エピローグ

 ――アリスがジョルネイダを手に入れてから、一年が経過した。

 神からの通信はなく、相変わらず暇な毎日を送っている。時々各地を視察しては、その場所の問題点を改善したり、たまに現人神として神たる御業を披露したり――という日々を送っていた。

 パルドウィンよりも順調に、ジョルネイダは異種族との交流を深めている。パルドウィンとは違って、共に何かを成し遂げたことが成功の理由の一つだろう。

 パルドウィンでは魔族たちを導入して、建物を建てたり、土地を作ったりはしなかった。

 マザー・フリルによって徐々に浸透しつつはあるものの、それでもやはりまだ警戒心は拭えない。そもそも亜人の奴隷も存在しているため、まだまだ意識を変えるには時間がかかるのだ。


 そんなアリスの現在は、緊急の用事でジョルネイダに呼び出され、オーレリアンのもとへとやって来ていた。


「アリス様! よくいらっしゃいました!」

「オーレリアン。ホムンクルスが壊れたって?」

「たまたま囚人に破壊されてしまいまして……。申し訳ない限りです」

「そろそろガタが来てたしねぇ。それからは?」

「エルフと人間の看守で監視しています。今のところ、暴動もないようです」

「そっか」


 新しく建造した監獄で導入した、看守ホムンクルス。それなりの練度で作成したはずだったのだが、やはり悪質な魔術師はそれを凌駕するようだ。

 それに、いくら強いホムンクルスであっても、攻撃を何度も受けてしまえば弱くなる。

 定期的にメンテナンスをしているものの、ホムンクルス系のスキルや魔術を持つものは多いわけじゃない。

 それにアリスやパラケルススが生成するような、高練度のホムンクルスのメンテナンスは難しくもある。


 これらも魔王軍や学院生が育った頃に、入れ替える予定を立てている。

 危険は伴うが、ハインツや精霊たちのお墨付きを貰った者たちなのであれば、きっとやり遂げるだろう。


「それと、教会の者が講演会を開きたいと仰っていました」

「えー、私の?」

「はい。是非、と」


 年月を経て、警戒心が忠誠心となったオーレリアンは、既にアリスの信者と化している。信者の一人であるオーレリアンも、アリスの講演会に出向きたいと切に願っているのだ。

 しかし、アリスとしてそれは断りたいものだった。

 正義を殺すという名目で魔王をやっているが、神様になるつもりなどなかった。今となっては引き返せないところまで来ている。

 オーレリアンの、子供のように期待する眼差しを向けられて、少しだけ顔を歪めた。


「ユ、ユータリスじゃ駄目かな。神の言葉の代弁者みたいな」

「構わないと思いますよ。ただ、五分でも顔を出して頂けないかと」

「まあ、それくらいならいいよ」


 ジョルネイダの問題の一つであった、砂嵐。そして居住可能地区の砂漠化。それらを止めたことで、住民からの意識は一気に変わった。

 やはり奪うよりも与えるほうが、人間からの信頼は得やすい。

 テオフィルたちの働きの報酬として、他の土地も徐々に通常の陸地へと変えていけば、国民からのアリスへの信頼度はより上がっていった。


 最初は戸惑っていた魔族の受け入れも、人間と変わりなく会話ができると分かれば、すぐに受け入れられた。

 魔族だけ連れてきたわけではなく、魔族と普通に関われる人間を連れてきたこと、共に働いて汗を流し、友好を深めていったのも改善に向かった理由の一つだろう。

 そして既にトレラント教の信者である彼らは、口々にアリスを褒め称える。

 今までやってきた偉業を自慢したり、子供の傷を癒やしてくれたことを言ったり。それらが広まるのは、時間を要さなかった。


 魔術の犯罪者が多いジョルネイダへの対策も講じた。

 新たな監獄〝ヴェル・ホルト〟の建造もさることながら、看守が危険にさらされない方法や、看守をホムンクルスにするという案。それらにより、看守たちの心が奪われるのも早かった。


「ところで……今日、リーベ坊ちゃまは、ご一緒ではないのですか?」

「うん。魔術学院でアイテムの研究してるから、置いてきたよ」

「左様でございますか」

「何かあったの?」

「はい。先日お求めでした古書を発見しました。是非ご帰宅の際にはお伝え下さい」

「分かった、言っとく」


 アリスとオーレリアンは、ヴェル・ホルトに向かうために移動していた。

 ヴェル・ホルトへの移動手段は、各主要都市に設置された転移施設を用いるのが主な手段である。アリスであればそのまま転移も可能だが、ここは使わせてもらうことにした。

 道中でオーレリアンと会話をしながら、首都に設置された施設へと急ぐ。


「それと……」

「ん?」

「昨日に新しく入った囚人が……」

「なに?」

「アリス様をご存知ではなさそうでして。御無礼を働くかと思います」

「へえ……」


 アリスはニヤリと笑った。

 戦争からは一年ほど経過していたものの、本格的に彼女の手が加わってから、まだ数ヶ月程度しか経過していない。

 情勢に疎いものであれば、知らない人間もいるだろう。人間社会から切り離された犯罪者なのであれば、なおさらだ。

 噂話を得られる知人もいないのならば、より一層情報を手に入れられないだろう。

 それか、ただの新宗教の変な教祖だと思っているのかも知れない。事実、あまり変わりないのだが――魔王という点では〝変わっている〟だけで済ませるには足りないだろう。


 例の看守ホムンクルスを破壊したのも、件の新しい囚人である。

 まだ若く、周りも見えず無鉄砲。まるで出会った頃のイザークやヴァルデマルを連想させる。


「申し訳ございません……」

「いいよいいよぉ。楽しそうじゃん」

「……えぇ、そうですね……」

「さ、いこいこー!」




 ――ヴェル・ホルト。

 アッサルホルト山を切り抜いて作った、ジョルネイダの新たな監獄である。周囲には脱獄防止のため、人を迷わせる魔術が展開されている。そのため、入るには転移の魔術が必須だ。

 僻地に存在しているため、基本的にはホムンクルスが常駐の看守として働いている。

 万が一、なにか緊急事態が発生した場合にのみ、二人一組で人間や魔族が看守としてやってくる。

 現在は看守ホムンクルスが破壊された緊急時のため、人間などで守りを固めている。


 アリスたちが転移してくると、エルフと人間の看守が二人を出迎えた。


「例の新人は独房におります。私は看守と話してきますので……」

「うん。私が先に行くね。――と、その前に」


 スキルにて二名のホムンクルスを生成する。看守として役割を果たせるよう、レベルも高く設定した。

 オーレリアンはそれを見ると、はて、と首を傾げた。


「とりあえず新しい看守」

「破壊されたのは、複数のうちの一体ですが……」

「いいよ、オマケ」

「なんと……ありがとうございます!」


 アリスはひらひらと手をふると、部屋を出て監房のある方へと向かった。

 カツンカツンとアリスの靴音が反響している。まだ入口に近い場所のため、比較的静かだった。

 奥に行けば行くほど、その手強さは上がる。


 しばらく来ない間に、知らない囚人が増えている。アリスは歩きつつ、それらのステータスを閲覧した。

 犯罪歴や犯した罪などは重いものの、魔王軍に入れるほどのステータスは満たせていない。ただ周りよりも魔術が使えて、それを悪用してしまった者たちに過ぎない。


(今日の引き抜きは無理、か……)


 せっかくならば手札に加えられるかと思っていたが、幸運はそう簡単に舞い降りるわけがないのだ。

 がっかりしながらしばらく歩いていると、遠方からガンガンと叩く音がする。頑丈にできた独房の壁を、力のままにひたすら殴っている音だった。


「出せや、オラァ!」

「荒っぽいなぁ……」


 アリスの歩いているエリアはまだまだ比較的〝軽犯罪〟ではあったが、そこまで聞こえるほどの暴れ具合だ。

 声の調子からして、まだまだ若いのだろう。力も有り余っているのに、こんな場所へ入れられてしまえばそれはそれはストレスに違いない。

 得意の魔術も封じられ、拳で殴って叫ぶしかないのだ。


 アリスがようやっと独房エリアにやってくると、ある独房の前にホムンクルスが立っているのが見えた。

 流石に独房の監視となると、人間などにやらせるわけにはいかないのだろう。破壊されても問題ないホムンクルスを配置している。

 破損している様子も、体力や魔力の消費も見られない。修復する必要はないと判断し、そのまま会話にうつる。


「アリス魔王陛下。このような場所まで、御足労頂きましてありがとうございます」

「入っても良い?」

「鍵はご不要ですね」

「うん」


 アリスに生み出されたホムンクルスは、彼女のことを知っている。鍵なんてものは必要なく、壁なんてものも意味を成さない。

 この程度の、人間程度を閉じ込めるくらいの扉であれば、すり抜けて通れるのだ。

 ゆえにアリスは当然のように、分厚い独房の扉をすり抜けて入る。

 看守ホムンクルスも驚くようなことはなく、そのまま定位置へと戻り監視を続けた。


「やあ、人の青年」

「なんだ、今日のサンドバッグか?」

「はあ……」


 アリスが笑顔で挨拶をすれば、返ってくる答えはそれだ。今までどう生きてきたのかが、手に取るように分かる。

 ――圧倒的な自分の力に酔いしれて、自分よりも強い存在を知らない。

 投獄されてしまったのも、たまたま運が悪かったと考えている。いずれここから抜け出して、また罪を犯そうと思っているのだ。

 アリスも呆れてため息しか出ない。


「強い自慢するなら、ステータスを見れるようにならないと」


 そう言うとアリスは、一気に魔力を放出した。アリスの魔術攻撃力を考慮すれば、ただの魔力を垂れ流しただけでも十分な威力を誇る。

 まるで暴風のような激しい音とともに、放出された魔力は男を襲った。

 まともにそれを食らった男は、立っていることすら困難だったようだ。体はブワリと浮いて吹き飛ばされ、壁へと叩きつけられた。

 背中を強く打ち付けた男は、ゲホゲホと苦しそうに咳き込んでいる。


 ここまできて、ようやく男は力の差というものを理解した。

 再びアリスを見る瞳は恐怖に染められていて、体全体がガクガクと震えている。

 アリスが一歩踏み出せば、「ヒィ!」という情けない声が出る。どこもかしこも壁しかないのに、必死に逃げるように這いずっていた。


「ひっ!? く、来るなぁ!」

「ふふっ……。改めて。私はアリス・ヴェル・トレラント。魔王だよ~」


 無邪気な魔王は、そう笑うのだった。

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