蠢く計画

「男爵、男爵! 朗報です!」

「落ち着け、どうした?」


 ここは、彼――エルマー・ムノー子爵の邸宅。

 貴族の邸宅というには、見苦しい部分が多くあった。

 家具やインテリアにはことごとく布が被せてあり、〝差し押さえ〟と分かりやすく札が張り付いている。

 その差し押さえられたものは大量に存在していた。エルマー男爵の私物である家具のほうが少ないほどだ。

 いずれこの家具たちも、差し押さえられるのだろう。


 これは彼のギャンブル癖のせいである。

 彼が爵位を継いだばかりのときは、まだまだ資産に余裕はあった。だが彼がひとたび、ギャンブルに手を出してしまえば、このとおりだ。


 少し薄めのブラウンのオールバックヘアに、グリーンのありふれた瞳。カイゼル髭をたっぷりと蓄えた口元。

 身を包む衣装は高級そうに見えるが、ブランド物を装った偽物である。きちんとした貴族が見ればひと目で見破れてしまうのだが、エルマーはもはやそんな〝きちんとした貴族〟が集うような場所には顔を出せない。

 彼のギャンブルにつぎ込んでいる姿は、それはもう貴族の恥晒しとして有名だからだ。

 今や彼を慕うのは、同じくギャンブル仲間くらいだろう。


「魔王に〝囚われた〟子供が、パルドウィンに来るというのです」

「勇者の子が、王国へ来ると?」

「ええ。聞けば、粗相など起こさないように持て成すように、とのことでした」

「ふむ……。よく情報を持ち帰ったな、パブロ男爵」

「お喋りな貴族と会いましてね。運が良かったです」


 そんな彼に報告をしているのは、彼の取り巻きであるパブロ・ティーノ男爵だ。

 彼との繋がりは同じくギャンブル。パブロは、流石にエルマーほど酷くはないが、それなりにのめり込んでいる。

 何よりも、パブロはもともと平民。ギャンブルで一儲けしたのち、男爵の爵位を購入して今に至る。

 貴族になったものの、結局出自は変わらない。振る舞いも粗ければ、貴族の社会に馴染めない。

 そこで出会ったのが、エルマーだった。

 貴族であるものの、ギャンブルにのめり込んで底辺を彷徨う者同士、打ち解けあったのだ。


 だが底辺同士打ち解けあったところで、何かが起きるわけじゃない。

 ギャンブルに浸っていればお金は減っていくばかりで、結婚や大成功するなど、うまい話も何もない。

 それこそエルマーに至っては、差し押さえが多すぎて、そろそろ家を保つことすら危うい。

 ここらで一つ、大きなことを成し遂げねばならない。


「それで? 我々には関係ない話だろう。どうせ上の貴族共がもてなすのだ」

「確かにそうですが……どうやらあの化け物は国を――都市を空けるらしいのです」

「何?」


 エルマーはピクリと動いた。

 化け物が都市からいなくなる。となれば、監視しているのは貴族のみ。

 人ならざる力を持っている奴らがいないのであれば、何かしらのアクションが起こせるのではないか。

 どん底だった二人に、希望の光が差し込んだのだ。


「誘拐して、さも見つけた風にして名乗り出れば良いのです! 魔王ともなれば……大金を礼として、用意できるかもしれません!」

「なるほど……! 勇者をも倒したのだ、きっと金銀財宝……フフフッ、再び返り咲けるかもしれないな!」

「ええ!」


 ただの誘拐で、身代金。それだけだったら、きっと愚かだ。

 だが謝礼となれば話は別。自分達で犯人役と、正義役を演じればいい。コストもかからなければ、返ってくる礼も大きい。

 あの魔王が寵愛している子供なのであれば、もっと謝礼の期待は大きいだろう。

 借金を帳消し――どころか、もっともっと大量に報酬をもらえるかもしれない。


「だがどうやって奪えば良い? どうせ貴族だけでは済まないだろう。護衛をつけるはずだ」

「それがですね。最近飲み屋で知り合ったアンベルという若者がいまして、庶民出身の騎士だというのです」

「ほう」

「金に困っているようで、私の賄える額でした。なので、買収しようかと」


 貴族達によく思われていない二人は、来賓にまともに近づけるはずがない。むしろ汚点として扱われ、遠ざけられるのがオチだ。

 白昼堂々、目の前に姿を現せば、まるで犯罪者が如く衛兵に連れて行かれるに違いない。本人らにとっては、犯罪者扱いなど腹立たしいことだが、彼らはそれを自覚していた。

 だから代わりに、護衛を引き剥がす役割を担う人間が必要だった。


 そこで持ち上がったのが、パブロの知り合いの若い騎士だ。彼は庶民の出身だが、運良くブライアンの指揮する騎士団に入れたのだ。

 そう簡単に入れる場所ではないのは、国中の誰もが知っていること。そこに在籍しているだけで、とても名誉なことだとよく言われている。

 しかし、たとえ剣の腕や魔術の達人であっても、金遣いの荒さはどうにもならない。

 幸運なのか、不幸なのか。そんな青年に目をつけたのは、パブロであった。

 金回りが潤沢になることを引き換えに、彼は犯罪に手を貸すことになるのだった。


「悪くはないな」

「えぇ」

「それでは話の調整を頼めるか。私は屋敷を少し改造しよう」

「勿論です。……エルマー様が、直々に改装されるのですか?」

「……」


 パブロが疑問を素直に口にすれば、エルマーは不機嫌そうに顔を歪める。

 それを見れば、しまった、とパブロはバツが悪い顔をした。

 エルマーが金に困っているのは知っている。使用人すらまともに雇えず、この屋敷はがらんとしていた。

 ところどころ蜘蛛の巣がかかっていたり、ホコリが溜まってすらいる。それはもちろん、清掃をする人間がいないということだ。


 本来であれば、この屋敷にしがみついている場合ではない。自分に見合った場所へと引っ越して、ひっそりと暮らすべきなのだろう。

 だがエルマーの、貴族という膨大なプライドはそうさせない。いつか返り咲いて、再び高い地位へと上り詰めようとしている。

 今まで自分を馬鹿にしてきた貴族達を、見下ろすために。


「……必ず、この計画は成功させるぞ」

「ええ。勿論ですとも」

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