遺跡1
少し遅れて入ってきたアレックスを、アリスはちらりと見やる。
かすかに震えているのが確認できたが、言い出すのを待ってやることにした。
もともとアリスに対する好感度が高いわけではない。これ以上彼を相手して、火に油を注ぐような行為は面倒だ。
気を遣って聞いてやれば、きっと意地になって助けを請わないだろう。
それに無理矢理にでもついてこられる気力はあるのだ。それを尊重するべきだろう。
遺跡の中はひんやりとしていた。外は少しだけ暑かったが、やはり光の当たらない場所だけあって、少し涼しい。
これで蒸し暑かったりすれば、面倒だったが、快適に探索を進められそうで安心する。
とはいえ、すべてが快適に過ごせるわけではなかった。
アリスたちの足音だけが響いていたはずだが、足を進めれば別の音が聞こえる。引きずるような音と、死の匂い、腐臭。
目の前に現れたのは、この遺跡に住まう魔物とでも言うべきか。死者の群れだった。
「!」
「ゾンビですな!!」
「ベル」
「はいっ!」
アリスに呼ばれると、ベルは即座に動いた。
本気を出していないスピードで、幹部からすれば大したことのないものだったが、同行していた人間らにとっては驚きだ。
何が起きたか分からないうちにすべてが終わり、一瞬にしてゾンビたちが、ドサドサと地面に倒れていくのだから。
これには練度の高いダニーすら感知できなかった。
「!?」
「な、なんだ今の……あんな一瞬で……!」
「えっへへー、すごいでしょ! あーしの友達っ」
「あ、ああ……」
えっへん、と自分のことのように喜ぶのはルーシーである。
自慢するルーシーとは別で、ダニーたちは引いてしまっているのだが、彼女はそれに気付いていない。
ベルは特に疲労も感じないといった表情で、アリスたちのもとへと戻ってくる。
「完了しました。大したレベルではありませんね」
「そっか……」
まだ階層が浅いとは言え、拍子抜けだった。
ステータスを見たり、戦闘に参加しなくても、襲ってきたゾンビが弱いのは分かっていた。おそらくアレックスですら簡単に倒せただろう。
さらに彼らがしばらく歩けば、この階層の行き止まりに突き当たる。
入り口からほぼ一方通行で、迷路性も何もない。本当に〝誰も帰らない島〟の遺跡なのかと、怪しくなるほどだ。
「ここがこの階の終わり?」
「一方通行でしたね」
「こちらに階段がありますッッ!!」
「降りてみようか」
一行は階段を降り、下の階層へと足を進めた。
下の階層で出てきたのも、相変わらずゾンビだ。徐々に強くなるのも分かるが、この時点でゾンビしか出て来ないとなれば相当に深い遺跡なのだと、アリスは考え始める。もしくは本当にゾンビしか用意されていない遺跡なのかもしれない。
この階層は一方通行ではなかったため、入口付近でアリス、ハインツ、そして人間の二人が待機。
ルーシーを連れたベルが、階層内の邪魔者を排除しに向かった。
悲しいかな、さほど時間がかからないうちに二人は戻ってくる。
「お待たせしましたー」
「したー!」
「どう?」
「とりあえずこの階層の敵対する物は全部破壊しました。ゾンビやアンデッドの類しか見当たりませんね」
「あとあと、階段も見っけたんです!」
「また下があるんだね」
アリスはチラリとパルドウィンの二人を見つめる。
アレックスは入ったばかりの頃、青い顔をしていたのを覚えている。戻るならば今の内だ。
上の階層のゾンビもすべて排除してあるため、一人で戻ったところで危険はない。
「二人は行けそう?」
「! も、問題ありません!」
「俺も構わない」
「そう。瘴気とかの影響が出たら、早めに教えてね。私たちは、魔王城に常駐しててニブいから」
「ああ」
この階層から下へと降りる階段は、先程とは違い、螺旋階段であった。
狭く暗い通路を、一列になって下っている。先が見えない仕様のため、警戒度はより上がった。
足元にはあからさまに白骨化した死体が増えている。ここに来て散っていったものたちなのか、それとも遺跡を脅かす者たちへの警告の〝アンティーク〟なのか。
どちらにせよ、人間に対しての危険度が上がるわけだ。
パルドウィンからの子守を命じられたこともあり、アリスは余計に気を張り詰める。
「なあ、でかいの」
「私のことか!?」
「あ、ああ。魔王殿っていつもあんな感じなのか?」
ダニーがハインツに話しかける。
後方を歩いているダニーは、特に変わりのない螺旋階段で暇なのだろう。
彼としてはひそひそ話をしたかったのだが、相手が悪かったようだ。ハインツは普段のトーンでそれに応じている。
「あんな感じとは!?」
「うーん。若い女みたいな喋りだ」
「ああ! あれはアリス様の素だ! 普段王らしく振る舞うのは、威厳が必要な時だなッッ!」
「へえー」
「ハインツの声がデカすぎて全部聞こえてるよ……」
「そりゃすまん」
「申し訳ございません!!」
当然だが、その会話は筒抜けである。アリスが呆れながら、二人に文句を言った。
アリスはため息をついていたが、ピタリと足を止めた。
彼女の感覚が危険だと察知したのだ。今までこれといって、大きな危険に陥ったことはなかったが、胸の奥がゾワゾワとする不快さに包まれる。
これまでの階層の難易度を考えると、あり得ない感覚だった。
「嫌な雰囲気だ。ルーシー、ハインツと人間を保護」
「はーい!」
「ベルは構えて」
「はいっ」
ルーシーが杖を取り出し、魔術の用意をする。ハインツも先にいる〝なにか〟に備えて、臨戦態勢を取った。
ベルもスキル〈武器生成〉を発動させ、ナイフを手に持ち構えを取った。
「フンッ、魔王に守られる筋合いは……」
「レベル77くん、黙って守られてなさいな。私が仲間にした以上、人間だろうが殺させやしない」
「……むぅ、うぐぐ……」
アレックスは言い返すことができず、結局そのままハインツとルーシーに囲まれて守りの体制をとった。
一行は注意をしながら、ゆっくりと下の階へと進んでいく。
六人の足音が螺旋階段内で、カツンカツンと響いている。その間、誰も喋ることなどなかった。
アリスが尋常ではないほど警戒しているのが効いているのだ。
(なんだろう。この異様なざわつき……。今まで感じ取ったことのないほど、恐ろしさを覚えてる……)
知り得ないざわつきを感じて、アリスは胸騒ぎがしていた。
最悪の事態が脳裏に過っている。誰かが死ぬのではないか、という恐ろしい感覚。
神から得た最強の力を持ってしても、勝てないのかもしれないという不安。
カツン――と、アリスたちのではない足音が響き渡ったとき。
それを確定させた。
はっきりと死の未来が見えた。背筋が凍り、一度死んだ記憶を思い出す。
「まずいッ、ぐっ……!」
アリスは咄嗟に、遺跡全体のスキャンを行った。全体が見えない以上、体調に影響を及ぼす可能性があるため避けていた方法だ。
案の定、アリスがスキャンを行うと体調不良に陥った。
予想していたよりもこの遺跡は深く、広い。雪山での探知とは比にならないほどの、気持ち悪さが押し寄せる。
体調不良になろうとも、ここで止まってはいられない。目の前にやってきた死から、回避しなければいけない。
何もない安全な階層へ、全員を強制的に転移させた。転移させられた面々は、いきなり階段から景色が変わったことで、驚いている。
「な、なんだぁ!?」
「て、転移ですか、これ……!」
アリスはガクリと膝をついた。
咄嗟に嘔吐を我慢して口を押さえたものの、せり上がる吐き気には勝てなかった。
ビチャビチャと胃の中のものを吐き出している。この体でも胃液はあるんだなぁ、とぼんやりと頭の片隅で考えながら。
「う、ぐ、うぇえ、ゲホッ」
「アリス様ッッ!!」
「アリス様ぁ! えっと、〈
自身に回復魔術を付与する余裕すらなかったアリスにとって、ルーシーの存在は助かった。
ルーシーが回復の魔術を唱えれば、即座に体調不良はおさまっていく。
「……あぃあと……、こほっ、ありがと、ルーシー……」
「どうされたのですかッ!?」
「……はぁ、思ってたよりここの遺跡はやばいみたい。さっきの足音、聞こえた?」
「足音とはッ!?」
「……」
すっかり体が元に戻ったアリスは、立ち上がって皆に問う。
返ってきた答えは、アリスの予想していたものではなかった。せめてベルは気付いてほしかったが、彼女の機動力があってしてもわからなかったようだ。
ベルは魔術の耐性が低いため、相手が魔術系の魔物だった場合は気づけない可能性がある。
結果的に、あの存在に気付けたのはアリスだけだった。
(……探知の感じだと、まだ距離はあったみたい。でも向こうは我々を察知してるはず。追いつかれる前に探索を終えて出なくちゃ)
あのとき。アリスは一瞬だけ耳に届いた足音で、死の匂いを感じ取った。
出会っていたら、即死。
冷静になって考えれば、アリスたちは耐えられた。――が、パルドウィンの二人は死んでいた。
仲間を即死から保護するようなスキルは得ていないし、焦りも有って、あのたった一瞬で、脳みそにインプットされた魔術を探す余裕はなかった。
それに幹部の即死は免れたとしても、ダメージを負わないわけじゃない。比較的後衛であるルーシーは、体力値が高くない。
どれほどダメージが通るかは不明だが、下手すれば人間並みに体力が減る可能性がある。
アリスもそれほどのギリギリな状況に置かれたことがなかったため、冷静な判断が出来なかった。
もう少し余裕を持てば、こんなことをしなくて済んだのだ。
まだまだ考えが甘い自分を恨んだ。
咄嗟に判断が出来なかったアリスは、遺跡を一瞬でスキャンした。十数階層程度かと思っていたから、というのもあった。
でも実際に探知で知り得た階層は、九十九階層。
これだけ深く掘り進められた階層であれば、アリスの体調に影響が出るのも頷ける。
そしてその九十九階層の更に下に、隠し階層が存在することも分かっていた。
「何かいたのですね!?」
「いた。この遺跡の守り主みたいなものだと思う。多分、見たら即死タイプだねぇ」
「……何と!」
「この世界のレベルに囚われていない私たちは大丈夫だと思うけど、パルドウィンの二人は分からないから逃げた。それにこの遺跡、広すぎる」
「ここは何階なのですか!?」
「九十九階。探知した感じだと、あと一階あるみたいなんだけど……」
「ではこの階層を探索いたしましょう!!」
「うん、そうしよっか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます