魂の味

 ドサリという音がして、健斗が膝をついた。胸には深く大きな傷が出来ており、心臓が近いこともあって出血が酷い。

 このまま何もしなければ、一時間と持たずに死亡するだろう。

 健斗はそのまま前のめりに倒れ、先程散っていった新菜と同じく地面に伏せた。


 親友との激闘の末、肩で呼吸をしていた豊成はやっと我に返った。新菜だけではなく、健斗にすら手をかけた。

 乗せられやすく、感情的で、本当に愚かな少年である。


「……あ、あ……あぁ、あぁああぁあぁ!!」


 今更になって、彼は何をしでかしたのか気付いたようだ。

 手に持っていた剣を落とし、地面に倒れて動かない友人のもとにすり寄った。微かに息があるものの、豊成の手ではどうにもならない。

 アリスはそんな彼を、呆れた様子で見つめていた。

 異世界に来た時間が短い分、彼には自覚が足りなかった。それを考えれば、この世界で生まれて、英雄に育てられたオリヴァーはまだ優秀だと言えるだろう。

 どちらにせよ、ここまで無能なのであれば、いずれこの世界トラッシュに送り込まれる運命であったに違いない。


「どうして神は、こんな小さい子を選ぶんだろうねぇ」

「……あ、あぁ……うぅ……まおう……」

「未来のない社畜とかを選べばいいのに。高校生はまだまだ楽しいこともあるはずだよ。修学旅行は行ったかい? 学園祭は? 受験勉強は大変だったかな?」

「おま、え……お前、何言って……」


 アリスはにこりと微笑んだ。今まで彼に見せた顔の中で、一番綺麗で、一番優しい笑顔だった。

 座り込んで動けないでいる豊成へと近づくと、アリスはそっと手を上げた。彼に危害を加えるのではなく、上げられた手は豊成の頭部へと置かれる。

 小さな子供を撫でるかのように、豊成の頭をゆっくりと撫でてみせる。


 豊成にはアリスの行動が理解できずにいた。なぜこのようなことをするのか。

 そして何よりも、先程の発言の意味。

 豊成が〝向こうの世界〟で散々聞いた言葉。この世界にいる、魔王が知るはずのない言葉だ。

 頭のいい新菜と健斗であれば、アリスの発言から、彼女も〝この世界にやって来た転生者〟だとわかっただろう。

 だがその二人は無惨にも、愚かな豊成によって殺されてしまった。幼稚な豊成を補佐するものは、誰もいない。


(……〈晩餐オファリング〉)


 アリスはスキルを発動した。〈晩餐オファリング〉とは、シスター・ユータリスの所有するスキルである。

 彼女は時に生者の魂を食らうことがある。その際に用いるのが、このスキルだ。

 魂を食らうことで、副効果として微量ではあるものの体力や魔力の回復、その魂の所有者の知識を得たりすることも出来る。

 アリスは、自分で作成した幹部のスキルをすべて持っている。そのため、ユータリスのスキルも持っているのだが、魂を食べるという趣味はない。

 そのせいか、このスキルはほぼほぼお蔵入りになっていた。


 〈晩餐オファリング〉によって魂を吸い取られた豊成は、ぐらりと倒れた。

 アリスは受け止めてやるはずもなく、地面に倒れる豊成を避けるようにして横に動く。豊成はそのまま頭から倒れ込み、動かなくなった。

 魂を吸われただけのため、豊成の命はまだ残っている。それゆえに勝敗は不明だが、この魂がない状態から正常に戻す技術は、この世界には存在しない。

 つまるところ、アリスの圧勝と言えよう。


「ふーん、絶望した魂ってこんな味なんだ。ユータリスには悪いけど、私はお菓子の方が好きだなぁ」


 倒れたまま動くことのない豊成を、アリスは足で何度か突く。正気を失った豊成からは、「うー」「あー」という生返事のような言葉しか出なかった。

 ずっとこの時を楽しみにしていたが、いざ戦ってしまえば一瞬だ。

 届くのを待っていた玩具がすぐに壊れてしまい、アリスはつまらなそうにしている。


「パラケルスス」

「はいですぞ」


 今まで静観していた幹部は、そこでやっと動きだした。

 戦闘中に何があろうとも手を出さなかった幹部は、アリスから命令を受けていただけではない。この程度の子供に、アリスが敗北するとは微塵も思っていなかったからだ。


 ルーシーは幹部が帰るための〈転移門〉の用意を始めている。

 戦いが終わったことで、既にリーレイやリーベ達は帰っており、残っている幹部の方が少ない。


「あげる。ホムンクルスの作成に使って。あ、これは生きてるから。必要なら殺していいよ」

「おぉ、ありがとうございます」

「だったらよぉ、パラケルスス殿。俺で良ければ運ぶのを手伝おうか?」

「おぉ、ディオン。是非頼みますぞ。流石に三人は運べませんゆえ」


 パラケルススとディオンは、二つの死体と魂が抜かれた勇者を持ってアベスカへと戻ることにした。

 ディオンが二人を、パラケルススがまだ生きている一人を持つと、ルーシーが準備していた門へと消えていく。

 ハインツも同じく門へ足を進めたが、アリスがそれを止めた。


「あー、待って。ハインツは城に帰る前に、エキドナとユータリスに終戦を教えて。ついでに一緒に街を回って、損害がないかをチェック」

「かしこまりましたッッ!」


 エキドナとユータリスがいれば、物事は順調に進むだろう。しかし人手が多いならば、それだけ早く終わるということ。

 対象となる家々はさほど多くはないものの、二人で見回るには少々苦労する数だ。

 それに指揮官たるハインツともなれば、各地に顔を出すことも多い。イルクナー国民も、今のうちに知っておいても損はないだろう。

 とはいえ、別の形態のハインツは既に知られているのだが。


「それじゃ、私はベルを止めに行くね」


 アリスは必要もない準備運動を行う。常に完全な体調の彼女にとって、不要な行動なのだが、気合を入れるという意味で行っていた。

 下手すればこの世界に来て、初めて本気で戦うかも知れないのだ。

 そわそわとしながら、落ち着きがない様子で動いている。


「エンプティ、どう?」

「特に問題なく暴れております」

「そっか。入れそうかな」

「お待ち下さい。出てこないように隔離しますね」


 エンプティはそう言うと、澄ました顔のまま思案するように目を閉じる。

 亜空間内のベルの現在地を把握しつつ、亜空間内に壁を、天井を、部屋を作っていく。容易に破壊できないように注意しつつ、アリスが入る時間だけでも持ってくれるような部屋を作った。

 亜空間への出入り口を作成した際に、勢いでベルが飛び出てきては困るのだ。

 エンプティはすぐに隔離を終えて、目を開けた。


「どうぞ♡」

「ありがと」


 エンプティは乱雑に兵士を回収したときとは違い、丁寧に亜空間への入口を生成した。

 〈転移門〉のような立派なものではなかったが、兵士のときのように乱雑にしまいこむような真似はしなかった。

 主人に対してそのような横暴をするはずがないのだ。


「ご武運を」

「はいよ~」


 ひらひらと手を振りながら、アリスは亜空間へと消えていく。

 アリスを飲み込んだエンプティは、「ふぅ」と息を吐いた。今回もまた、アリスの夢が叶った。正義の味方を殺すという夢だ。

 アリスが最後に神と対話してから、神との接触はない。エンプティとしては、まだまだあってほしくなかった。

 着手している問題を片付けたかったし、これからジョルネイダもアリスの支配下となる。アリスの素晴らしさを国民に知らしめたいエンプティとしては、またすぐに次の勇者が来られると困るのだ。


 なによりも、アリスが働きすぎている。

 彼女が望むのならば否定はしないが、エンプティとしてはゆっくり王者の立場を堪能してほしいものであった。


「エンプティ~」

「……ルーシー」

「そろそろ帰るっしょ?」

「えぇ、そうね」


 周りを見渡せば、幹部はもう残っていない。主人がその場から消えたこともあり、この何もない土地に留まっている必要はないのだ。

 ルーシーもエンプティを送迎するつもりだったので、この仕事が終われば元の場所に戻る。それもあって、彼女を急かした。


「ヨナーシュの部屋の前に転移させてくれる? ジョルネイダの今後について話し合わないと」

「おけまる~」

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