新メンバー
玉座の間は、あの激しい戦いのあともなく、綺麗さっぱり片付けられていた。
崩壊していた壁も元通りになり、各人の血液で汚れていた床はピカピカになっている。
死体として転がっていたコゼットとユリアナは、アリスの命令通りパラケルススが持ち帰ったため、この場に不相応なものはなにもない。
ここには現在、集まることが可能な幹部だけがやって来ていた。ルーシー、リーレイ、パラケルスス、エキドナを除いた幹部と、部下の数名だ。
アリスの目標のひとつである勇者殺しが達成されたとは言え、まだまだ残っていることはたくさんある。
それに、パルドウィン王国の勇者が殺されたといっても、各地にはまだまだ猛者が散らばっている。
なによりも、隣国であるジョルネイダ公国には、地球から召喚された三人の勇者がいるのだ。アリスはここで止まるわけにはいかない。
そしてそんなアリスは、現在。
あまり紹介したくない人物を、幹部達に披露していた。
「そ、そんなわけで、彼はワンゼルムだよ~」
「《よろしくお願いします》」
玉座に座っているアリスは、アンゼルムもとい、ワンゼルムを横に立たせてそう説明していた。
ワンゼルムの喋りはクリアなものの、どこか違和感があった。何かを通じて音が聞こえているようにも感じたのだ。
疑問に思いつつも、幹部達はすぐにそれを頭から消した。結局もともとは、勇者の一味。興味などすぐに失せる。
「えーと、あのね……」
アリスはワンゼルムを採用した経緯と、魔術の失敗に関して説明をした。
勇者を仲間に取り入れることは不安の声が上がった。それはもちろん、アリスは承知している。
正直、使いたかった魔術――〈
しかし、せっかく生き返らせて、アリスが様々なオプションを施したのだ。このまま殺してあげるのは、もったいない。
雑務程度に働かせれば、アリスの使用した魔力分は利益が回収できる。
「そ、それは別に構いませんが、この男は、ゆ、勇者の仲間ですよね……?」
色々と批判は上がってきていたが――今、声を上げたのは、エンプティでもハインツでも誰でもない。
ヴァルデマル・ミハーレク。前代の魔王であり、現在はアリスの配下となる魔人。
修道士のような衣服に、黒の魔術師ローブを羽織っている。両方とも魔術の強化が付与してあるが、彼の上司であるアリス達には布切れと変わりない。
申し訳程度の角に、白髪。青と紫のオッドアイは、魔眼の効果を持っている。
一見強そうなヴァルデマルだが、そのレベルは170である。
この世界の頂点である199レベルの勇者・オリヴァーを見て、彼は土下座をして命乞いをした。勇者パーティーは、ヴァルデマルにとって全員が高ランク。
無駄な戦いに身を投じるよりも、虚しく生きている方がいいと判断したのだ。
そして勇者に怯えて生きていたところ、二度目の絶望を味わった。そう、それがアリス。
世界の頂点である199レベルを超える、200レベルを有する彼女達。ヴァルデマルが配下につくのは、当然のことだった。
そんなわけで、ヴァルデマルは勇者に対してトラウマのようなものがあった。
「うん。魔人化して、脳みそ弄り回して、自分を魔王軍の存在だと思いこんでるよ」
「ま、魔人化!?」
「人間をそばに置いとくわけにはいかないでしょ」
ヴァルデマルはそう言われ、確かに……と引き下がる。
ちらりと一瞥した先にいるアン――ワンゼルム。服装こそ変化があるものの、やはり顔立ちなどは変わりがない。あの頃見たアンゼルム・ヨースと同じだ。
とりあえず今は害がないと思うことで、なんとかやり過ごすことにした。
アリスに深く追求すると、今度は自身の命が危ぶまれる。
アリスはヴァルデマルが納得したのを見ると、ワンゼルムをそばに寄せた。
首元にある水色の指輪を指差すと、それについての説明を始める。
「あとこの首輪をはずすと、犬みたいにしか喋れなくなるから。取らないでね」
この首輪は翻訳機である。ワンゼルムの言葉の聞こえ方がおかしかったのは、これのせいであった。
しかし聞こえ方がおかしいとはいえ、外してしまうと「ワン!」「ウゥー」など、犬としてしか喋れなくなってしまう。
もちろん、言語中枢がおかしくなっているだけで、中身はきちんと人間だ。本人は普通に喋っているつもりだから、それがまた心苦しいものである。
〈
これは、アリスが無数にある魔術の中から見つけ出した、解決案であった。
「犬ですか。それはそれで……いいのではありませんか? 元人間、元勇者風情ですから」
「まぁね。でも雑務を言い渡したり、色々調整し合ってたら、言語を話せたほうがいいでしょ」
「……」
ジトリ、とワンゼルムをにらみつける美女。
彼女は、エンプティ。
黒から緑のグラデーションヘア、ブルーグリーンの瞳。黒のワンショルダードレスを身に纏っている。
エンプティとは、アリスを愛しているスライム女だ。――女と言うが、雌雄同体である。
魔術に秀でる幹部もいれば、軍を率いる幹部、ヒーラー、タンカーなど、各々で役割を持っている幹部がたくさんいる中――彼女はこれといって、特技などを持ち合わせていない。
強いて言えば、所有スキル〈
魔術空間の中に国をも生成できるこのスキルは、強みともいえよう。
「それに、一応パルドウィンは手に入れたけど。向こうは魔術が盛んな国だから……」
いつか、隷属契約をきられるかもしれない。
そう簡単に解除できるランクの魔術ではないが、それでも人間の成長は侮ってはいけない。
なによりもパルドウィン王国は、この世の最高レベルの勇者を生み出した国だ。油断してはいけない。
戦争に勝利したことと、恐怖により制圧したが、反乱がいつ起きるか分からない。無事――ともいえない状況だが――帰国した兵士達は、アリスに従うだろう。
あんな目にあってしまえば、抵抗する気も失せるというもの。
だがもとから国にいて、アリスのことをまだまだ知らない平民や貴族達は?
だからワンゼルムは必要なのだ。
現在、アリスの配下になって国を仕切っているヨース家――アンゼルムの両親。もしも何かがあった場合には、このワンゼルムを利用して脅すのだ。
「まぁこの少年の中には、もう既に故郷も両親も無いんだけどね」
ワンゼルムの中には、もう過去の記憶はない。
アリスの魔術によって、全て書き換わってしまった。親の顔も、友の顔も忘れた。憎んでいた魔王は、今となっては尊敬する主人に変換されてしまっている。
母国であったパルドウィンは、己の主人が手中に収め配下となった、愚かな国だと思いこんでいる。
使用した魔術は最高ランクであるXランクの〈
そう簡単にはワンゼルムの中身を、元に戻すなんて出来ないだろう。
とはいえ警戒に越したことはない。
「彼が裏切る素振りを見せたら、首輪が彼を殺すようにしてある。それで死にきれなかったら、私か幹部できちんと殺す。
「畏まりましたッ!」
「それでしたら文句は言いません」
「そろそろ本格的に、魔術学院も稼働させたいし、パルドウィンも手に入れて人手が欲しいんだ。不快だろうけど、我慢してね」
「《若輩者ですが、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします》」
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