真相、疑い
リーベがパルドウィンに上陸してから、暫く経過していた。
誘拐されてから計算すると、もうすぐ一日が経とうとしていた。大抵の場合、大人であっても丸一日飲み食いしていなければ、空腹が苦痛へと変わる。
それは〈
「アリス様。リーベ様が誘拐されました」
「あぁ、そう」
「はい。どうされますか」
ここは魔王城で、アリスがよく使う執務室。
〝用事〟があるアリスは、まだパルドウィンに発つようなことはしていない。その時をずっと、この場所で待っている。
エンプティからの報告も、顔色一つ変えずに受け取った。まるでそれが当たり前かのような対応だった。
一応、エンプティとしても、リーベは敬う対象だ。アリスほどではないが、守るべき存在でもある。
勇者の子供であることを理解しているため、本人的には不本意でも、本能的にはリーベを庇うような発言を繰り返す。
「そのままにしておけば、リーベ様の特性上、死んでしまうのでは?」
「そうだねぇ。だから連れ去った人間から、こっちへ助けを求めてくると思うよ。向こうにとって大事な資産でもあるから、リーベはね」
都合よく、アリスのもとへ通信魔術がやってくる。
長いことパルドウィンに出張させていた、プロスペロ・メチェナーテであった。
プロスペロは過去に、アリスに助けられた恩がある。死んだ両親の残した大量の借金を返すため、盗賊として汚い金銭に手を出していた。
もともとは比較的真面目な好青年なのだが、両親が悪かったのか、彼の人生はどん底だった。そんな彼はたまたまアリスと出会い、助けを得た。
その恩返しとしてアリスの為に、パルドウィンへ向かった。一般市民から得られる情報を収集する、という仕事を任されていたのだ。
『――アリス様、プロスペロです。お時間ありますか?』
「いいタイミングだねぇ、あるよ~」
『……騎士団が魔王の仲間、もしくは魔王と繋がっている人間を探しているんです』
「理由は言ってたかな?」
『い、いえ。ただ血相を変えて騎士団が走り回っていて、緊急事態なのは子供でもわかりますよ』
上の人間ではなく、探し回っている下っ端がこれほどまでに焦っているのならば、パルドウィンの人間はその重大さをよく理解しているということだろう。
使い走りの騎士達は、相当血相を変えて探し回っているのだ。
プロスペロは素直で嘘を言わない。彼の言う「子供でも分かる」というのは、本当にその通りなのだろう。
何よりも、大量の借金を帳消しにしてあげた恩人に、嘘をつくだなんて言語道断だ。
「ふふっ、そっか。プロスペロ、難しいお願いだけど聞いてくれる?」
『……騎士団に出頭しろ、ってことですか?』
「よくわかったね~。大丈夫、彼らの国をかけたことだから、丁重に扱われるはずだ」
『信じますよ……』
プロスペロの声は震えていた。
パルドウィンに向かったのは、こんな重大なことをするためじゃない。
いつもみたいに、知り合いや仕事仲間と一緒に、最寄りの飲食店で盛り上がっていたプロスペロ。それが今覆るのだ。
それに一度でも、国に自分の仕事を打ち明けてしまえば、今後のプロスペロの立ち振舞いは変わってしまう。
もう一般市民として、パルドウィンに籍を置けなくなるのだ。
「大丈夫、君は大切な諜報員。死なせはしないし、死んでも生き返らせてあげよう」
『アリス様じゃなかったら裏切ってますよ、僕……』
不安そうな声を残し、プロスペロは通信を切った。
残されたのはアリスと、エンプティ。
プロスペロが動き出すとなれば、アリス達も相応の準備をしなければならない。パルドウィンに踏み入れる準備だ。
アリスはエンプティを見ると、ニコリと笑った。
「みんなをここに連れてきて。歓迎してくれたお礼に、こちらも全員でご挨拶に行こうじゃないか」
「かしこまりました♡召集致しますね♡」
エンプティは軽く頭を下げると、部屋から出ていく。
アリスのいる執務室で、長々と他の幹部と喋る気になれなかったからだ。
――エンプティは廊下に出ると、リーレイを除いた幹部全員に通信魔術を投げた。
一人として拒絶することなどなく、全員がエンプティの通信を受け入れている。
それを確認すれば、エンプティは言葉を続ける。
「聞きなさい、幹部の者達。リーベ様が誘拐されたわ」
エンプティがそういえば、通信の先では動揺があった。誰もが口々に思いを零している。
彼女と同じく、他の幹部もリーベは保護する対象。アリスの大切なものであり、危害を加えるだなんてあってはならない。
何と言ってもアリスがあれだけ欲しがった存在だ。
多少、疑っていたり乱雑に扱っていたりしようとも、アリスがリーベを殺すことなどないのだ。
だから今回は、絶対にリーベが死ぬ前に回収しなければならない。
『動き出したかッ!』
『おや、知っているのですかな?』
「ベルも知っているわ。状況が状況だから、これには返答できないでしょうけど」
『なんと、ベルまで』
幹部の中には、今回の作戦を知るものと知らないものがいる。
アリスによくついているハインツやエンプティは、その内容をよく知っていた。今その作戦の真っ只中にいるベルは、当然それを分かっている。
それに比べて、魔王城を離れて仕事を行っている幹部は知らないものたちが多い。ルーシーやパラケルススがそれに当たるのだ。
「説明すると、こうよ」
エンプティは状況が分かっていない幹部達に向けて、簡易的に説明をした。
リーベが、
そしてそれを利用して、パルドウィンにハッキリと立場を分からせてやることにした。リーベの意思も確認できるし、一石二鳥だったのだ。
「さしずめ、リーベ様は囮ね」
『囮とは……アリス様も酷い御方ですなぁ』
『本当に誘拐を企てるとはッ! 計画を知っていたとは言え、やはり人間は不敬だなッッ!』
「そうね。今からアリス様が、パルドウィンに向かわれるわ。歓迎してもらったから、皆で行きたいとのことよ」
その言葉に異論を唱えるものは誰もいない。
もとより、アリスがこうすると決定したら、その通りに動く者達だ。アリスが全員で行きたいというのならば、準備を整えて向かうのみ。
いそいそと動き出した音も聞こえ始めている。
『んじゃ、あーしはみんなを回収すればおけ?』
「えぇ。アリス様は玉座で待たれているはずよ」
『いそぐし!』
ルーシーはそう言うと、真っ先に通信魔術を切った。
現在、転移の魔術を存分に扱えるのは、ルーシーのみ。他の幹部を回収して、アリスの元へと急がねばならない。
他の幹部も、身なりを整えたり、仕事をきりのいいところまで終わらせたりと、それぞれのタイミングで通信魔術を切っていく。
最終的には誰もが通信を切った。
廊下には誰とも言葉を交わしていない、エンプティのみが取り残されている。
完全に一人になったエンプティは、誰もいない廊下で、大きなため息をこぼす。
「どうしてこんなにも、人という弱者は愚かなのかしら……。理解し難いわ」
エンプティにとって、アリスとは至高の存在。彼女に仕えることこそ、最高の喜びともいえる。
それだというのに、アリスの属国になり、彼女のもとについたというのに。
人間はアリスに歯向かった。彼女の所有物であるリーベに、手を出した。
どうやって生きたら、そんな愚かな行為を出来るのか。エンプティには理解できなかった。
「アリス様の慈悲を受けて、つけあがったのね。あぁ、優しい愛しいアリス様。あのクズどもを殺して欲しいものだわ……」
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