ミス2

 アリスの蘇生魔術により、アンゼルムは再び息を吹き返した。

 時間停止魔術がまだ反映されているため、動き出すことはない。魔術を解除すれば、普通に目覚め始めるだろう。


「魔人化もしたいから……えーっと」


 アリスはアンゼルムを、魔人にするつもりだった。今後様々な実験に付き合ってもらうには、ただの人間であることはデメリットが多い。

 魔人になれば、休息も食事も最低限で済む。必ず睡眠を取らなければならない人間とは違って、その体を酷使しても大して疲労にならないのだ。

 それにより、前代魔王であるヴァルデマル・ミハーレクやその取り巻き、他国を殲滅して占領していたイザーク・ゲオルギーは、アリスの元でブラック企業にも引けを取らない――過酷な労働を強いられている。


 アリスは魔人化魔術を使用するにあたって、常時発動しているスキルを切ることにした。

 アリスの有している常時発動スキルのひとつ、〈永遠の福音エターナル・ゴスペル〉だ。これはエキドナ・ゴーゴンのスキルである。

 ――アリスは、自分で生み出した幹部のスキルをすべて使える。代わりに彼女の固有スキルがないのだ。

 とはいえ、先程勇者を殺して――取り込んだことで、勇者のスキルである〈勇者の加護〉を手に入れた。

 魔王が持つにはあまりにも皮肉めいたスキルだったが、これが唯一、魔王軍で彼女だけが持つスキルだ。


「スキルのオンオフが可能なのですか」

「そうみたい」

「便利ですなぁ。別に切らずとも使えるのではありませんかな?」

「うーん、血文字を書こうと指を切るじゃない? その瞬間もう、指が修復するんだよねぇ……」


 スキルを切らずとも出来ないことはない。しかしそれはあまりにも面倒だった。

 優秀すぎるがゆえに、指を切った瞬間にはもう回復している、このスキル。魔人化魔術を発動するのに必要な、血文字を書く作業に苦労を強いることとなる。


 アリスはスキルを切って、床に血で魔術式を書き始めた。

 ルーシーはそれを見つめながら、ふと疑問を漏らす。


「えっ、それって、ショーリャク出来ないんですか?」

「そうなんだよねぇ。面倒くさいけど、ショートカット出来ないみたいで……。あ、パラケルスス。人間程度のレベルでいいから、ホムンクルスを十数体作ってくれる?」

「承知しましたぞ」


 アリスは大概の魔術を、詠唱や儀式を省いたりして発動している。それは彼女に関わった人物ならば、誰もが知ることだ。

 人類が到達できない最高ランクの魔術であっても、家の周りを散歩する感覚で、指を鳴らす程度で簡単に使用してしまう。

 幹部の中で魔術に長けたルーシーも例外ではない。

 この魔人化魔術は、その有り得ない二人でさえも許さない。きちんとした段階を踏んで行う必要があるのだ。


 アリスが血文字を書いている間、パラケルススは命令を受けてホムンクルスを適当に生成する。

 この魔術は、大量の生き物――人間の血肉と、血で書いた文字を必要とする。素材の残虐さと、人をやめるということから、悪しき魔術だと言われている。


「ほい、じゃあ発動」


 ピカリと辺りが光って、一瞬でその光は収束した。

 アリスが頑張って書いた魔術式は消え去り、ホムンクルスも跡形もなく消えた。

 アンゼルムがこれといって何か変わったという様子はなく、まだまだ時間停止魔術も解いていないことで、何の変化も感じられない。


「これで大丈夫かな」

「ふーん。人間用意したり、メンドーなんですね。ヴァルくん達って結構、キチョーメン?」

「それはどうだろう……?」


 ルーシーが感心していたが、ヴァルデマルとイザークの場合は少し違う。

 彼らは〝魔王〟になるために、魔人となった。人間では到達できない高みを目指していたのだ。

 元より残虐性を持っていた二人だ。素材なんて適当に村を襲えば、ゴロゴロ手に入る。イザークに至っては己が収容されていた、監獄の看守と囚人を用いて魔人となったほどだ。

 別に丁寧に連れてくる必要はない。もともと人間が集まっているところで、発動すればいいだけの話だ。


「それじゃあとっておき、やろうか。――〈改廃リタッチング〉」


 魔術を展開すると、アリスの目の前にウィンドウが現れた。ゲームでよく見るような、メニューやステータスのウィンドウだった。

 明らかに異世界に馴染むようなインターフェースではない。

 突然現れたそれは、異質であった。

 もちろん、アリスが人の言えることでは無い。ここにいるアリスが創造したルーシーも、現代の〝ギャル〟を模して創ったもの。

 異世界に馴染んでいるメンバーもいれば、この世界にはそぐわない格好をしている幹部もいる。

 だから突っ込みたい気持ちをグッと抑える。


「……こんな感じなんだね」

「それは……? 見たこともないものですな」

「ね〜、あーしも思った」


 パラケルススにもルーシーにも、現代――アリスがいた世界についての詳しい知識はない。

 元いた世界に関しては、アリスが元々そこの住人で、脆弱な人間だったということのみ知っている。

 現在いる世界とは全く違い、行くことも出来ない。だから、彼らは知る必要がなかった。

 二人は不思議そうに、ウィンドウを眺めていた。


「信仰、雇用主、性的嗜好、ふぅん。結構細かく決められるんだ。うわっ、言動、口癖? 細かいなぁ……、ん?」


 ウィンドウを操作しながら、どんな改変が出来るのかと確認していく過程で、アリスはあることに気付いた。

 アンゼルムのレベルが上がっているのである。

 おそらくは魔人化の影響だと彼女はすぐ目星がついたが、今後働いてもらうにあたって好都合。

 とはいえたった1レベルしか上がっておらず、190程度なのだが。


「レベル上がってるね〜」

「なんと。これでより一層、アリス様へ忠誠が尽くせますな」

「うんうん。その為にも、彼の中身を改造しちゃお〜」


 アリスは慣れた手つきで、ウィンドウ内の項目を操作していく。

 アンゼルムにとっての主人は誰なのか。どこの国の何に属しているのか。彼よりも上の立場の存在は誰なのか、仲間は誰なのか。やるべき仕事、信じるべき道、性格。

 十人近い幹部を作っただけあって、アリスの手際は良かった。大量にある項目を、流れ作業のようにさばいている。


「これくらいかな?」

「良いかと思いますぞ」


 十数分とかからず、アリスはほとんどの準備を終えた。

 性癖や愛人、友人などなど、別にどうでもいいところは飛ばしたため、簡単に済んだ。

 それらは今設定せずとも、今後〝生きていく〟中で見出せばいいと、アンゼルム自身に投げることにしたのだ。


「ねぇねぇ、アリス様。この言動ってなんですか〜?」

「ん、見てみよっか」


 ルーシーが気になっているので、アリスは言動の欄を開く。

 中には、語尾や話し方の特徴について細かく設定できる項目が並んでいた。

 特に何も変更をしなければ、アンゼルムは今まで通り会話をするだろう。上のもの――アリス達には敬い、下のものには己が貴族のように振る舞う。

 だから言動欄は、特に変更するつもりは無いのだ。


「色々あるな……。オォウ……語尾にニャンとかワンとか付けられるんだ……」

「へー! おもしろそー!」

(――あの神、これを一般人が使えないからって、遊びすぎでしょ!)


 アリスをこの世界に連れてきて、魔王になるように頼んだ〝神〟。この世界を生み出したこともあって、魔術や剣術、技術などは全てあの神が設定している。

 この〈改廃リタッチング〉という魔術はXランクであり、最高ランクの魔術だ。だから、人間が触れることの出来ない領域。

 故にここまで遊べるのだ。インターフェースは〝地球人〟に寄せているし、ニャンだのワンだのが載っている。

 むしろ、アリス――麻子に向けたお遊び要素なのではないかと、錯覚するくらいである


「使わないよ?」

「わかってます!」

「よし、じゃあこれでいいね。発ど――ぶえっくしょいっ!」


 ぽち、と。

 確定のボタンが、しっかりとアリスの指によって押下される。

 ウィンドウには変更を承認する文字が現れ、数秒のちに消え去ってしまった。

 キャンセルなんてもってのほかだ。アリスが設定したものたちは、無事に通ってしまった。

 ――のだが……。


「……あ」

「あー!」

「あ……」


 くしゃみ中のアリスの、視界の片隅に見えたステータス。

 言動欄が、【犬】と書かれていた。


「……」

「……」

「……あ、はは……見間違いかなぁ?」

「犬でしたな」

「犬だったです」

「…………」


 見間違いだと思いたかった。

 だがしっかりと、魔術に興味のあるパラケルススとルーシーが、その目にステータスを焼き付けていた。

 彼らが敬愛するアリスに嘘をつくなんてことはなく、ステータスは間違いなく【言動・犬】に変わっていた。


「アリス様、あのっ! それってもう一回、魔術で……」

「……むり。再使用はある意味無限にできるけど、一年のクールタイムが必要なんだ……」

「……」

「……」


 そう、最低でも一年間は、アンゼルムは言語が犬と化す。

 今後アリスと軍のために、しっかりと働いてもらうつもりだったのに。会話が出来なくなっては、どうしようもない。

 ごまんとある魔術の知識の中に、解決策がないか探しながら、アリスは時間停止魔術を解除した。

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