遺跡2

 アリスによって強制転移をさせられた面々は、隠し階層を除く最奥の階層、九十九階層の探索をすることになった。

 例のごとく、ルーシーとベルで先に内部を調査した。

 これといって大きなボスや敵など無く、数分と経たないうちにクリーンな環境になった。

 数名に分かれて、それぞれで階層内の調査にあたっていた。


 危険がなくなったことで、パルドウィンの二人も庇護下から外れて、二人での行動をしている。

 しかしアレックスは浮かない表情だった。

 騎士団の先輩であり、引退してもなおその名を轟かせているダニーとの作業だというのに、俯いたまま黙り込んでいる。


「どうした、そんなツラして」

「……なんだか、悔しいんです。でも文句も出てこなくて」

「? どういうこった?」

「先程のことですよ! 守られたんです、魔王なんかに……」

「あぁ……」


 アレックスもダニーも、先にいる恐怖が分からなかった。

 気付いたらこの階層に転移させられていて、知らないうちに魔王から守られていたという、結果だけを突きつけられた。

 あれだけアリスを毛嫌いしているアレックスにとって、屈辱でしか無い。

 しかし、手も足も出ない――なにも出来なかったのは事実だった。

 アレックスにはそんなジレンマがあったのだろう。


「ダニー様はどうして普通にしていられるのですか?」

「……そうだなぁ」


 ダニーは顔を伏せた。

 彼がほとんど、生きるのを諦めているというのも理由のひとつだ。パルドウィンの未来がどうなろうと、片腕の男にはもう騎士とはいい難い。

 だが他にも理由はあった。

 まだこれを言っていいのか憚られたのは、噂にすぎないからだ。

 しかし今の今でも、魔王に対する意識が変わらない後輩をこのままにしておくべきなのか。ダニーは自身にそう問いかけると、口を開いた。


「……風のうわさで聞いたんだがな、あの女魔王さんは孤児院を、パルドウィンに作ったらしい」

「……え?」

「最近設立された〝フリルズ・ハウス〟って、知らねぇか?」


 その施設の名前を知らないパルドウィン国民はいない。

 それほどまでに、短期間で知れ渡った。

 完璧な衛生管理、どんな相手でも温かく迎え入れる陽気な管理人、仕事を失った人を助ける体制。

 出始めたのはまだまだ最近だが、フリルズ・ハウスによって救われた国民は多い。

 家と親を亡くした子を救い、食事を与え、服を用意した。街に活気が戻ったと言わせるほどに。

 そんな素晴らしい施設が、魔王の手先な訳がない。


「あんな素晴らしい施設を、知らないはずがありません! ……でも冗談ですよね? 魔王の手下のわけ……」

「疑うなら聞いてみるといいさ。俺だって最初は信じられなかった」

「……」

「俺も本人の口から聞いたわけじゃねえ。なんなら一緒に行こうぜ」

「……うぅ、はい」


 ダニーはアレックスを連れて、アリスの元へと向かった。

 アリスは一人で壁面を確認しており、そこには見たこともない文様が描かれていた。この遺跡を作った誰かが残したものだろう。

 例の隠し階層へと繋がるヒントなのかもしれない、とダニーは思った。


 二人が近づくと、アリスはこちらへと顔を向けた。

 アレックスがあれだけ毛嫌いしているわりには、アリスからアレックスへ嫌悪を示す様子はない。取るに足りない存在だと思っているのか、それともただ敵対心がないだけなのか。

 アレックスにはそれが読めない。それがまた癪に障るのだ。


「何かあったかな?」

「……魔王」

「ん?」

「お前は――」


 アレックスが一歩、歩み寄った時だった。

 床が突如として光り、そこには巨大な魔術式が浮かび上がる。式はアリスを含む三人をちょうど包んでいた。

 薄暗い移籍の中で、突然光が現れれば誰もが驚く。今まで反応が薄かったダニーですら、声を上げて驚愕していた。

 それに対して、アリスは頭を抱えている。「やってしまったなぁ」というふうに、ため息までついて。


「なんだ!?」

「……あーあ」


 魔術式の光は収束することなく、そのまま一度目も開けられぬほど大きく光った。







「う……」

「アレックス、大丈夫か!?」

「えぇ、はい……」


 くらくらとしていたが、それは突然の眩しさにやられただけだ。

 傷を負った様子も、どこかが不調な感覚もない。

 段々と視界が慣れていけば、その場所が先程の階層では無いことが分かった。


 ダニーはアレックスを介抱するためにそばに居たが、アリスは少し離れた場所でブツブツと喋っている。

 彼女に言わせれば、「幹部と連絡を取っている」のだ。

 人間であり、そんな高等な魔術には縁がない二人にとっては、ただ不気味にしか見えない。


「うん。三人も探索を続けて。隠し階層は一筋縄じゃいかないみたい。気をつけること。それじゃ」


 連絡が終わったのだと分かると、ダニーとアレックスはアリスに近付いた。

 アリスも二人の方を見て、「やれやれ」といった様子で微笑んでいる。完全にアレックスたちのせいでこの自体が巻き起こったというのに、彼女は怒る様子はない。


「何があったんだ?」

「さっきの魔術式は転移の式だね。どこかの階層に飛ばされたみたい。隠してるだけあって、簡単には辿り着けないみたいだね」

「それじゃ何階なんだ、ここは」

「知らない。探知もできるけど、気持ち悪くなってまでやりたくないし」

「いっそのこと、ぶっ壊せればいいんだけどなぁ」


 ダニーがそう言うと、アリスの瞳が暗闇でも分かるくらいに輝いた。

 まるで子供のようにキラキラと輝き出した瞳は、無邪気といえば聞こえは良いだろう。しかし彼女の頭の中では、物騒な考えが巡っていた。

 この腹立たしいほどの巨大な遺跡を、隅々までしっかりと調べる必要なんてないのだ。

 一気に階下まで迎えるほどの、大穴を開けてしまえば良いのだ。


「その手があったか!」

「え」

「ちょうどストレスも溜まってきてたんだよね。うんうん」

「お、おい、何を……」


 アリスはスタスタと階層の中央まで歩いていく。

 その表情はずっと笑顔だ。今まで溜まっていた鬱憤を晴らす機会でもあり、この厄介な遺跡を簡単に攻略できる方法がわかったのだ。

 それはそれは笑顔になるのも仕方がない。

 アリスは先程切ったばかりの通信を再び繋げた。軌道上の邪魔にならないよう、幹部に警告を流すためだ。

 下手に攻撃の先にいて死んでしまいました、なんてことはあってはならない。


「三人とも。できるだけ壁際に居て。今から真ん中に、攻撃を放つ」

『かしこまりましたッ!』

『はぁ〜い!』

『はい!』


 三人が離れる時間を待ちつつ、アリスはダニーたちの保護を開始する。

 これからの攻撃は、純粋な人間であれば衝撃波などに耐えきれず肉塊になってしまう。そうなってしまえば、パルドウィンにいる者たちに合わせる顔がない。

 アリスは〈スライム生成〉、〈ホムンクルス生成〉でアリスの分身を二体生成する。ホムンクルスにはアリスの頭髪を一本練り込んだため、高レベルのホムンクルスを生成できた。

 それらに防御系魔術を組み込んで、ダニーとアレックスの前に配置した。


「離れてて~」

「うおっ、なんだこいつら」

「……うげっ、あの魔王が二体も……」

「気味悪いだろうけど、その二体の前には絶対に出ないでね。死にたくなかったら」

「「……」」


 二人はアリスの発言にゾッとする。彼女の言うことが嘘ではないと分かっていたからこそ、恐ろしくなったのだ。

 彼らはアリスに従って、スライムとホムンクルスの後ろでじっとしている。


「本気で殴ったこと、なかったんだよねぇ……!」


 怯えている二人の人間とは反して、アリスは非常に興奮していた。

 アリスの力はこの世界の最高値を上回るステータスだ。多少加減した程度では、その力を抑えきれない。

 実際過去に、殴っただけで巨大なクレーターを生み出したり、軽く石を投げただけで銃弾のような攻撃を可能にしたりしたことがあった。

 本気で戦えるのも幹部程度で、今の今まで全力で何かを殴りつけたことなどなかった。


 アリスは右手をギュッと握りしめる。たったそれだけでも、気圧されてしまうほどの威圧を生み出した。

 彼女は脳みそにインプットされている魔術を、瞬時に探す。確実にこの遺跡のど真ん中を貫けるように、自身へバフを付与するためだ。

 それに地下への道を隠すかのように、転移のトラップがあった。間違いなく隠し階層へと到達するためには、それを破る魔術も必要だ。


(〈物理・結晶〉、〈魔力・結晶〉、〈女神の流し目リアリティ・アイ〉、〈神々の疫病除けアンチ・アンダーマイン〉、〈煉獄の拳パーガトリー・ワン〉、〈純粋なる道トゥルーリー・パス〉、〈技能集約インテグレート〉……値は勿論全て物理攻撃力――行くぞ)


 アリスが拳を地面へと振り下ろせば、ドンッという爆発音にも取れる轟音が、部屋中に響き渡った。

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