さがしもの

「さて。その令嬢の自宅に連れてってくれるかな?」

「はいぃ……」


 リーレイの返答を受け取ると、アリスは彼の頭をガシリと鷲掴みした。

 根から養分を吸い取るかのように、リーレイの知識を読んでいく。

 リーレイには、ヴァンティアの自宅を探すよう命じていた。死亡したことを知らない家族へ、会いに行くために。

 だがアリスが会いに行くため、歩いて行く必要なんて無い。

 場所さえ見ることができれば、そこに通じる〈転移門〉を生成出来るのだ。

 知らない土地であれども、その場所を見たことがある、行ったことがあるものがいればいい。その知識を拝借するだけだ。

 ――ただし、この方法は低レベル相手だと、体調不良を起こす。魔術で回復可能だが、使う相手を選ぶものだった。


 今回、ヴァンティアの自宅へ訪問するのは、アリスとエンプティ、そしてリーレイだ。


「おぉ、確かにいい家だ。金持ちの娘なんだねぇ」

「うぅ……はいぃ……」


 家を確認し終えると、アリスは早速〈転移門〉を開いた。

 重厚な扉が開かれれば、目の前に会ったのは豪邸の扉。貴族らしい高そうな入り口だ。

 庭も随分と手入れされていて、相当な広さがある。そんな光景に興味がないアリスは、庭の方すら見もしない。


 連れてきていたエンプティが、アリスとリーレイの横を通って扉の前に立った。

 ドアノッカーでトントンと叩くと、暫く待たずともメイドが現れた。

 使用人という低い身分でもありながら、身なりはきちんとしていた。この邸宅の主人が気を遣っているのだと伺える。


「旦那様はいる? 捜索届を出されている、お嬢様のことで来たの」

「! お待ち下さい」


 エンプティの言葉を受けると、酷く衝撃を受けていた。この家では現在、娘であるヴァンティアの情報は最重要項目となっている。

 扉の奥ではパタパタと駆ける音が聞こえ、それが更に真実味を増していく。


「エンプティ。低レベルでいいからスライムを大量に生成して。口外されたら困るから、周囲にいる人間をお願い」

「監視と口封じですね。お任せください」


 エンプティはそう言うと、スキル〈スライム生成〉で大量のスライムの少女を生成した。

 エンプティのこのスキルで生成されるのは、大抵が人型をしている。そしてどれもアリス好みのもの達ばかりだ。もちろん、アリスの可愛い子供のスキルだから、そうなるのも当然である。

 今回は大量に生成する必要があったため、少女のスライムが生成された。

 普段作る量ならば、数名程度。その場合はエンプティと背丈の変わらない美女が生まれるのだ。。


 スライム達は、生成されると同時にすぐその場から去っていった。

 広い屋敷を駆け回り、口封じのために動くのだ。


 丁度最後の一体が立ち去った頃、再び玄関の扉が開かれた。

 メイドはそこでやっとアリスの存在を知り、目を丸くして怯えている。


「ヒッ!? どっ、どうぞ。お入りください」


 アリスは礼など言わず、メイドの目の前をスタスタと進む。そのあとをエンプティたちがついていく。

 横目に見えたメイドが明らかに畏怖していたが、アリスは気にすることなどなかった。

 メイドの案内で、アリスは客間に通される。

 そこにはヴァンティアの父と思われる男性が、椅子に座ること無く立ったまま待っていた。


「……その話、嘘ではありま――んなっ!? なんだ!?」


 メイドと同様に、男も酷く驚いている。

 男を気にせずアリスは当然のように、ソファへと腰掛けた。そしてその後ろに、エンプティとリーレイが立つ。

 その横柄な態度に、男は憤慨した。相手が何者かもわからず、衛兵を呼ぼうとしているのだ。


「衛兵を呼べ! こっ、この化け物をつまみ出せ!」

「まぁ座れ」


 アリスが指で空中をくるりと撫でると、立っていた男は、アリスの向かいのソファに引っ張られる。そしてドサリと腰を落とした。

 たったそれだけだったが、男が目の前の化け物の存在をよく知るには十分だった。

 ――衛兵程度では、済まされない。

 やっと理解できたのだ。この場で、彼女の要望を聞くことこそが、最善であると。


「……ッ」

「そう構えるな、ジェラルド・エンライト伯爵」

「……」


 男――ジェラルド・エンライト伯爵は、タラリと冷や汗をかいた。

 ヴァンティアの件でやって来たと言っている以上、こちら側の情報もそれなりに手にしているのだろう。――そう思ったジェラルドは、ただ黙っていた。

 話を聞くことには合意した――させられたが、こちらの出方はまだ探っている。


「はじめに謝罪から。君の娘だが……私の部下が誤って殺してしまってね」

「…………!?」

「その詫びとして、蘇生をさせてもらいたい」

「ど、な、どういう……」

「そのままだ。死んだ娘を生き返らせる」

「……悪魔と、契約をかわせと……?」

「ふむ。まぁそのような解釈でも構わない」


 悪魔などというものではなく、魔王との契約なのだがそれは置いておこう。

 それにアリスは契約を結ぶつもりなどはない。誓約書を書く予定は出来るかもしれないが、こちら側は〝お願い〟をする立場だ。

 向こうが不利になるような申し出はしないつもりだ。

 エンライト家を利用しなくとも、アリスの帝国侵略は進めることが出来る。

 もしも取り込める貴族がいるならば楽だ――というくらいの、なんら支障もきたさない程度なのだ。


「安心しろ、断っても構わない。私は君達の記憶を消して、立ち去るだけ。娘は二度と帰らない。現状の変化は何もない」

「……」


 ジェラルドはアリスに猜疑の目を向ける。

 突然訪問した化け物が、娘を殺したので蘇生したいといえば、当たり前の対応だ。

 この重圧感からすれば、本当にヴァンティアを殺しているのかもしれない。そちらは信じられても、娘を本当に生き返らせられるのかという疑問は残る。

 人の命を、まるでおもちゃを直すように「生き返らせる」というのだから、不審に思っても当然だ。


「もちろん、無償でとは言わない。貴族界隈に顔が利くだろう、伯爵」

「……」

「私を、〝上〟へいい護衛や騎士として、紹介して欲しい」

「……お言葉ですが、ミス――」

「ヴェル、とでも」

「ミス・ヴェル。帝国では、女性騎士の立場が高いとは言えません」


 あなたの住んでいる場所では知りませんが、とジェラルドが小さく付け加えれば、アリスの背後にいたエンプティからギロリと射殺すような目線が降る。


「ひぃっ!」

「……エンプティ」

「申し訳ありません」


 エンプティは謝罪を述べたものの、申し訳無さは微塵もない。

 怒られたからとりあえず謝罪をしたというほどだ。

 正直、エンプティにとってこの貴族の対応は目に余るものだった。下等生物である人間は、アリスの願いを全て叶えるべきだと思っているのだ。

 拒否権などはなく、アリスが提案をした時点で喜んで受け入れるもの。

 なによりも魔王であるアリスが、どうでもいい貴族の娘を蘇生したいと言っているのだ。こんな慈悲があるものだろうか。

 考え込む時間などなく、即答するべきなのだ。


 そんなエンプティの考えとは裏腹に、ジェラルドに言われた通り、アリスは性別を気にしていた。

 現代社会ならばまだしも、ここは異世界だ。

 男女差別なんて当たり前で、女性の騎士が圧倒的に不利なのは理解している。


「男ならばいいか」


 パチリと指を鳴らすと、アリスの姿が一瞬で変化した。

 さらりとした金髪に、青い瞳。見目の麗しい青年が、そこに座っていた。

 細身でスタイルが良く、女性受けのしやすい見た目であった。

 エンライト伯爵は、突然の変化に驚きはしたものの、その見た目に対して疑問を抱いた。


「……ッ!」

「どうだ?」

「ごほん。……し、失礼ですが騎士や護衛として、ですよね?」

「あぁ、そうだった」


 アリスはもう一度、指を鳴らす。

 今度は素朴な茶髪に、黒目。どの田舎でも見られそうな平凡な青年が現れる。

 体型は少し筋肉質で、騎士だと言っても遜色はないだろう。


「これならば問題あるまい」

「…………え、えぇ」


 ジェラルドの返事を聞くと、アリスはすぐさま見た目を普段どおりに戻す。

 見慣れた訳では無いが、さすがに二度目は驚きもしない。

 アリスはそのおぞましい両目を、ジロリと伯爵へ向けた。


「それでどうする?」

「……」

「聞けばお前は娘を、どうとも思っていないらしいじゃないか」

「なっ……それは!」

「それとも私を信じていないのか」

「……そ、そんなこと……」

「……ふむ」


 目線だけを動かして、アリスは部屋を見る。

 特に変哲もない。貴族の客間と言った様子だ。部屋にいるのも、ここへアリスたちを連れてきたメイドと、執事だけ。

 ――百聞は一見にしかずだ。

 アリスはそう思った。信じていないのであれば、本当に出来るのだと証明するまで。


「リーレイ、そこの執事を」

「はぁい」


 ゆらりと動いたと認識したときには、もう遅い。

 隅に立っていた執事は、鮮やかな血液を吹き出して、その場に倒れた。そしてその横には、ニコニコと微笑んでいるリーレイ。

 たったの一瞬で、一秒も経たない出来事だった。

 リーレイのやったことが理解できてなかったのは、エンライト家の人間だけだった。


「……は?」

「ほれ」


 直後、アリスは〈夜明けの暁光トワイライト〉を発動する。

 一瞬で屍になった執事は、再び息を吹き返していた。執事もなにがなんだかわからない様子で、あたりをキョロキョロと見渡している。

 きっと素早すぎて、死んだことすら認識出来ていなかったのだろう。

 そしてそれは、エンライト伯爵も同様である。彼も混乱のせいか、今この数秒で起こった出来事が理解できていない。


「決め悩むなら構わないが、この魔術は制限があってなぁ……。死体がない場合だと、早く復活しないと障害が出るかもしれない」

「!!」


 決断を急がせるために、アリスはそういった。

 だが、Xランクたる魔術〈夜明けの暁光トワイライト〉に、存在する制約はこうだ。

 死体の存在しない場合の復活不可能期間は、百年。死体が骨だろうと粉骨だろうと、どんな状態であれ、存在するのであれば死後どれだけ経過していても復活は可能だ。

 ここでアリスが堂々と嘘をつけたのは、魔術ランクがXランクであるから。Xランクは伝説上であり、神の領域とも言える魔術。そんなことを調べられる組織などない。

 アリスがどれだけホラを吹いたところで、エンライトが知るすべなどないのだ。


「…………っ」

「ふん、そうか。交渉は決裂だな」


 わざとらしく、ガタリと音を立てて立ち上がる。

 すると、ジェラルドは焦り始めた。あわあわと落ち着きを失いながら、追うように立ち上がる。

 目の前で見せられたのは、本当の蘇生術。一瞬にして殺し、一瞬にして復活した。


「お、お待ち下さい! ど、どうか……娘を……ヴァンティアを、元に……」

「良い判断だ」


 この決断を逃してしまえば、一生娘は帰らない。

 喧嘩したままの、仲の悪いまま、引き裂かれたまま。そんな終わりでいいのだろうか。

 まだ未来のあるヴァンティアを、蘇生できるかもしれない機会をのがして良いのだろうか。

 そんな悩みは、吹き飛んだ。

 悪魔に魂を売ろうとも、死んだ娘が戻るのならば。ここでやっと、ジェラルドは父親らしい行動を取ったのだ。


 アリスが〈夜明けの暁光トワイライト〉を発動すれば、その場に突然、ヴァンティアが現れた。

 一糸まとわぬ姿のヴァンティアは、気を失っているのかそのままふらりと倒れ込んだ。

 咄嗟に飛び出したリーレイが、倒れかけたヴァンティアを抱きとめている。

 そしてそのまま、いつの間にか所持していたシーツのような大きな布に、ヴァンティアを包み込む。


「存分に身体検査をするといい」

「ありがとう……ございます……」

「約束を、頼んだぞ」


 ニタリとアリスは笑った。

 そして部屋の中に、〈転移門〉を生成する。転移先はもちろん、自宅である魔王城だ。

 エンライト伯爵は、もう驚くことなどなかった。死をも操る悪魔となれば、なんだって出来るのだと納得してしまったから。

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