遺跡、死の精霊

「おいおい。あの魔王さん、正気かよ」

「アハハ……」


 アリスはこの島の精霊を連れて帰って、自分の学校の教員にするつもりだ。精霊から魔術などを学べる学校があれば、それこそ世界で唯一無二。

 しかも教員不足も解決できるという、得しか無い方法だ。

 アリスは既に水の精霊を〈亜空間ポッシビリティ・完全掌握ブラックホール〉で収納した。間違いなくこの計画を実行する気である。

 当然だが、アリスはこの遺跡の巡回者ももれなく回収するつもりだ。レベル198以下の即死効果を持つ〝死の精霊〟なんて、手元に置いておかないでどうするというのだろうか。


「私はあの死の精霊を回収するから、みんなは入口まで戻ってて」

「戻るったって、ここは百階だろ」

「〈転移門〉」

「あー、そうだったな……」


 アリスは入り口に繋がる〈転移門〉を生成する。門が開くとゾロゾロとそこへ皆が入っていく。


「私が戻るまで待機。ハインツたちは二人の保護をね」

「はいッッ!」

「は〜い」


 全員が門の奥に消えていったのを確認すると、ふぅと一息を吐く。人を待たせている以上、とっとと目の前の問題を片付けねばならない。

 そのためにはこの遺跡を探知する必要がある。隅々まで調べ上げて、アリスが欲する死の精霊の居場所を特定する必要があった。

 しかし百階層もあるこの遺跡を探知するのは、アリスにとって酷い苦痛を伴う。


「さて、〈ホールド・ユー・タイト〉」


 アリスが発動したのはパラケルススのスキル、〈ホールド・ユー・タイト〉。

 範囲内の継続回復を可能とするスキルのため、この効果範囲内に存在していれば吐き気などを伴わなくて済むのだ。つまりどれだけの広範囲探知でも可能だということ。


「いくぞー」


 アリスは探知を開始する。意識を広げ、視界を飛ばす。まるで高速で駆け抜けているような感覚が、アリスを襲う。

 それにやはり広い階層なだけあって、時間はかかる――かと思ったがそうでもなかった。

 探している対象はゆっくりと移動を続けているものの、現在アリスがいる百階層から少し上に行った場所にいるようだ。〈ホールド・ユー・タイト〉を発動していたものの、嘔吐をせずとも良い範囲にいたのである。


「見つけた。近付いてるな。二階層くらい上ってとこ? みんなを送りだすのが、ギリギリ間に合ったってわけか……」


 巡回者は〝来客〟をもてなすため、それらを探すように動いていた。というより、制作者であるオータに探すように仕向けられたのだろう。

 死の精霊とは、もう少しでアリスたちと出くわしていたのだ。

 鉢合わせてたら、今頃大惨事である。


 アリスは直前に開けた穴から、巡回者がいるであろう階層へ登ることにした。壁を蹴って二階層ほど跳躍すれば、暗闇に紛れて歩いている巡回者と出会う。


『……?』

(あらあら、案外可愛い服してるじゃん)


 アリスの目にははっきりと、その少女が見えていた。

 黒いベール、黒い礼服。黒い手燭には白い蝋燭が乗っており、その炎は紫に光っている。巡回者の顔には黒い靄がかかっており、彼女の顔は見えない。

 巡回者はアリスを見つめて、キョトンとしている。


『死なない、どうして?』

「自分の持ってる即死効果は分かる?」

『知ってる……。レベル198以下の即死……』


 レベル198以下の即死効果となれば、一般的に考えれば脅威で片付けられるどころではないだろう。アリスが警戒をしてしまったのも頷ける。

 今は亡きオリヴァーのパーティーは、オリヴァーを除いて全滅するレベルだ。英雄と崇め称えられているヴァジムやマリーナですら即死。

 世界や神に選ばれた199レベルしか生き残れない。


「199は?」

『えぇと……半減って、言ってた』

(じゃあレベル200なら、もっと軽いな。なんかチクチクしてるし、これがその効果なんだろうね)


 アリスに即死効果が効いていないわけではなく、ごく少量だけ通っているようだ。先の細いもので皮膚を軽く刺されているような感覚が、時折やってきている。

 その程度で済んでいるのは、アリスはエキドナのスキルで常に体力を回復し続けているためだ。もちろん、上限以上の回復はないのだが、毎秒体力の四割を回復する効果を持っているのだ。

 それに加えてレベルによる即死効果の弱体化もあって、アリスには通用していない。

 巡回者は出会うもの全てを、見られただけで殺してきた。ゆえに、死なないアリスを見て不思議に思っているのだ。


『あなた、レベル……199なの?』

「いや? 私は200だよ」

『200……! だから死なないのね、嬉しい』

「嬉しい?」

『わたし、人と話してみたかった。でも、創造主が即死の力を付けて、パトロールするように言った。だから話したことない』

「……そっか」


 巡回者に対する哀れみと、オータに対する呆れが含む返答をする。創造主が無能のせいで、可愛らしい少女が百階層もある巨大な遺跡でただ歩くだけになっている。

 せっかく出会えた異邦人も、自分を見た瞬間死んでいく。

 仕事とはいえ、使命とはいえ。それがどれだけ悲しいことだろうか。


「オンオフは出来る?」

『おん、おふ?』

「即死をやめたり」

『……やって、みる』


 巡回者が力を込める。能力に集中しているようで、じっと止まって動かなくなった。

 しばらくして、アリスはチクリとした痛みが来ないことに気付く。即死効果が止まったのだ。それと同時に、巡回者の顔を覆っていた靄も消え去った。

 そこに現れたのは、美少女と呼ぶに相応しい整った顔立ちの少女。これほどまでに美しくも可憐な顔が、あんな黒く禍々しい靄で隠されていたと思うと腹立たしいほど。


「うお、可愛い」

『へへ、でしょう? 最高傑作ですからっ!』

「君、ムカつくねぇ……」

『スイマセン……』


 突然会話に入ってきたオータ。あんな矛盾だらけの設定をしていたわりに、部下の顔だけはよく出来ている。見せたいのか見せたくないのか、オータの心理がわからない。

 ただ本人が抜けているだけなのだが、そのせいで様々な方面で可哀想なことになっている。

 褒めてやりたいが調子に乗りそうだったので、アリスは黙っておくことにした。


『わたし、かわいい?』

「うん、すっごく」

『……えへへ、うれしい』


 はにかんだ表情がなお可愛らしい。

 褒められたこともそうだが、彼女にとって創造主以外と初めて会話した相手だ。何もかもが新鮮で、何もかもが嬉しい。

 だからこそ、アリスに懐くのは簡単なことだった。


「さ、おいで。……巡回者……って、呼びづらいな。ジュンでもいい?」

『……いい、うれしい。名前』

「よかった。一緒に行こう。君の即死効果は心強い」

『! 行って、いいの?』

「おうとも」


 巡回者――ジュンは嬉しそうに笑うと、アリスに近付いた。何をするのだろうか、と待っていれば、そのままスルリと影の中に溶け込んでいく。

 ジュンは完全に影に馴染み、その姿が見えなくなっていった。


「うわっ!?」

『これでずっと一緒。殺して欲しい相手、見つけたら……わたし、殺す』

「お、おう……」


 目的のものを回収できたので、アリスも入り口へと戻ることにした。

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