風の通り道1
アリスが入口付近へと転移すると、久々に陽の光が見えてくる。たいして中にいたわけではないが、短い期間で色々と起こりすぎていた。
島についての新たな情報も手に入れて、有意義だったとも言える。
それとは別に、ザワザワとした話し声も届いた。ハインツ達がいるのだから、彼らが喋っていると考えるのが妥当だが、人数が多いのだ。
まるで軍のような大量の声。大きさは抑えているものの、数十はいるであろう大勢だ。
アリス率いるパルドウィンの調査隊は、彼女を含めて六名編成だ。そんな大人数ではない。
「なんだろ?」
覗き込んでみると、そこに居たのはハインツたちを囲む人々。纏う衣服は騎士の鎧で、武器も装備し、しっかりと戦いに備えていた。
この島に来ている人間であれば、当然の姿だろう。
そして来ている人間は、帝国かト・ナモミの者たち。ト・ナモミは日本風に作られた国であるため、和装のはずだ。ゆえに、彼らは帝国軍であることが分かる。
パッと様子を見た感じでは、大したレベルではなかった。ジュリエットがわざと負けるために弱い兵士を送り込んだと思ったが、そもそも指揮を執るのは彼女ではない。
ジュリエットはこの島に対して否定的だからこそ、無関心なのだ。彼女いわく、
帝国は決して弱くは無い。寧ろ現在はこの世界の人間の国で、一番強いと言えるかもしれない。ト・ナモミが未知数である以上確定は出来ないが、パルドウィンが倒れてジョルネイダが弱体化している今では、一番と言っても過言では無い。
だからこそ、中途半端な質の兵士がここにいるのは違和感だ。
これがジュリエットの言う次男の実力なのだろう。一応は慈悲深い聖女たる彼女があそこまで毛嫌いするほど、頭が悪いのだ。
アリスは自分の容姿を確認し、魔王から平民少女に戻っているのを確かめる。そしてそのまま、ハインツたちのもとへと出ていった。
「やっほ〜」
「申し訳ありませんッッ!!! 囲まれてしまいましたッ!!」
「別にいいよ、怪我もなさそうだしね」
それに、あの生真面目なハインツからの連絡がなかった時点で、問題でもない相手なのだ。許可さえもらえれば、この人間たちは一掃出来ると判断したのだろう。
そもそもハインツは、対人戦闘で強化が発生する。彼に勝てる人間などいない。
ベルも人間では追いつけない速度で首を取れるうえに、ルーシーも無詠唱で魔術が扱える。勇者や地の利が無い限り、こちらが敗北する理由にはならない。
取るに足りない相手を見つめていると、アリスの影が少しだけモゾモゾと動く。
『ころす?』
(ううん。大丈夫)
『わかった』
手元には即死効果を持つ精霊もいる。リトヴェッタ帝国軍に勝利する要因は、一つたりともない。
アリスの一声で、この場にいる大勢の兵士たちは、一瞬で死体になるのだ。やろうとは思わないが。
アリスが何もせずにいると、帝国軍の代表のような男が声を上げた。
「お前、どこの国のものだ」
「私はパルドウィンの代表です」
「パルドウィンだと? こんな珍妙な連中が?」
ピクリと反応したのは、ハインツとルーシー、そしてベルであった。生み出した親であるアリスのセンスを疑ったように聞こえたのだ。
三人とも表情を険しくし、少しだけ体を動かした。いつでも飛び出せるように、スキルの用意をする。
次に出てくる言葉次第では、この場所は血の海に変わる。
「フンッ、まぁいい。まさかもう調査を終えたわけじゃないな? 少し早く到着したとは言え、早すぎる」
「そういうあなた方は?」
「名乗る必要があるのか?」
「我々はリトヴェッタ帝国騎士、永久の庭調査隊です。私はアデル・リバーと申します」
「おい! 何を名乗っている!」
隊長らしき男が名乗らずにいると、横に居た女が名乗り出る。終始喧嘩腰な男とは違い、比較的敵対心も少ない。
男所帯にいて、頭髪も短く切り揃えており勝ち気そうに見えるものの、アリスに対して微笑むその顔には嫌味も感じられない。むしろ、上司の失態を拭うかのように、アリスに接している。
「別にいいでしょう。減るものではありません」
「……チッ、俺はジョン・マグワイア。調査隊隊長だ」
「私はアリス・ヴェルです」
「フンッ……」
部下が名乗ってしまったため、男・ジョンも名乗らざるを得なくなった。ここで意固地になって名乗らないよりはマシだと言えよう。
不満そうに顔を背けて、ジョンは言葉を続ける。
「お前たちが調査を終えていたところで、我々も再度入る。取りこぼしがあるかもしれないからな。それに落ちぶれたパルドウィンとは違って、兵力も多い」
そう言って後方にいる軍を指差す。彼の言う通り、リトヴェッタの用意した兵士たちは多い。ざっと数十から百はいそうなほどの大人数だ。
どこの国とも戦争をせず、いまだ被害知らずのリトヴェッタだからこそ出来た兵力なのだろう。
それに対して、パルドウィンは数名だ。彼らからすれば弱いと思えるのだろう。
中身を開ければ飛び出してくるのは化け物――魔王だとも知らず。
「そーですかぁ」
「行くぞ、お前ら」
「「はい!」」
アリスが適当に相槌をうつと、ジョンは部隊を連れて遺跡の中へと入っていく。一緒に入っていくアデルは、アリスの横を通る際に小さく会釈をした。
上司の失礼に対する謝罪も含まれているのだろう。どこの時代、どこの場所でも部下は苦労しているのだなぁとアリスは同情した。
「アリス様ッ!」
「ん?」
「次の目的地はお決まりなのでしょうか!?」
「うん。えーっと、水の精霊」
『んもう! オータっていう名前があるんですよ!』
「じゃあ、オータ」
『じゃ、じゃあって……。えーっと、次はウィアーズが守っている風の教会です』
風の教会は、風の精霊・ウィアーズが管理している教会だ。この場所は、この島の中でもボーナスポイントにあたる。
敵対する生命体も、謎のトラップもなにもない。広く、整備された芝生に、白く美しい教会がポツンとあるだけ。体力回復も可能であり、この島で数少ない安心して過ごせる場所だ。
気まぐれでマイペースなウィアーズが、人間の相手をするのが面倒だということもあるが――そんなことを知らない人間にとっては、有り難いだけだ。
「ふーん」
『変わりなければ、道なりにいけばあったはずです』
「はいよ」
オータの説明のもと、アリスたちは遺跡を出てすぐの道を歩く。あれだけ殺意の高い禍々しい遺跡だったというのに、そこから出ればなんでもない森が広がる。
遺跡も入らないでおけば死ぬことはないため、この島から帰らぬ原因に謎が残る。
まだまだ島は広く、深いため、もっと奥には死に至る何かがあるのだろうかとアリスは推測した。
さして時間もかからずに、次の目的地へと辿り着いた。
そよそよと爽やかで心地の良い風が、全身を撫でている。草木の青々しい匂いが鼻をかすめて、その優しい緑が視覚から癒す。
そこはオータの説明通りの場所だった。
綺麗に整備された庭に、ぽつんと佇んでいる真っ白な教会。酷く目立つそれは、未知なる島で不安ばかりだった人々の心を癒すことだろう。
それはアリスたちも同じだ。心が疲れていたのはパルドウィンの二人だけだが、ルーシーとベルはその見栄えの良さに感心していた。
「見てよルーシー、綺麗なとこだね!」
「わかる! 超アガるし!」
「わぁ……!」
「なんつーか、心が癒されるな……」
しかしそんなところに、突然強い風が吹き荒れる。穏やかだった風が、いきなり強くなったのだ。木々もバサバサと揺れ、鳥たちも驚いて飛び立ってしまった。
ルーシーは会敵に警戒し、杖を取る。ベルも同じく敵襲に備えてナイフを取り出した。
アリスとハインツも、この風の原因を待つようにどっしりと構えている。
アレックスとダニーは、吹き飛ばされそうになっているようで、ハインツの服を掴んで必死に堪えていた。
『オータの気配がするの~』
「!」
『ウィアーズ!』
「あれが風の精霊?」
『はい』
強い風のあと、現れたのはウィアーズだった。
緑色の綺麗なストレートヘアは、手入れをしていないのかボサボサとしている。瞳は黄色く、宝石が輝いているようにも見えるほど美しい。
身に纏うのはレースの多くあしらわれた、白いワンピースだ。まるであの教会のよう。
ふわふわと浮いているウィアーズは、アリスたちを品定めするように見つめる。だが口にしたのはアリスらのことではなく、亜空間に入れて連れているオータについてだった。
『オータ、どうして遺跡から出てるの~? 引きこもりの世間知らず~、出てくるなんて珍しいの~』
『うるさいです……』
『まさか人間程度に負けたの~?』
『……』
『はぁ、しょうがない子なの~』
ウィアーズは心底呆れたというふうに吐き捨てる。
そして再び突風を吹かせると、アリスに向けて鋭い眼光を放った。負けたオータの仇――ではないが、精霊が敗北したという汚名をそそぐために。
『ほんとーはここは〝特別手当〟的な場所だったの~、でもウィアが相手なの~』
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