父と魔王
穏やかな昼間。ちょうどアフタヌーンティーの時間帯なのにも関わらず、この屋敷では 激しい剣戟の音が響いていた。
両手剣を持った二人が、敷地内の訓練場にて手合わせを行っていた。
ブライアンの率いる騎士団の騎士である青年と、アリス・ヴェル・トレラントである。
騎士は慣れた様子でアリスに剣を振るっているものの、その表情はずっと青いままだ。
アリスも慣れない両手剣を振り回しながら、それに必死に応じている。
「はぁああ!」
「その太刀筋では、危険です……!」
「そうか!」
アリスの細腕が、大剣を軽々と振り回す。まるでペーパーナイフを持っているかのように立ち回れば、騎士は驚きつつもそれに対処する。
短剣のように首を、急所を狙う。
大きな剣ではスピードも出せず、騎士には避けられてしまう。
本来であれば、アリスの力を持ってすれば騎士が避けることなど不可能だ。だが現在は、オリヴァーの真似事をしている手前、手加減をしなくてはならない。
そしてそれを観戦するのは、ヴァジム・ラストルグエフだ。
本当ならばヴァジムがアリスに直々に教えるはずなのだが、彼は戦争にて両腕を失ったため、それが叶わない。
そのため手と足となるのが、借り出された騎士だ。
騎士も呼び出されたときはこんなことになるとは思わず、二つ返事で了承をした。
まさか対戦相手があの魔王とは、誰が思うだろうか。
「たっ、大剣は……遠心力が働きますので!」
「ほう!」
「体も使って――」
「なるほど……」
ヴァジムが口頭で教えても良かったのだが、彼は戦闘以外では全く役に立たなかった。
元々何度もマリーナに叱られて、大抵のことをマリーナに任せている男だ。剣を持ち、戦場に立てば誰もが憧れて尊敬する英雄様だが、それ以外は少々できの悪い大男なのだ。
実際、現在も観戦しつつ軽く口を挟むことはあれど、大抵の訓練は騎士が行っている。
「器用に使えば、盾にも出来ます」
「おぉ~」
ガキン、と金属音が響く。
アリスの与えた攻撃は、大剣で防がれてしまった。
彼女にとって、防御という方法は目から鱗だ。アリスは防ぐという行為をせずともいいからだ。
人間程度の攻撃は大したことなどないという意味でもあり、スキルや魔術が発動し、攻撃の種類によっては自動で無効化されることがある。
だから今後、人間のふりをする必要があった場合。
今学んだ防ぐという好意は、とても役に立つものなのだった。
「勉強になるなぁ!」
「………………恐れ多いです」
アリスが純粋に感謝の言葉を漏らすと、青年の胃がキリキリと痛むのであった。
「おぉ、オリヴァー! お前、大剣もいいなぁ!」
「ありがとう、父さん」
訓練もちょうどきりがよく、一戦終わった頃。
ヴァジムがアリスへと駆け寄ってきて、そう言った。
気が触れてしまったヴァジムは、完全にアリスをオリヴァーだと思いこんでいる。
騎士の青年はそれを見ながら、いたたまれなくなる。そのことについては上司であるブライアンから聞いていたが、実際に目の前で見てしまうと胃が痛むのだ。
アリスは見た目をオリヴァーに変えているわけでもないため、それが余計に青年を苦しめていた。
アリスは借りている大剣をブンブンと乱雑に振り回しながら、まだ慣れない武器の扱いに戸惑っている。
今回、この鍛錬を行っているのは、両手剣の練習をしたかったからだ。
いつもなら近接特化の武器担当であるベルに教わるのだが、現在ベルは帝国へ行っていて不在である。
それにヴァジムがアリスをオリヴァーと思いこんでいる以上、定期的に親子仲を深めねばならない。
そういうわけで、現在。アリスはラストルグエフ邸にて、剣技の訓練を行っているのだ。
「しかし、突然来て鍛錬とは。どうした?」
「旅先でちょっとね。色んな武器を使えてこそ、魔王に打ち勝てるんだと思って」
「さすが俺の息子だなぁ!」
(私は何を言っているんだろう……)
妥当自分とは、なかなか笑えるセリフである。まさかこんなことを言う羽目になろうとは、転生直後のアリスも想像できまい。
演技とは分かっていても、己が何を言っているのか。だんだん馬鹿馬鹿しくなる。
一緒にいる騎士の青年も、アリスの言葉を聞いて気まずそうな顔を浮かべている。
この場で何も問題なく、平和で幸せなのは、ヴァジムだけだろう。
「オリヴァー、あなた! おやつよ! 休憩しましょう」
「行くぞ!」
「あ、うん」
屋敷の方からマリーナが呼ぶ。
彼女は目が見えないため、付き添いのメイドも一緒だ。
マリーナはアリス達がいるであろう場所を見つめ、手を振っている。
ヴァジムは愛する妻の元へと駆け出した。あんな妻になってから、彼はより献身的になっている。
「この家の料理は美味いぞ。菓子もそうだ。君も食べていくといい」
「……いえ、遠慮します」
「そうか。――……!」
『お忙しいところ申し訳ありません。ベル様達からご連絡は行きましたでしょうか?』
「来てないよ」
ヴァジムがちょうどアリスから離れたタイミングで、ユータリスからの通信が入る。
他でもないユータリスからの通信であることと、ベルという名前が出たこと。
それは、内容を聞かずともわかる。何かが、帝国で起きたのだ。
『……そうですか。アリス様の思惑通りに動きました。少し支障が出ましたが、それはこちらにいらしてから説明致しますね』
「その方がいいね。三人はすぐ来そう?」
『暫くかかるかもしれません』
「あらそう。じゃあお茶してから行ってもいいかな」
『勿論です。お待ちしております』
「はーい」
アリスはそう言って通信を切った。
ヴァジムとマリーナはまだ同じ場所でアリスを待っていて、両手を振りながら彼女を――彼を呼んでいる。
「おーい、オリヴァー!」
「ごめん、父さん。行くよ」
手に持っていた剣を、隣にいる騎士に渡す。
アリスはそれを渡しながら、青年をじっと見つめた。
ラストルグエフ邸の料理人の腕がいいのは、嘘じゃない。ひとしきり動いて腹も減っただろうから、先程ああやって誘ったのだ。
良く考えれば、狂ってしまった国の英雄と、狂わせた最強の魔王とアフタヌーンティーなんてしたくもない。
だが、念の為。アリスはもう一度問う。
「本当にいらないか?」
「……武器の、整備をしております」
「ああ」
アリスはヴァジム達と共に、庭園にある東屋に来ていた。
今日は天気がいいからと、庭でお茶することになったらしい。
ラストルグエフの使用人たちは激減していたが、腕のいい庭師が残っていたのか、庭の手入れは行き届いている。
アリスが国に頼めば、使用人をもっと増やせるだろう。
アベスカから調達することだってできる。
だがヴァジム達はそれを断った。戦争にて無惨にも負けてしまったのは事実だから、慈悲を受ける訳にはいかないとのことらしい。
「これを食べたら、俺、行かなくちゃ」
「まあ……。早いんじゃない? もう少しいなさい」
「そう言っても……。俺を頼ってくれる人がいるから、行かなくちゃ」
「……そうね、貴方は世界の勇者だもの」
(まぁ、私は魔王ですけどね)
アリスは紅茶を啜りながら、いつまでこの茶番を続けるべきだろうかと考える。
一応オリヴァーは、修行の旅に出ているというていなので、暇な時に顔を出せばいい。
頻繁に来なくていいのは、アリスにとっては楽な相手だ。
それにこの状況。魔王と一国の英雄たちが、同じテーブルでお茶をしている。そんな状況、滑稽でしかない。
いますぐ周りに触れ回り、大笑いしてやりたいのだが――せっかく立て直し始めているパルドウィンが、更に崩れてしまうだろう。
アリスはしばらく、一人でこの愉快な〝ままごと〟を楽しむことにするのであった。
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