新たな国へ
(平和もいいものだけど……どうしてもなぁ……)
「見てください、母上をかきました!」
「ちょ……! ベッドの上で食っちゃ寝してる絵なんて、描くんじゃありません……」
「そうでしょうか? 銅像にすべき美しい〝しょさ〟です」
「おや? 本気で言ってる?」
戦争が終わってから、一週間以上経過していた。
それに加えて、エキドナが港町・イルクナーを発ったという連絡を受けてから、数日ほど過ぎている。船の上では特に変わりなく過ごしているようで、これといった追加の連絡も受けていない。
あとは、パルドウィンに到着したという連絡を待っているのみだった。
つまるところ、アリスは暇であった。
あの勇者に勝利をしたことで、魔王軍はより一層、アリスに対する忠誠心を強めた。
それのせいもあって、暇を持て余していたアリスが手伝いに赴くと、十中八九大きな声で言われるのだ。
「いいえ! アリス様のお手を煩わせるだなんて愚行、出来るはずがありません!」――と。
慕ってくれるのは、アリスとしてもとても嬉しい。最近は改善されつつあったが、最初の頃は本当に恐怖で怯えていたのだ。
それを思えば嬉しい成長だったが、あまりにも成長しすぎたのだ。アリスが暇を潰すためのお手伝いも、何もかも拒否されてしまう。
結局アリスは、養子であり殺した勇者の息子である、リーベの寝室で菓子を食っては寝転がる生活を続けていた。
最強の体は安易に太らない。それだけが救いだった。
「母上」
「んー?」
甘いものを食べ飽き始めていたアリスへ、リーベが声をかける。
勇者である
両親に似ていて美しい顔立ちは、成長がとても楽しみでもあった。
しっかりと伸ばされたシャツに、サスペンダー、短パン。高級そうな衣服に身を包む彼は、貴族の少年とも見て取れる。
「おねがいがあります」
「お願い? なになに?」
「……怒りませんか?」
「とりあえず言ってみなさいな」
彼の生い立ちは、なかなか奇妙なものだった。というより、残酷だ。
アリスが強制的に母親の腹の中から奪い、十歳程度まで無理矢理成長をさせた。その際に使った魔力のせいで、普通の食事を受け付けない体になっている。
リーベは、大量の魔力を食事として変換する〈
しかも一度に必要とする量が尋常ではない量のため、リーベに〝食事〟を与えられるのは、幹部を含めてもアリスとルーシーだけだった。
……もっとも、アリスを実の母のように愛しているリーベにとって、食事を頼みたい相手はアリスのみなのだった。
「パルドウィンを見に行ってみたいです」
「うーん。一応故郷になるんだもんね?」
「あぁ、いえ。ぼくの故郷はこの地、母上のいる場所がふるさとです」
「……そう」
リーベはパルドウィンの勇者の子だ。
口ではアリスをなんとでも言えるが、実際は分からない。
それについこの間、彼の前で両親を殺したばかりだ。知らず知らずのうちに、彼の中に憎悪が生まれていても不思議ではない。
だからアリスは、パルドウィンに行きたいと言われて、彼を疑った。
(リーベは驚くぐらい私に懐いている。本当に、びっくりするくらいに……)
アリスの魔力を注いで体を無理矢理成長させて、現在も魔力を主食として生活している。
リーベには、アリスが必要不可欠である。それは自他共に認める事実で、アリスも、幹部も誰もが知っていること。
アリスが魔力供給を拒絶すれば、リーベは死んでしまう。故に彼は、アリスに媚びているのではないか。
そう思うこともあるのだ。
(せっかくだな。リーベは本当に私のことを、どう思っているのか調べるかぁ)
アリスの頭の中には、親としてあるまじき思考が生まれていた。
パルドウィンにリーベを送り込み、囮にするというものだ。
腐っても死んでも、勇者はパルドウィンの象徴であり、力の源。国の活力だ。だからその勇者の息子であるリーベは、なんとしても手に入れたいだろう。
ゆえにこのリーベを囮にして、パルドウィンが愚かな行為をしでかすのを待つ。
パルドウィンがミスをしてくれれば、都合がいい。アリスに対する反逆とも取れる行為であれば、なおさらいい。
アリスに従う国だというのに、そんなことをやってしまえば黙ってはいられない。慈悲を見せていた国でも、罰として何を行っても咎められない。
「……うん、いいかもしれない」
「?」
「いいよ、パルドウィンに遊びに行こうか」
「ほんとうですか!?」
キラキラと瞳を輝かせるリーベ。それを見てアリスは罪悪感など覚えなかった。
彼女の中には、リーベの真実を解き明かしたいという気持ちしかなかった。
「エキドナが向こうで落ち着いたらね」
「はい!」
アリスはリーベの頭を、ポンポンと撫でる。子犬のように嬉しそうにはにかむその姿は、アリスに対して敵意があるとは思えない。
アリスもアリスで、リーベを信じ始めていた。
だが彼の「パルドウィンに行きたい」という願いの、タイミングが悪かったのだ。死んだ両親の母国へ行きたいとなれば、誰だって怪しむ。
その心の中に、少しでも親を思う気持ちがあるのではないかと。
リーベを手に入れた経緯もさることながら、アリスはひどく残酷でわがままだ。
手元にある玩具が、ペットが、自分以外を思うことを許したくないのだった。
「そういえば、魔術連合国には、母上の銅像が建つみたいですよ」
「はっ!?」
「ぼくが提案しました」
「え!?」
アリスは自治領の対応や、勇者との戦争など、様々な問題を抱えて対処していた。ウレタ・エッカルト魔術連合国の建国に関して、全て部下達に任せたままだった。
メンバーの一人であり唯一の人間・マリルは元姫であり聖女ということもあって、他人を見極める力に優れている。もともとアリスを慕っている国民からであれば、その移住者も問題なく選定できる。
建国作業の、建築工事に関しては、魔術に長けた雪男・スノウズや、配下にした魔人のイザークなどが携わっている。センスは悪くない者達のため、アリスも信じ切っていたのだ。
一度も確認しにいかないまま、順調にその作業を進めている。ワンゼルムも加わった以上、更にそれを早めることだろう――。
だからアリスは、リーベからそのことを聞いて驚愕していた。
確かにアリスの国ではあるものの、そんな堂々と像を建てようと思うほどでもない。むしろまだ残っている人間味のある感情が、恥ずかしいと訴えているほど。
アリスの側へ付いて欲しいと思っているが、崇め讃えろとは断じて考えていないのだ。
もちろん、彼女は〝トレラント教〟なる新しい宗教の現人神である。
今後そういった銅像に似たような事例が増えることは、もっと前から予測すべきだったのも、問題点の一つだ。
「だっ、ダメダメ! 恥ずかしいよ!」
「誇らしいのまちがいでは……?」
「なんで!?」
「今度一緒に見に行きましょう」
「…………そうだね」
こんなことが起こってしまうのならば、もっと定期的に確認に向かえばよかったと後悔するアリス。
今となっては後の祭りである。
これからはもっと足を運ぶよう、心がけることにした。
(今度一緒に行ったときに、絶対に破壊しよう……。正式に学校が授業開始する前に、証拠を残さないようにしなくちゃ……)
リーベが喜んでいるそばで、アリスは別の意味で闘志を燃やしていた。
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