歓迎?

 パルドウィンの港には、一人の少年・リーベとその付添のホムンクルス・メイドが降り立っていた。

 降り立っていたのは港だったが、リーベは船でやって来たのではない。彼はアリスによる〈転移門〉の力を借りて、この場所に来ていた。

 〈転移門〉は一度見たことのある場所ではないと、その場所に繋がる門を生成できないためだ。

 パルドウィンに旅行をした際に、王都を見て回りたいと申し出たこともあった。その際はオリヴァー達に警戒され、都市内に入ることをやんわりと断られてしまった。

 それもあって、アリスは王都へ直接つながる門を生成できない。

 しかしパルドウィンを支配下に置いた今、首都に行き来可能なのだ。


 他人の思考からも景色を抜き出せるアリスは、すでに首都を知っている。

 城の前でも、冒険者組合の前でも転移可能だが、まだ通達も浸透もしていない場所に、いきなり現れるのは可哀想であるため、今回はそれを避けたのだ。

 何よりも、案内人が港に迎えに来ると言うのだ。

 彼らは船で現れると思っていたらしいが、船などという時間も労力もかかるものは、〈転移門〉の前では必要ない。


「うわぁあ!」


 港には大量の人間が行き来していた。

 敗戦したというのに、パルドウィンの賑わいは通常通りだ。

 人間だけではない。大量の荷物、知らない土産品、大量に停泊している大きな船。リーベには馴染みのないものばかりだ。

 リーベは迎えを待っている間、付き添いでやってきたホムンクルス・メイドと、港を見て回っている。


「見たこと無いものがたくさん! すごい景色です。母上もみれたらよかったのに……」

「アリス様は既に見ていると聞いております」

「そうではなくて、一緒に見たかったのです……」


 気の利かない、愛想の悪いホムンクルスは、リーベとの会話がとても下手である。

 事実を述べる程度しかできず、まだ幼いリーベに対して乳母のような役割を担えない。

 低レベルのホムンクルスであるがゆえに、性能はよくなかった。

 もうすこし性能がよくなってしまうと、リーベに何かをしでかそうとする貴族達を、〝無事に〟止めてしまうかもしれない。リーベに危険が及ばぬよう、きちんと対処してしまう。

 リーベの供回りが出来て、いい具合に手助けできない程度のホムンクルスとなると、会話がお粗末になってしまうのだ。


 一緒にいてつまらないホムンクルス・メイドを見ていると、リーベは更に義理の母親が恋しくなる。


「はぁ、はやく母上にあいたいなぁ……」


 アリスは用事があるからと、リーベだけを先によこした。リーベもそこで駄々をこねる様子もなく、ただ静かに首を振る。

 あとから来てくれるのだと分かれば、少しだけ離れることも我慢が出来たのだ。

 しかしそれとて、リーベは見知らぬ土地で見聞きする全てを、アリスと一緒に体験したかったのだ。

 幼子の小さなワガママである。


 しょんぼりしているリーベに対して、ホムンクルス・メイドは声をかけた。

 気が利かないとはいえども、考えることは出来る。一応、リーベは自分よりも上の存在。楽しんでもらえるよう、不器用なりに尽力する。


「こうしてはどうでしょう」

「?」

「アリス様が来られるまでに、ある程度国を回っておいて、素敵な場所を見つけておくのです」

「あっ!」


 アリスは首都を〝知っている〟が、赴いたことはない。

 だからリーベが事前に調べておいて、アリスと合流した際に案内するのだ。きっと褒めてくれるに違いない、とリーベは嬉しそうに笑った。


「すごいっ、それいいですね! たのしみだなぁ!」

「あ、リーベ様。来ました」


 ホムンクルスに言われて目線を送れば、その先には身なりの整った人物数名。そして先頭には、両腕のない体躯の良い男が一人。

 見るからに今回の旅行で、リーベをもてなす貴族だと分かった。

 だがその先頭を歩く人物には、見覚えがない。


「お待ちしておりました」

「今回は存分に楽しんで頂ければと思います」


 下卑た笑みを浮かべて、貴族達が言う。媚びるようなその視線は、リーベを通じてアリスに恩を売りたいのだと分かる。

 この年齢の少年であれば、それは見破れぬと思っているのだろう。

 下心が丸出しのその様子は、一緒に立っていた大男を不快にさせた。


 とはいえ、リーベが普通の少年であれば、貴族達を親切な大人だと思い込むだろう。

 だがリーベはアリスによって改造を施された少年。そして左目の魔眼には、心で思っていることが映し出されている。

 どれだけ狡賢いことを考えていたところで、リーベにはお見通しなのだ。


「こんにちは。ぼくはリーベといいます」

「付き人です。名はありません」

「……名はない、とは?」

「私はホムンクルスですので。今回のためだけに生成された身、固有名詞などありません」

「……な……」


 ホムンクルスが自己紹介をすれば、貴族達の媚びへつらう表情は一気に崩れた。

 今を取り繕うだけの貼り付けた表情は、ホムンクルス程度で呆気なく剥がれてしまった。

 ここまで精巧に出来たメイドが、ホムンクルス。しかも今回限りの使い捨て。それを聞けば、魔術の知識もない貴族であっても、おかしいと気付く。

 相手は魔王なのだと。


「母上はこのあとこられます。ぼくが案内したいです、なのでおすすめの観光地などをおしえてもらえますか?」

「母上……?」

「はい! 母上、アリス・ヴェル・トレラント様です」


 それを聞くと、一同は悪寒に襲われた。

 少年の言葉で、母親はアリスであると告げられた。残酷だった。きっとあの魔王は、この無垢な少年に、洗脳でも施しているのだと思案する。

 貴族達はヒソヒソと分かりやすく話し込み始めた。その声は心を読まずとも、リーベのもとまで聞こえているほど。


「……勇者の子供なのではないのか?」

「なんだあれは。魔王に、なにかされたのでは……」


 それを聞いているヴァジムは、明らかに顔をしかめている。来賓を気遣う様子もなく、己を取り繕う感じも見られない。

 いつもの通りのヴァジムのままで、貴族の様子を見て嫌そうにしている。


 リーベはそんな様子を見ながら、ニッコリと微笑んだ。両親に似た笑顔は、可憐なものであった。

 ヴァジムにも見覚えのある顔だ。幼い頃のオリヴァーを思い出す表情に、一瞬だけ気を取られてしまう。


「そのとおりです。ぼくは勇者のこどもですよ」

「なっ……!?」

「生みのおやは、オリヴァー・ラストルグエフとユリアナ・ヒュルストです。育ての親は、母上ですけどね」


 ヴァジムが気を取られたのは、本当に一瞬だけだ。

 そのおぞましい言葉を並べられれば、また再び表情は歪む。

 ここまで嫌悪感を顕にしているものの、ヴァジムは根底から拒むことは出来なかった。それは育てたのがアリスであったとしても、リーベの中には愛する息子とその恋人が残したものがあったから。

 ヴァジムは微かなそれを感じ取ってしまう自分を呪った。もっと能力が低ければ、鈍感であれば、こんなジレンマを抱えずただ純粋に嫌えたというのに。


 ヴァジムが葛藤し、貴族達が困惑していれば、リーベのそばに居たメイドが動く。

 表情は相変わらず無愛想で、ヴァジムに怯えるどころか、興味がなさそうにも見える。彼女は口を開いて、淡々と話し始めた。


「とっとと案内をしてくださいますか? リーベ坊ちゃまが退屈致しますので」


 ジトリとにらみつければ、あまりにも無礼な振る舞いにヴァジムも貴族も、今までの混乱を置いて不快感を顕にする。

 たかがメイドとは言え、これはアリスが用意した存在だ。無下にするわけにはいかない。

 貴族の一人が前に立ち、ヴァジムの説明を始めた。これから案内する人間を、事前に紹介しておこうということだった。


「……失礼致しました。案内はこちらのヴァジム・ラス――」

「――ただのヴァジムだ」

「ごほん。こちらのヴァジムが行います」

「ではぼくの肉体的な祖父ですね。祖母はどちらに?」

「…………」


 せっかくフルネームを隠そうとしたのだが、リーベには筒抜けだ。

 真実を見る魔眼を持っていることもそうだが、相手の国の重鎮くらいは記憶している。アリスの邪魔をせず、補佐すら出来るようになりたいリーベにとって、それは必要最低限の知識だった。

 そしてリーベは、ヴァジムが親族であるのを見抜いたと同時に、ヴァジムが今一番触れてほしくなかった話題へと触れる。


 マリーナ・ラストルグエフ。戦争の傷によって、狂ってしまった大魔術師。

 ラストルグエフを非難する声が強いせいで、彼女を守ろうとする人間は一握りだ。たとえどれだけ狂って病んでしまっても、マリーナに同情する人間すら少ない。

 マリーナのことを問われて、ヴァジムは咄嗟に自宅で待っている彼女を思い出す。そしてその思考は、しっかりとリーベに見られてしまった。


 ――魔王城や近辺の国では、よく拷問が行われている。

 それはエンプティだったり、シスター・ユータリスだったり、たまにはアリスだったり。施行する人物は時と場合によって変化するが、比較的高頻度で行われている。。

 リーベもそれに出くわしたことがある。

 特に拷問を専門としているユータリスがやっているときは、〝狂っている〟人間にあうことが多い。

 だからそうした事例を見ても、なんとも思わないのだ。


「ふーん、病んじゃったんですか?」

「…………っ、お前……」

「ごめんなさい、ぼく、〝かしこい〟ので」


 リーベはあえて嘘をついた。

 制限がありながらも、真実を見られる瞳を持っているが――それは今ここでいう事柄ではない。

 誰もが行き交う港で、そんな重要な情報を漏らせるわけがない。それにリーベが賢いというのは、事実だった。


(母上はこんなめんどくさいやつらの相手も、しなくちゃいけないんだなぁ……)


 リーベは小さくため息をついて、早く大きくなって、もっとしっかり補佐できるようになりたいと願うのだった。

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