あとしまつ
パラパラと粉塵が舞う部屋の中は、静寂に包まれていた。先程まで恐ろしく響き渡っていた巨大な蜘蛛の音はない。
煙は徐々に晴れていき、そこには蜘蛛は倒れていなかった。
無傷で佇んでいるアリスと、何も纏っていないベル・フェゴールが倒れていた。
「ベルの体力値が……20! ギリッギリだったなぁ」
アリスは〈
しかしベルが目を覚ます様子は見られない。
アリスとの戦闘もさることながら、その前から大量の兵士を相手していた。取るに足りない相手だとしても、完全体になっていたことで体力を消耗していたのだろう。
スキルの効果で完全に回復しているとはいえ、アリスは目視にて損傷がないかをチェックした。
問題ないのを確認するとパチリと指を鳴らす。一瞬でベルの衣装が元通りになり、いつものゴシックロリータ調のセーラーワンピースだ。
そんなベルを横抱きすると、外にいるだろうエンプティに声をかけた。
「おーい、エンプティ。終わったよー」
アリスが声をかけるとすぐさま、目の前には出口が生成される。
そこから外に出れば、もう既に場所はイルクナーの丘では無かった。完全に見覚えのあるその部屋は、魔王城内のヨナーシュの執務室であった。
当然ながらヨナーシュの部屋であるがゆえに、目の前に居るのもヨナーシュだ。そして亜空間スキルの持ち主であるエンプティも一緒にいる。
「おやおや?」
「このような場所で申し訳ありません」
「いいよ~、びっくりしただけ。――〈ホムンクルス生成〉」
アリスはエンプティと会話しながら、ホムンクルスを一体作り上げる。何の変哲もない、魔王城ではよく見るメイドのホムンクルスだった。
レベルもたいして高くはなく、戦闘なんて出ることすら出来ない。
アリスはそんなメイドホムンクルスに、いまだ目覚めぬベルを渡す。
「部屋に連れて行って、寝かせてあげて」
「畏まりました」
メイドホムンクルスは、ペコリと頭を下げるとそのまま部屋をあとにした。
残されたアリスは見送りもそこそこに、部屋にいる二人の方へと向き直る。
エンプティが何の用事もなくヨナーシュといるわけもない。この二人がセットになっているときは、何かしらの話し合いをしているのだ。
「何してたの?」
「ジョルネイダの扱いについてを、少々」
「未来もいいけど、まずは敗北したことを教えてあげないとね」
「首でも差し出したらいいのではありませんか?」
「あっ、そっか。でもパラケルススにあげちゃった。残ってるかな?」
パラケルススが優秀であるがゆえに、この短い時間で仕事を終わらせている可能性がある。
全てをホムンクルスの素材にしてしまった場合、死体が微塵も残っていないこととなる。これで「勇者を殺した」と言われても、証拠が全く無いので信用ならないだろう。
あれだけの兵士が消えたとなれば、流石に諦めもつくだろうが、確たる証拠とはならない。
「の、残ってる?」
「アリス様は勇者の死体を、ホムンクルスの素材にと渡したのよ。あのクソゾンビのことだから、もう既に体の一部を素材にして、作成しているでしょうね」
「なるほど。勇者の肉体でしたら、いい素材になりそうです」
そんな会話をしている二人をよそに、アリスはパラケルススへと通信を飛ばす。
「あー、パラケルスス。勇者のパーツ、余ってる?」
『まだ使っておりませんぞ。どうされましたかな?』
「よかったー。勝利宣言のために、頭だけちょうだいな」
『おぉ、なるほど。自分もそのまま受け取ってしまい、申し訳ございません』
「気にしないでー、言わなかった私が悪いから」
『防腐魔術を施して、ディオンに持たせますゆえ。お受け取りください』
「ありがとー」
話がついて通信を切ると、エンプティもヨナーシュもアリスの方をじっと見つめていた。一瞬、アリスはぎょっとした。
しかし、アリスの答え次第で作戦が変わるのだ。そうなってしまうのも仕方がない。
「どうですか?」
「ディオンが届けてくれるみたい。行くのも届き次第だね。ジョルネイダに行く部下を選んどいて」
「かしこまりました♡アリス様、これからどちらに行かれるのです?」
アリスは言いたいことを言い終えたため、既に部屋から出ようとしていた。
エンプティとしても用事があるわけではないのだが、敬愛するアリスが何をしようとするかが気になるのである。必要とあらば仕事をほっぽりだして付いていきたいし、なんでもしてあげたいのだ。
アリスは、身体的な疲労こそないものの、勇者との戦いで疲れていた。
癒やされるために様々な案を出した結果、ゆったりと風呂に入ることにしたのだ。ゆえに彼女がこれから向かうのは、大浴場。
――ちなみに、エンプティは過去に浴場を破壊したことがあり、出禁になりかけているので、一緒に行くことは不可能だ。
「おふろー」
「ではサキュバスも数名向かわせますね」
「ありがとー」
アリスはヨナーシュの部屋から出ると、廊下にてすぐに〈転移門〉を発動した。向かう場所は浴場だ。
アリスがいつでも入浴できるよう、風呂場は常に整備されている。当然だがアリス以外も入浴は可能で、ルーシーやベル、サキュバスも入っていることが多い。
日も高いせいか今は誰もいなかったようで、風呂場で響いているのはアリス一人の足音だけだ。
「はあ、疲れた」
アリスはパチリと指を鳴らし、纏っていた衣服を全て取り払った。
ペタペタと水音を含む足取りで、広い浴場を歩いている。脳内では今回の戦闘についての振り返りが行われていた。
戦闘面などの反省などではなく、今回相手した勇者に関してだった。
前回の勇者、オリヴァー・ラストルグエフは、推定ではあるものの前世は成人男性だ。今回相手したのは成人にも満たない子供。
罪悪感や良心の呵責などは存在しないものの、人として到達してはいけない倫理の場所まで来てしまったという実感がわく。
(今回は現役高校生かぁ。戻れないところまで来たなぁ)
戻るつもりもなければ、やめるつもりもない。むしろ、未熟な魔王、自分がいていいと不安になることがある。
元々悪側の立場は好きだったゆえに、その素晴らしさを十分に体現出来ていないような気がするのだ。
魔王となってしばらく経過したが、まだまだ道のりは長い。学ぶことも多く、反省点も多い。
アリスが物思いにふけっていると、入口からきゃあきゃあと黄色い声が届く。そちらを見ずとも、エンプティが手配したサキュバスだと気付いた。
サキュバスたち全員で三名。ぱたぱたと小走りでアリスの方へとやってくる。
「アリス様~! お背中お流ししますっ♡」
「おねがーい」
「じゃあ私は、鱗の手入れしますね~」
「うん」
慣れた様子で、二名のサキュバスがアリスを取り囲む。アリスは当たり前のようにバスチェアに座ると、されるがままになった。
長い髪も、手指も、足も、その先も。自分で洗うよりも綺麗にしてもらえる。普段は長い時間が取れないため、魔術で簡単に処理をするのだが、こうして暇なときはじっくり丁寧に洗ってもらうのだ。
二人のサキュバスがテキパキと仕事をこなしていくなか、残った一人は棒立ちで止まったままだ。表情はガチガチと凍りついて、緊張している。
二人とは違い見慣れない個体ということもあって、アリスは心配して声をかけた。
「あれ? あの子は?」
「新しい子なんです~。研修がてら連れてきましたぁ」
「へー」
「よ、よろひくお願いしましゅ!」
「だから、大丈夫だって。アリス様とはセックスないんだから」
「で、で、でも……」
〝新しい子〟は、見た目の通り本当に緊張をしていたようだ。
そして先輩サキュバスの言う言葉が、アリスには引っかかった。その言い草だと、サキュバスだというのにその本領を発揮出来ないように受け取れる。
アリスと馴染みのあるサキュバス、ガブリエラもサキュバスの中では弱かった。しかしながら
だが目の前にいるこのサキュバスは、ガブリエラとも違うように見えた。
「サキュバスなのに性行為が苦手なの?」
「そうなんですぅ、ご飯食べるのも大変でぇ」
「ふーん。……ねぇ、君」
「ひゃい!?」
「子供は好き?」
アリスからの質問を受けて、サキュバスは目を丸くした。
一体どういう意図で聞いているのか。その内容が全く分からなかったが、早く答えなければ無礼にも当たる。
緊張を落ち着けて、失礼のないように言葉を選んで、音にする。
「嫌いでは……ないですけど……」
「ならパルドウィンでフリルの手伝いをしなさいな。人間の〝魔族に対する意識改革〟も行いたいし。手配しておくから、一週間以内に準備を整えておいで」
「え、え?」
「良かったわね~」
「やーっぱり連れてきて正解ね」
新人サキュバスの知らぬ間に、彼女の処遇が決まる。先輩である二人も、慈悲深いアリスのことだから何かしらの対策を練ってくれると思っていたのだ。
予想通りと言わんばかりに、二人は笑う。
この場で置いていかれているのは、新人だけであった。
「ねー、アリス様ぁ。あたしたちぃ、砂漠見てみたぁーい」
「んん~? じゃあ今度一緒に行こっか」
「やったぁ♡」
「あのっ、え、えぇえぇええぇ!? 魔王様ぁあぁ!?」
やっと理解がいった新人の叫びが、浴場にこだましていた。
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