙ってしまった。


「新たな勇者、か……」

「そうなのですか!? でしたら今ここで芽を……」

「……いや」


 アリスはチラリとステータスを閲覧する。

 平均的で、普通なステータス。ここから飛躍的に伸びるという様子もなく、ただの一般人の子供と同じものだった。

 彼の勇気こそは称賛したいものの、将来はどう転んでも勇者になどなれないステータスだった。

 危険因子としてここで芽を摘むのも構わないが、それは同様に、将来の信者を消すようなもの。

 勇者にならない弱きものは、アリスの信者へと成り代わる可能性があるのだ。


「イザーク、どけ」

「ですが……」

「ん? なんだ?」

「……失礼しました」


 アリスはイザークを押しのけ、少年の前に出た。

 少し背の低い少年の目線に合わせることなどなく、ただ立って威圧を与えている。少年はそんなアリスを、キッと睨みつけた。


「刺せ」

「……え?」

「私を刺せ。それで気が済むならな」

「……っ」

「やめなさいってば!」


 幼馴染の少女が制止を促しているものの、少年は聞き入れなかった。アリスの目の前に飛び出してきた時点で、彼の中の覚悟は決まっている。

 勝算などもとより無かったが、兄も家族も奪われた苦しみをぶつける以外に残されていなかった。

 少年はギュッと剣を握り直して、勢いをつける。そのままアリスの胸をめがけて――


「うわあああああ!!!」


 ドスッと剣を突き立てた。

 剣は胸を貫き、背中から突き出ている。ボタボタ、と数滴の血液が滴れば、視覚から聴覚から、〝誰かを刺した〟という事実が伝わる。

 初めて誰かを突き刺したことで、少年の手指はぶるぶると震えていた。恐怖なのか、達成感なのか。少年には分からなかった。


「……はあ、はあ……」

「一度で良いのか? 甘いな」

「……え、なんで……」

「冷静になれ。死ぬかもしれないのに、自ら刺せという馬鹿がいるか? 私は心臓を貫いた程度では死なん」


 アリスが胸に深々と突き刺さった剣を抜けば、その瞬間から修復が始まる。ジュクジュクと肉がひとりでに蠢き、血肉を形成し、傷ひとつ残さぬ肌が生まれる。

 そして彼女の気に入っている民族衣装も、同じく穴が塞がって綺麗な新品同様の状態へと戻った。

 少年はその様子を、ただぼーっと見つめている。彼の常識では理解できないことを繰り広げたのだから、当然である。


「ヒト程度の攻撃で私が殺せるわけが無いだろう。勇者も然りだ。この世界に生まれた時点で、お前達は敗北が決まっているようなもの」

「……」

「イザーク、行くぞ」

「はい」


 アリスがイザークとともに行こうとすると、先程の少年が動いた。

 まだやるのか……と呆れていたものの、少年は声を大にして言う。


「い、いつか!」

「ん?」

「いつか絶対に、お前を殺す!」

「そうか、頑張れよ」


 そう言い張る少年を残し、アリスはイザークを連れてその場を去った。

 あの場では多数の視線があった。きっと、少年とのやりとりも見られていたに違いない。

 深々と胸に剣を突き刺したが、無事で居た魔王。住民が目にした事実は、瞬く間にこの国に広まることだろう――大公の答え次第では、だが。

 従属を断り、滅ぼす未来になれば。あの絶望を持ったまま、ただ死んでいくのだ。


「……ああやって新たな勇者が生まれるのですね」

「生まれないよ」

「え!? でも……」

「伸びしろのない平々凡々なステータスだった。私の信者に飲み込まれて、こちら側に来て終わり」

「そういうものですか……」


 イザークにとっては、理解できないことの一つだろう。

 彼も魔術の才能は秀でているものだった。使い道――性格の問題でもあるが――を誤って犯罪に手を染めたものの、先程の少年とは一線を画す存在だ。

 弱きものではない犯罪者ということも相まって、そういった〝一般市民〟の考えや行動原理、適応力を理解できない。

 そんな〝一般市民〟を理解できない彼ではあるものの、彼もアリス・ヴェル・トレラントという強大な存在の配下に入ることで延命した――〝弱きもの〟であることを自覚できていないのである。


「弱いやつは適応することで生きていくんだよ。私もそうだった」

「アリス様が!?」

「むか~し、ね……」


 人間だった頃。アリス――麻子も、生きていくために我慢をして、上の存在に慣れた事が多かった。

 働くためには周りと同じように振る舞わなければならなかった。死ぬ直前の部下の教育の仕事だって、断れなくて受けさせられたほどだ。

 そういう人間で、そういう生き方をしてきたからこそ、アリスは少しだけ優しさが残っているのだ。

 とはいえ。相変わらず、正義の味方は殺したいという気持ちは残っている。


『アリス様』

「おっ! 終わった?」

『はい。たった今結論が出ました。従属に合意するとのことです』

「だったらきちんとお世話しないとね」

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