風の通り道2

 ウィアーズの周りを、激しい風が吹き荒れる。先程までの脅しのような突風とは違い、風をかすめた頬に切り傷ができた。

 確実に攻撃性を伴う風に、誰もが――アレックスとダニーは困惑した。いくら魔王とて、精霊を敵に回してよいものなのかと。

 しかし、次の瞬間――


『ぎゃんっ!』


 ゴンッという鈍い音が響いた。すると途端に吹き荒れていた風がやみ、アレックスたちも地に足をつけることが出来た。

 そこにあったのは、頭を抑えて震えているウィアーズと、右手を握りしめているアリスだ。

 ウィアーズが動こうとした瞬間、先にアリスが動いた。風の精霊だというものだから、その速さには期待した。だがウィアーズは、アリスにはついてこられなかった。

 やはり所詮はレベル199か、と呆れたアリスはそのまま猛攻――ではなく、右手を握りしめて軽い力で殴ったのだ。


『うぃ、ウィアを、精霊を殴ったの~!?』

『はぁ……。ウィアーズ。私を馬鹿にするのは結構だけど、それ以前に相手の実力をきちんと見なさい』

『どういうことなの~!?』


 殴られるとは思わず、ウィアーズは困惑している。

 殴られたこともそうだが、ウィアーズもウィアーズなりに速度には自信があった。だからそれを上回る人間離れした動きをされて、理解が追いついていないのだ。

 さらに言えば馬鹿にしていたオータにまで諭されて、混乱しているのである。

 「精霊はこんなものばかりなのだろうか」と、二人のやり取りを見ながらアリスはぼんやりと思った。


「まず私は人間じゃないし、今ここにいる六人で人間なのは二人だけ」

『意味がわからないの~!!』

「はぁ。ベル、ルーシー。周りを見張ってて。人が来たらすぐ知らせて」

「「はーい」」


 二人に監視と人払いを頼むと、ベルとルーシーはその場から消えた。アリスとハインツには視認出来ていたが、アレックスとダニーには完全に消えたように見えていた。

 もはやそのことに口を挟む気にもなれない。

 二人がいなくなると、アリスは〝人間態〟から姿を戻した。

 金髪碧眼の村娘のような格好から、いつもの魔王の姿へと戻っていく。百聞は一見にしかずだ。言葉で伝えるよりも見てもらうほうが早い。

 しかしこの姿は他国に見せるには時期尚早だ。ベルとルーシーには、その監視兼抑止のためにでてもらった。


『な、なんなの~!?』

『なんですか、それぇ~!?』

「オータも驚くのか……」

『アリス、かっこいい』

「ありがとう、ジュン」


 ウィアーズもオータですらも、アリスの本当の姿を見て驚いている。

 オータは初めて見たときにアリスが〝尋常ではない〟と理解していたから、アリスの正体に気付いていたと思っていたが違ったらしい。

 アリスの変身は精霊にすら分からないようだ。レベル199の精霊を欺けるのであれば、今後どこに行っても何ら問題ないだろう。


「私はアリス・ヴェル・トレラント。魔王だよ」

『魔王~!?』

「レベルは200」

『あ、ありえないの……!』


 ウィアーズがあまりにも否定をするものだから、アリスは呆れたように息を吐く。

 ウィアーズたちは、今まで自分たちを凌駕する存在に出会ったことがない。だからこそアリスを信じられないし、信じたくなかったのだろう。

 風の精霊であるウィアーズを殴ったという事実があれど、まだ心が追いついていない。


「信じないとか多すぎでしょ……。君はステータスとか見れないの?」

『んぐぐぐ……』

「見れないんだな……」


 見られないからこそ、アリスに対して恐怖心を感じず、怖気づくことなく突進してきたのである。戦闘力的にはどうであれ、こればかりはオータに劣っていたといえる。

 〝休息所〟たるこの教会を管理しているせいでもある。

 オータは引きこもりではあるものの、最奥で待ち構える――ボス兼報酬だ。遺跡の化け物の管理をしたり、様々なトラップを仕掛けたりする。

 表に出て戦うことはあまりないものの、それでも戦闘を必要とする遺跡の管理者だけあって、それなりに知識や備えがあるのだ。

 それとは違い、ただ休息所を用意しているだけのウィアーズは、ふだんのんびりとしている。そのせいか、様々な危機管理能力が削がれてしまったのだ。

 ある意味、自業自得ともいえよう。


『ふーんだ! ウィアがやられても、あと三人は残ってるの! 楽園の精霊ガーデン・スピリットの五人のうち、一人にすぎないの~』

「どこかで聞いたような台詞だな……――というか五人もいるってこと?」

『あ、はい。そうです。水、風、土、火それぞれの精霊と、それらを統べる大精霊が最奥にいらっしゃいます』


 ウィアーズもオータも、出会った相手アリスが悪いだけで、精霊という存在は遥かに高い場所にいる強い種族だ。人間を超越した存在であるがゆえに、人間では想像できない、扱えない魔術を使える。

 そんな精霊がこの小さな島に五人もいるのならば、人々が興味をそそられてやってきてしまうのもわかる。

 もっとも、真実に触れた人間は無事に帰れるとも限らないのだが。だからこそ精霊たちは、この庭でのびのびと暮らせているのだ。


「へー。みんなレベルは199?」

『そうです』

「じゃあ大丈夫だね」

『大丈夫ってどういうことなの~!?』


 普通ならば怯えて驚いてしまうレベルも、アリスにとってはただの数字に過ぎない。

 今まで見てきた人間の、どれとも違う反応を見せるアリス。ウィアーズは困惑を隠せないでいた。


『アリス様。ト・ナモミらしき軍がこちらへ向かってきています』

「! 了解。そろそろ出発するか」


 ベルからの通信が入る。後方の監視を頼んでいた彼女たちが、何かを観測したのだろう。先程帝国軍を見ていたこともあって、それとは違う様相の人間の軍はト・ナモミと断定しても構わないはずだ。

 遺跡に入ることも出来ただろうが、彼らはそれを避けてきたのだろう。先に帝国軍が入っているから譲っただけなのかもしれないが、どちらにせよ遭遇は避けたい。

 しかし、これでアリスの目的地が決まった。目的地は、最奥の大精霊。

 ウィアーズのように頑固な連中もいるかもしれない以上、ボスを服従させるのが一番だと考えた。それに付随して、ウィアーズを始めとする精霊らもアリス側につくはずだ。


『ウィアは一緒に行かないのっ! 大精霊様がぜーったい勝つのっ!』

「あっそ。じゃあこいつは後で回収しよう。みんな行くよ~」

『回収されないの~!!』


 空中で地団駄を踏んでいるウィアーズを放置し、一行は最奥へと足を進めることにした。

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