蜘蛛の巣2
「さぁて、ベルちゃん――遊ぼうか」
アリスが戦う意志を見せると、巣から巨大な蜘蛛が一匹現れる。数メートルはあるだろう巨体は、誰がどう見ても敗北を認めてしまう。
兵士達に至っては、死を覚悟しただろう。いや、もう諦めて走馬灯を見ていてもおかしくはない。見た目だけでも十二分に恐怖を感じ、そして見た目以上に凶悪な戦闘力を誇る。
ベルは巣から出てきたものの、じっとアリスを見据えて動こうとしない。本能で動いている完全体だからこそ、感覚的にアリスは一筋縄ではいかない事が分かっているのだろう。
「私が誰か分かってる?」
「……」
「わからないか。好みのタイプに負けたみたいでちょっとショッ――」
アリスが言い終えるよりも先に、ベルが動いた。覚悟が決まったのか、油断しているすきに終わらせてしまおうと思ったのか。
バシュッと蜘蛛の糸を出して、思い切りアリスへと浴びせる。いきなりのことで避けきれなかったアリスは、そのまま糸の餌食となった。
勢いを伴った糸とともに、ビタンと背後の壁に貼り付けられた。相当な勢いだったようで、背骨がボキボキと何本か折れたようだが、それらもスキルで瞬時に修復する。
「いてて。私は食べ物じゃないっての」
外すためにグッと力を込めてみたものの、粘着質な糸が取れることはない。動きを封じて一気に片付けるつもりなのだろう。
ベルが兵士と閉じ込められてから、この戦法で何度も殺してきたのだ。
ただ体をよじっただけでは拘束から抜けられず、アリスもどうやって逃げようかと思案する。
ベタつく糸は剣などで切るのは不可能だ。べっとりと剣先にまとわりついて、外れなくなる未来が見える。剣を操るベルだからこそ、そういった辺りの対処もして、この糸を生成している。
少し考えて、アリスは糸を焼き切ることにした。
「……はぁあッ!」
アリスの体がごうごうと炎に包まれた。彼女ごと燃え出した炎は糸へとうつり、そのまま全体へと燃え広がる。
ぶつぶつと音を立てて、アリスに付着していた糸が落ちていく。数秒もしないうちに、アリスを足止めしていた蜘蛛の糸は全て焼ききれてしまった。
ベルはその様子を、少し動揺した様子で眺めていた。自分の自慢の糸が切れてしまったこともそうだが、それほどの攻撃力を持った炎があることが、ベルにとっては恐ろしかった。
「ギュィ……ッ」
「そう。炎はお嫌い?」
「……ッ」
図星を突かれたベルは、シュッと糸を出した。先程の粘着質な糸とは違い、人を切り殺せる強度を持った糸だ。
普段のベルも、人間を殺したりする際によく使用しているものだった。胴体や頭ですら、まるでケーキを切るようにスッパリと切れる。
糸はアリスに当たったものの、ブツリと体が真っ二つになることはなかった。むしろ切り傷が少しだけ出来た程度で、それもすぐに治癒されてしまう。
「人と同じだと考えないでよ」
「……ッ!」
「さぁほら、ハグしてあげよう」
「キシャアアア!」
ベルは逃げるように糸を吐き出した。
流石に三度目の足止めは食らうつもりもなく、アリスもそれを避ける――が、避けた先には粘着質の糸があった。
床に張り巡らされたそれは、ベルがこの戦闘で予め撒いたものではなく、兵士を殺して居た際にたまたまあったものだ。
それを踏んでしまったアリスは、一瞬だけ身動きが取れなくなる。
「ありゃ」
「シャアア!」
好都合だと受け取ったのか、ベルは勢いよく飛び込んで来る。
数メートルもある巨躯をドンッとアリスに叩きつけると、それを何度も繰り返した。アリスの体はメキメキと悲鳴を上げて、骨が折れては回復し、内蔵が破裂しては回復した。
流石に何度も繰り返されれば、アリスも苦しみを感じる。痛みには慣れていたものの、ここまで高頻度で受けていたわけではないからだ。
「ぐっ、うっ、ちょっ……いたっ、痛いって!」
体当たり、殴打、回復の繰り返し。ベルの最高速を持って繰り出される殴打から抜け出せず、声を出すのも精一杯だ。
どこかで隙を見て逃げようと思っていたとき、メシッと体が一際、大きな音を立てた。
そして音がした次の瞬間、エキドナのスキル〈
余裕そうにしていたアリスだったが、流石にヒュッと息を呑んだ。
(〈
〈
三回目までであれば攻撃の無効化が可能であり、四回目以降もある程度の恩恵を受けられるスキルだ。
常時発動の体力回復スキル〈
〈
そんなスキルが発動したということは、ベルの体当たりがアリスの体力値を半分以下にしたということだ。
この世界における、最高値のステータスを持っているアリスを――だ。
物理耐性も、体力値も、全てにおいてマックスであるアリスの体力を、一度の攻撃で半分も削ったということ。
それだけ、ベルの理性を捨てた蟲形態は強いということだ。
そして、これを繰り返されれば、常時回復スキルが間に合わない可能性がある。調子に乗っている場合ではないのだ。
「〈
「キシャァアァ!!」
レベル3の効果の一つである衝撃波を受けたベルは、叫びながら部屋の隅まで吹き飛ばされた。
やっと体当たりから開放されたアリスは、蜘蛛の糸から抜け出しつつ、服についた埃などを手で払っている。
三秒も経過すれば体力が全快するため、飛ばされたベルをじっと見据えながら時間を待った。
たった三秒であっても、完全体であるベルが飛び出して攻撃してくる可能性がある。回復に徹するために、一秒でも気が抜けなかった。
「……ふぅ、遊んでる場合じゃないってことか」
理性と知性を失ったベルを侮っていたアリスは、そろそろかたをつけることにした。
それに、〈
本来であればレベル3には、周囲一帯が吹き飛ばすほどの効果がある。下手すれば、現実では地形がえぐれてもおかしくはないだろう。
だが飛ばされたのはベルだけで、部屋の変化はない。エンプティが破壊されまいと集中した結果だろう。亜空間を維持するのは、相当なストレスだ。
このまま同じことを続けていれば、必ずエンプティの負担になる。
「〈
〈陽光〉を発動すると、アリスの両手が炎を纏い、光を帯びる。
Xランクである〈陽光〉は、光と火の魔術の複合魔術だ。攻撃力を大幅に引き上げ、触れた相手に二属性の継続ダメージを与える。
直前に発動した〈
恐らく、エキドナか完全体のベルくらいではないと耐えられないかもしれないほどだ。
「ちょっと痛いけど。我慢してね、治してあげるから」
アリスは両手の拳をギュッと握りしめた。炎と煌めきが少しばかり強まり、魔術が彼女の闘志に同調しているように見えた。
吹き飛ばされていたベルは既に起き上がっており、アリスの圧倒的な魔術を目にして、今にも飛び出しそうに構えている。
「ハッ。これぞ、飛んで火に入る夏の虫」
「キシャアアアッッ!」
「スピードは互角ッ、他のステータスは私の方が上ぇえ! いっくぞぉー!」
アリスとベルは同時に飛び出した。
二人がぶつかり合う瞬間、ドッという衝撃音が亜空間に響き渡っていた。
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