対面

「待て、止まれ!」


 行軍中、豊成がそう叫んだ。

 ジョルネイダ軍はその叫びを受けて、ピタリと誰もが足を止めた。

 豊成が睨みつけた先には、まるで風のように何かが現れる。軍が生き物だと気付いたのは、勇者達よりも少し遅れてのことだった。


 彼らの目の前に現れたのは、黒色のドレスを身にまとった女。うねる髪はまるで液体のようだ。

 その女は、長いドレスをまとっていながら、勇者が視認できないほどの高速で移動してきたのだ。只者ではない。その場に居た誰もがそう感じた。

 妖艶さの中に明らかな殺意を持つ女は、ニタリと笑ってみせた。


「鋭いのね、つまらないわ」

「……」

「あぁ、なるほど。野蛮そのものだもの、野生の勘ってやつね」


 女はくつくつと嘲笑う。

 目の前に勇者がいるというのに、まるで関係ないかのように余裕を浮かべていた。

 その様子が豊成にとっては、腹の立つ材料でしか無い。勇者を前にして、相手を馬鹿にできるなんて愚かだとも思った。

 豊成は苛立ちを隠すことなど無く、態度にそれを表した。


「誰だ、お前」

「ぷっ。誰だ、ですって。ベルも聞いていたら大笑いしていたわね」

「答えろ!」

「はぁ、愚かな子供。早く楽にしてあげましょう、――〈亜空間ポッシビリティ・完全掌握ブラックホール〉」


 女がそう言うと、突如として兵士のみが異空間に飲み込まれていった。突然のことで誰もが対処出来ず、豊成も、健斗や新菜も動けなかった。

 一瞬のうちに、周囲に居たジョルネイダ軍は消え去ってしまった。

 まだこの世界に来て日も浅い彼らにとって、どんな方法を取って兵士を消し去ったかなんて分からなかった。


 三人は離れないように近くに寄った。これから女との戦闘になるならば、警戒しなければならない。

 先日の健斗のこともあるため、出来るだけ協力をして、きちんと考えながら行動せねば。特に、感情的になりやすい豊成は。


「さぁ、入れたわよ、ベル。しかし……パルドウィンとの土地戦争だか知らないけれど、数減らしをしてくれたのは良いことね」

「何をした!!」

「はあ、低能の人間風情が……。少しくらい自分の頭で考えたらどうなの?」

「な……っ、分かるわけ無いだろ!」

「まあ理解されたら、それはそれで腹が立つものね。ほら、早くアリス様と戦って死になさい」


 女はそう言い残すと、来たときと同様にフッと消えた。

 三人は女を凝視していたものの、その動作の一つですら視認できなかった。三人とも、この世界の最高水準であるレベル199を誇るはずなのに。


「……行こう、市野」

「ちっ……、あぁ」




 三人はなんとか丘の上に辿り着いた。

 兵士がいなくなったことで、それぞれのスピードで走れたため、予定よりも早い到着だった。

 彼らとともに世界を救いに来た兵士が、勇者の足手まといになっているとは。皮肉なものである。

 丘には、魔王以外にもその部下のような魔族が大勢居た。もちろん、先程奇襲らしきものを仕掛けてきた女も。女は魔王の後ろに立って、妖しく微笑んでいる。

 この人数を相手するとなれば、相当な戦闘になるだろう。訓練を積んできたとは言え、三人はそれぞれ覚悟を決めていた。


「あぁ、気にしないでくれ。彼らは手出しをしないから」

「……馬鹿にしてるのか」

「してなんかないさ。……いや、しているのか? どちらにせよ、私の趣味を邪魔するような真似はしない」

「……」

「〈完全なるアブソリュート・肉体ボディ〉、オフと……。さぁさぁ。いつでも来ると良い」


 魔王がボソボソと何かを言った。

 聞いた様子からして、スキルか魔術だと推測できるが、三人には覚えがない。お互いにヒソヒソと声を小さくして相談する。

 特に、新菜は相手の力を見抜くスキルを持っている。前回は失敗に終わったものの、今回こそ見抜きたかった。

 彼女の解析を待ちつつ、豊成と健斗は魔王を警戒する。


「……委員長、どうだ」

「駄目、見れない。なんの魔術を使っているのかわからないけど、ステータスに鍵がかかっているみたいに見れないの」

「くそっ」

「市野、落ち着けって。じゃあいつもの通りやろう。俺と半藤サンで支援するから」

「わかった。頼んだぜ」


 豊成は己の剣を取り出した。陽を浴びてキラリと輝くそれは、光属性を帯びていた。魔族や魔物にはよく効く優れもので、今までもこれで何度も救われた。

 深く呼吸を吸い込んで、キッと魔王を睨みつけた。

 その瞳には、覚悟が宿っていた。


「行くぞ!」


 その掛け声の直後に、豊成は飛び出した。一般人では不可能な圧倒的スピードは、まるで弓矢のように鋭い。

 下手すれば、人間には視認できない素早さだった。そこまで彼は上り詰めていたのだ。

 彼が飛び出した瞬間、体の周囲には薄いシールドが張られた。これは彼の有するスキル、〈神の寵愛トゥ・ビー・ラブド〉の効果である。

 シールドの効果は絶大で、レベル150以下の攻撃を無効化するスキルだ。それ以上の攻撃を受けてもダメージを減らしてくれる効果がある。

 シールドの展開は、戦闘に入った際に自動で発動するという便利な点もある。


 魔王はジョルネイダの最高傑作とも言える剣を、その鋭い爪だけでいなしている。時々、爪だけではなく肌に薄っすらと見える鱗にも当たっていた。

 爪も鱗も、剣と同等の硬さを持ち、豊成の剣筋が彼女を切り裂かんと動く度に、金属音を奏でている。

 相手にしているのが人間でないと、痛感させられた。

 それによって、豊成たちの中の魔王を必ず倒すという団結力は上がる。


「ふむ、知らない効果だな。魔術……スキルか?」

「誰が教えるかよ!」


 豊成は思い切り、剣を振るった。型も何もかも無視をした、乱雑な剣だった。

 魔王はそれに驚いたのか、一瞬だけ戸惑って完全に回避が出来なかった。彼女の頬に少しだけ切り傷が生まれれば、豊成も気分をよくした。

 傷は一瞬で回復してしまったが、攻撃が通じたことで豊成は自信がつく。


「むっ」

「へへっ! ざまぁみろ!」

「……」


 頬を傷つけたことで油断したのか、次に来る攻撃すら被弾した。

 健斗と新菜による魔術弾が、魔王の背中にドスリと突き刺さる。衣服も焼け焦げていったが、それらはすぐに治っていく。

 であれば治る隙も与え無いように、と健斗は魔術の手を止めない。魔術に長けているだけあって、豊成には当たらないように立ち回っている。

 新菜は健斗ほどではないものの、隙間を縫って魔術を繰り出す。


「……はぁ」


 同時にその三人を相手していた魔王は、心底鬱陶しいと言わんばかりにため息を吐いた。

 豊成たちはそのため息の理由を理解していなかったが、攻撃が通じたという喜びで、それどころではなかった。

 地を強く蹴って跳躍し、豊成たちから数歩離れると、彼女は吐き捨てるように言い放った。


「〈絶対固有空間・常常つねづね〉」


 次の瞬間、世界から光が消えた。

 ブツリと世界の明かりが切れたかのようだった。辺り一帯は、夜目すら効かぬほどの闇に覆われる。

 魔王ほどになれば、闇すら操るのは容易いのか。三人は不安になりながら、そう思った。

 三人は警戒をして、互いに肌が触れるほど体を近づけた。目の見えない闇の中で、仲間を失う訳にはいかない。


「きゃっ!」

「! 委員長!?」


 真ん中にいたはずの新菜は、ぐいっと何かに引っ張られた。間にいた新菜が消えたことで、新菜を挟んでいた豊成と健斗が彼女を探すように動く。

 しかし、周りは何も見えぬため、大きく出ることはなかった。


 そして次の瞬間。今まで周りを包んだ闇は、パッと一気に晴れた。

 気持ちのいい風が吹く、昼頃の丘が再び現れた。

 いきなり明るさを取り戻した世界に、目を慣らしながら仲間を見やる。新菜がどこかに消えてしまっていた。その場所を確認するため、あたりを見回す。


「な……っ! 魔王!? いつの間にっ!」

「クソッ!」


 新菜が居た場所に立っていたのは、魔王だった。

 薄気味悪い肌色に、鱗。白と黒の反転した瞳、老婆のような白髪。その姿を見間違えるはずもない。

 あの小さな新菜の悲鳴は、魔王になにかされたことに違いはなかったが、入れ替わるとは思っていなかった。

 魔王はキョロキョロと二人を見つめ、不安そうに佇んでいる。


「チッ」

「くそっ」


 豊成と健斗はそれぞれそう言い放ち、魔王から距離を取った。豊成は剣を握り直し、魔王がどう出るか睨みつけて観察する。健斗もいつでも魔術を発動できるよう、体内の魔力を確認する。

 二人が離れると、魔王は驚愕している様子だった。まるでなぜ二人が離れたのか、分からないといったように。


「どうした? 二人共」

「とぼけるな!」

「はあ?」

「市野! さっきも知らない魔術か何かで軍が引き込まれたし、離れないようにしないと……!」

「わかってるって! 行くぞ!」

「あぁ」


 豊成の合図で、二人は一斉に飛び出した。豊成は剣を構え、健斗の魔術が援護するように飛ぶ。

 豊成が魔王へ辿り着くよりも先に、魔弾が飛んでくる。魔王はそれを間一髪で避けると、キッと健斗を睨みつけた。

 先程も攻撃が入ったことで、健斗はその程度の威圧には屈しない。心なしか重圧も軽減されているように感じた。

 きっと戦闘に慣れ始めたのだと、安心した。


「〈防御力・強化〉、〈攻撃力・強化〉!」

「サンキュー、ミヤ!」


 魔弾はかわされてしまったが、豊成の攻撃も避けられては困る。

 基本的にはサポートの立ち位置である健斗とは違って、アタッカーである豊成。彼には魔王を討つべく、奮闘してもらわねばならないのだ。

 健斗の強化を得たからか、豊成は先程よりも多少自信がついたらしい。その顔つきにも、訓練や練習などとは違い、覚悟が宿る。


「お、おい、本当に戦う気か?」

「当たり前だろッ!」

「ま、待ってくれ」

「今更おせぇ!」


 強化魔術が乗った豊成は、思い切り剣を振るった。

 今度ばかりは避けるのがぎりぎりだったようで、「ひっ」などという情けない声とともに剣から逃げる。

 豊成は一撃だけで終わらない。次に次にと剣を振り、確実に魔王の首をとろうと動く。

 魔王は逃げながらも、必死に命乞いのような言葉を続けた。


「おかしいだろう! よく考えろ、よく見るんだ! 君たちは騙されている!」

「はぁ!? ふざけたこというな!」

「いっ……」


 魔王は油断をしていたのか、豊成の剣を一撃貰ってしまった。ザシュリと切れた体からは鮮血が溢れ出て、その傷の深さを物語っている。

 傷を受けた魔王は、ただの回避よりも少しだけ大きく距離を取った。

 その後「〈上級・治癒ハイ・ヒール〉!」と叫べば、傷口がじわりじわりと回復していく。切られた衣服は戻らぬものの、ゆっくりと時間をかけて傷は修復した。


「やりぃ!」

「俺も行くよ! 〈煌きの連矢シャイン・アローズ〉!」

「うっ、やめろ! 〈上級・盾ハイ・シールド〉!」

「させないよ!」


 一撃を入れられたことで、二人はどんどん調子を取り戻していく。

 新菜がいないのは心配だが、眼前の悪を倒して早く探せば良い――そう思った。

 豊成が勇者のステータスを利用した高速移動で剣を向け、健斗が防御の暇を与えぬほど頻繁に魔弾を打ち込む。


 魔王もシールドを生成して応じているものの、全てに対応できているわけではなかった。

 そしてシールドもうまく管理できているわけではなかった。ピシピシと音を立てて、シールドは弱まっていく。

 立て続けに攻撃を受けていたシールドは、五分と持たずに軽い音を立てて割れていった。

 その上、止まらぬ魔弾がまた魔王を襲う。回避も出来なければ、当然ながら被弾する。


「ぎゃあ! い、痛い……! ふたりとも、頼む! 無駄な戦いはするな!」

「……ッ、気色悪い!」

「そ、そんな……きゃあ!」


 堪えきれなかった健斗が、思わず炎魔術を一撃与える。

 炎に対する耐性がないのか、魔王は防ぎきれず全てを受けた。

 〈煌きの連矢シャイン・アローズ〉の合間に打った魔術だったからか、さほど威力は出せなかったものの、確実に魔王の体力を削っていた。


「お願いだ、やめてくれ! どうしてこんなことする!?」

「腹立つなぁ!」

「うぐっ!?」


 ドスリ――と。深々と、胸に何かが突き刺さる。胸部を貫いていたのは、豊成の愛用する剣であった。

 魔王は傷口を確認すると、ぶるぶると震えだした。

 流石の魔王も、胸を刺されれば苦しいのだ――豊成はそう思い、嬉しそうに微笑んだ。やっとあの諸悪の根源を倒せる、と。


「え……?」

「この前のは切りつけるだけだったからさ、今度はちゃんと刺したぜ」

「なん、で……これ……ゲホッ」


 魔王はそのまま足をつき、ぐらりと体が前のめりに倒れた。重力のまま、体は地面へ。

 べしゃりと虚しい音を立てて、肉塊と成り果てた魔王は倒れる。

 丘には静かな風が吹き、穏やかな時間がやって来た。


「はあ、はあ……これで、終わり……」


 足で蹴って、死体を確認する。動くことも無く、ドクドクと血液が流れるだけの肉塊だ。

 やっと終わった悪夢から解放された豊成は、ホッと息を吐いた。

 これで帰れる。あとは、新菜を探すだけ。


 魔王が死んだその場に似つかわしくない、パチパチパチという拍手が響き渡る。それは魔王を討伐した豊成への賛美にも聞こえたが、拍手をしていた人物を知れば、そんなことは消える。


「………………は?」

「え?」


 手の鳴る方を見てみれば、そこには死んだはずのアリス・ヴェル・トレラントが笑顔で立っていた。

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