失恋
「やぁ、ユータリス」
「今日もお元気で何よりです、アリス様」
「どう?」
ふわぁ、と欠伸をしながら、アリスは玉座に腰掛けた。
ユータリスはそんなアリスの態度を気に留めず、少し離れた場所で跪いている。顔はあげようともせず、淡々と報告をしていた。
ユータリスがアリスを呼んだということは、先日に話していた内容が現実になったということだ。
アリスの予想通りになったことは、喜ばしいこと。
しかし一つだけ、問題点があった。
「ご想像通りに運びました。ただ――」
問題点とは、ベルが処理のために遺体を食べてしまったことだ。
アリスは遺体がなくとも、蘇生魔術を使える。それによって大きな障害が生まれることなど無いが、またもやベルがミスをしでかしたことが、アリスにとっては衝撃だった。
焦っていたのも分かるが、最初に生み出された幹部として、もう少し冷静に立ち回って欲しいものなのだ。
ましてや隠蔽のために食べるなど、言語道断である。
しかも食べて隠ぺいするのは、これが最初の隠蔽ではないのだが……アリスはそれを知らないのであった。
「そっか。それはちょーっと予想外だったな……」
「申し訳ございません」
「ユータリスは悪くないでしょ。で、スケフィントン達は?」
「只今、ベル様達が連れてきている最中です」
「そう……」
スケフィントンは、ベルと一緒に帝国へ遊びに行っていた。
だから帰国も同時だとしても、間違いはない。
スケフィントンの入っている呪詛箱は、単体でも移動可能だが――思考の幼いスケフィントンが、一人で旅ができるとは思えない。
行きも帰りも、ベルの誘導があってこそ、きちんと旅を終えられるのだ。
暫くして、ベル、スケフィントンの入った小箱、そしてリーレイがやって来た。
「おやおや?」
「う……うぅ……」
ベルとリーレイは、顔がぐちゃぐちゃになるほど涙と鼻水でいっぱいだ。あまり綺麗とはいえず、むしろ汚い部類に入る。
アリスの前で演技などするはずないので、心の底から反省して後悔しているのだ。
特に見た目を気にするタイプであるリーレイに至っては、それが良く感じられる。
咄嗟に許してあげたい気持ちはあったが、本人たちの話を聞いてからである。
「ごめんなさぁあぁぁい! アリス様ぁあぁあ!!」
「申し訳ございませんでした……!」
「説明してみなさいな」
「じ、実は……」
アリスは何も知らない体で話を促す。
ベルとリーレイは、お互いに顔を見合わせて、ゆっくりと説明を始めた。
帝国で起こったこと。出会った少女、殺害、スケフィントンからの情報を鵜呑みにして死体の処理をしてしまったこと。
帝国では、少女の家族が行方不明になった娘を探しているということ。
「ふーん、なるほど」
「ごめんなさいぃ……」
「あたしがついてながら……」
「別にいいんじゃない?」
「……え?」
「だってスケフィントンは、ユータリスの情報を大量に流したんでしょ」
アリスが無情にもそう言い放つと、呪詛箱はカタカタと揺れ始めた。
何かを言いたいスケフィントンがよくやる行為だ。
「チェックを怠ったユータリスのミスでもあるけど、魔王軍の情報を安易に渡したことになる。死んで当然だ」
チラリと、アリスはユータリスに目線を送った。
すべてを知るユータリスは、アリスの目線を受け取ると、申し訳無さそうに佇んでいる。部下の失態を事前にわからなかったかのように。
それとは別に、アリスの言葉を受けて、スケフィントンが入っている小箱が揺れていた。
いつもの主張がある時とは違い、ガタガタと大きく揺れている。怒りをあらわにしているのだ。
殺してしまったとはいえ、スケフィントンにとって、あの少女――ヴァンティアは大切な存在。そんな彼女を、死んで当然だとアリスは言い放ったのだ。
幼い子供程度の精神を持つスケフィントンならば、腹が立ってもしょうがない。
「スケフィントン。問題があるなら、呪詛箱から出てきて発言なさい。アリス様に失礼です」
箱から出てこず、しかし主張を続けるスケフィントン。それに対して、ユータリスは叱るように言った。
アリスの御前で隠れているなどと、失礼なことをするな――と。
スケフィントンはユータリスの言葉を受けて、呪詛箱からズルズルと這い出てくる。
相変わらず顔がないため、表情はわからない。それでも怒っていることは、なんとなくわかった。
「す、すす、す、すけ、スケフィントンが、ぼくが、ころ、ころした! で、でで、で、でで、でも、ヴァンティア、すき、すきだった!」
「……で?」
威圧を込めて、アリスが低く放つ。
――だから、どうした。
ズン、と部屋じゅうが圧で押しつぶされるようだ。プレッシャーが、ベルやリーレイにものしかかっている。
頭の悪いスケフィントンでも、アリスのその態度を見れば、彼女――自分の創造者であり上の存在が、酷く憤慨していることが理解できた。
反論をしようとしていたスケフィントンだったが、アリスの重圧に耐えられず、オロオロと焦り始めた。
「あ、ぅ……そ、そそ、その」
「私がお前を生み出したのは、ユータリスの拷問補佐であり、人間の女に情報を売り渡すことじゃない。恋をすることは否定しないけど、手紙には随分とユータリスの情報が載っていたそうだね」
「そ、そそそ、それ、は」
ヴァンティアとの会話の種になるだろうと、ユータリスのことを書いたことがある。
スケフィントンの知恵では、情報と言える情報は渡せなかった。それでも他国の――まだアリスが手を出していない国の人間に、下手すれば有益ともなれる情報を渡した。
アリスの怒り具合から、スケフィントンは本当にしてはならないことをしてしまった、と考え始める。
「それにまだその女を庇うの? どうせ出会い頭、化け物と言われたんじゃないの」
「え、う、あ、いわ、わ、いわれ……」
「その程度の女だったということ」
「そ、その、そそそ、そ、程度」
納得のいかないスケフィントンに対して、アリスは説明を初めた。
幼い子供を諭すように、柔らかく優しい口調だった。
「いい? スケフィントン。君をみて驚かない人と恋に落ちなさい。きみはいい子だよ。私の大切な子供のひとりだから。でも今回は少し良くなかった。だから彼女の死は、それに対する罰だよ?」
「う、うあ、そ、そう……そうだ、そそそ、わっ、わかっ、わわかった。ぼく、きを、つつ、つける」
「偉いね、いい子だ。おいで。撫でてあげよう」
「あ、あり、ありあ、アリス、さま」
アリスが手招きをすると、スケフィントンはソロリソロリとアリスの膝の上へと登る。
ガリガリにやせ細った体は重みなど覚えさせず、アリスは嫌そうな顔もせずにいる。
スケフィントンはその細く汚れた腕で、アリスに抱きついた。ところどころ血が滲んでいる腕だが、それを拒否することなどない。
スケフィントンの肌をブチブチと突き破り、彼が〝飼って〟いるムカデやウジ虫などが這い出てくる。腕の上を動き回り、指先を伝い、それらはアリスの体にもよじ登り這い回った。
アリスの頬や、髪の中を蠢き回っているのに、彼女が気にする様子はない。
「よーしよーし、いい子だね」
「え、へへ……」
「……ありがとうございます、アリス様」
「気にしないで」
アリスがスケフィントンを撫でてやれば、スケフィントンは体を預けた。
それをユータリスは申し訳なさそうに見つめて、感謝を述べる。本来であれば直属の上司であるユータリスが全てのケアをするべきで、こうしてトップである魔王のアリスがアフターケアまでするのは、ユータリスとしても申し訳ないのだ。
ユータリスが申し訳なさそうに思っていたとしても、スケフィントンですらアリスが生み出した子供の一人だ。なんてことない。
それに、今回は〝計画通り〟に動いてくれた。これは傷をケアしてやるというよりかは、アリスの予想通りに動いてくれたことに対する感謝と称賛だ。
「それと、ベルにリーレイ」
「う……。はい」
「はぁい……」
アリスはスケフィントンをあやしながら、チラリと目線を動かす。
その先には、暗い顔をしたリーレイとベルが立っていた。
精神が幼いスケフィントンならばまだしも、きちんとした――しかもアリス直属の幹部である二人が、失態をおかした。
スケフィントンが誰かを殺してしまうのは想定内だったが、それを報告もあげず、あろうことか隠蔽しようとしたのだ。
「リーレイに関しては、普段から調査任務を行っているはずだよね?」
「はいぃ……」
「調査もしっかりしないで、幼いスケフィントンの言葉を鵜呑みにした」
「……はいぃ」
報告くらいは上げてくれると思っていたが、甘かったようだ。
人に対する慈悲のなさと、意識の低さ。常識の欠如がそれらを招いた。
普段から報告を上げろとは言っていたつもりだったが、こんな時に忘れるとは想定外だった。
アリスには今まで生きてきた人間としての記憶や、経験、知識がある。それが下地となっていることで、情報伝達は必須だと分かっていた。
だがリーレイやベルは、アリスが生んだ存在。性格も全てアリスが設定した。
人に対しての無慈悲さ等も、アリスが作ったものだ。
だからもっと帝国に向わせる前に、しっかりと落とし込むべきだった。
「……まぁ、私もきちんと言わなかったからね。ごめんよ」
「そっ、そんなことないですぅ! 僕のミスです! 煮るなり焼くなりしてくださぁい!」
「そこまでしないけど……。ちょっと気分転換に、別の仕事を割り振ろうか。追って指示を出すよ」
「ありがとうございますぅ……」
リーレイは処分を聞くと、反省と安堵が入り交じる顔をした。
幹部達は文句をいえども、きちんとアリスの命令をこなしてくれる。
リーレイも、例に漏れずそうしてくれるだろう、とアリスは安心した。
アリスはくるりと向きを変え、待機しているベルを見つめた。
「ベル」
「ごめんなさい!」
「何度目かな?」
「ごめんなさい!」
「パルドウィンで……雑務に追われているエキドナを、手伝うように」
「誠心誠意尽くさせて頂きます!」
アリスは二人に今後のことを告げると、ふぅと息を吐いた。
心配そうに見上げている――目はないが――スケフィントンに気付くと、ぽんぽんと優しく肩をたたいた。
スケフィントンは珍しく意図を理解したのか、のそのそとアリスの膝の上から降りていった。そしてそのまま再び、小箱の中へと戻っていく。
アリスの体を這っていた虫や蛇、鼠らも、一緒にそこへと戻っていった。
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