序章 新しい地

ミス1

「ふぅ〜」


 重厚な門が、突如として発現する。これは〈転移門〉と呼ばれる、高等な魔術だ。そんなものを易々と扱うのは、この城で数少ない。

 彼女は、アリス・ヴェル・トレラント。いわゆる魔王と言う存在である。

 それなりに高い背丈、漆黒の黒い角、目立つ白い頭髪。その両目は白目と黒目が反転しており、不気味さを醸し出している。

 紫色の丈の長い上着に白いパンツを身に纏っている。これは彼女が転生前に、気になっていた、とある国の民族衣装に似せたものだ。

 せっかく〝キャラメイク〟も好きに行えるのだから、と何でもかんでも盛った結果である。


 さて、アリスは大きな大きなひと仕事を終えて、玉座の間に戻ってきていた。

 疲労など感じない体だったが、今回ばかりはなんだか疲れているように感じた。本当に感覚的に感じているだけだが、それだけ濃い時間を過ごしたということなのだ。

 だがそれと同時に、満足感も得ていた。

 ずっと達成したかった夢を手に入れたのだ。悪役は正義であることを、証明してみせた。


 この場所に戻ってきていたのは、アリス一人だった。他の幹部達は、後処理をするとのことで、早々に解散してしまったのだ。

 出来るならば打ち上げ会みたいなことをしたかったが、現代での仕事終わりでもなんでもない。血生臭い戦争の直後だ。

 アリスもそれを分かっていたし、あぁしたいこうしたいと要求することもなかった。


 アリスの右腕であるエンプティと軍の指揮官のハインツは、軍の損害に関して更に調査を進めるということで、二人で城の中に消えていった。

 敗戦国を仕切ることとなったエキドナは、パルドウィンに向かう準備のため、そのまま戦場を離れて軍についていった。


「あー……」


 彼女の目に止まったのは、まだ崩壊している部屋と――倒れたままの死体。

 勇者オリヴァー・ラストルグエフは取り込んでしまったので、骨や皮どころか、何も残されていない。だが魔術師のアンゼルム・ヨースとその友人のコゼット・ヴァレンテ、そして勇者の恋人であるユリアナ・ヒュルストは、まだ死体が残ったままだった。

 もちろん、これをパルドウィン王国に返却することなどない。これはいわば戦利品である。

 アリスが戦って手に入れたアイテムだ。返すことなど有り得ない。

 そう、せっかく高いレベルの死体を手に入れたのだ。なにかに有効活用してあげたいものだった。


「パラケルスス」

『はいですぞ』


 アリスは部下の一人、パラケルススに通信魔術を投げかける。彼は治癒に長けた――ゾンビである。

 現在は負傷兵の治癒に追われている、魔王軍幹部では最も忙しい人物といえよう。


「治療が終わったあと……今後は暇になりそう?」

『お言葉ですが、アリス様。御命令頂ければ、何が何でも時間を作りますぞ』

「なら、ホムンクルスの軍隊を作って欲しい。高品質のものを」


 ついつい相手を尊重し、伺ってしまうアリス。

 彼女は現在、この場所で最も高い地位の存在。そして絶対的な力を有する魔王なのだ。部下たる幹部であれば、彼女の命令は喜んで聞くだろう。

 もともと仕事が振られていようとも、彼女の命令は最優先になる。

 アリスにとってそれは、嬉しくてむず痒いことだった。


『むう、それですと素材がないと難しいですなぁ。高レベルの遺伝子が……』


 パラケルススはアリスからの命令を聞くと、少し不安そうな声を出す。彼の言う通り、高レベルのホムンクルスを生成するには、素材となるものが必要だった。

 ――幹部随一のヒーラーである彼は、ホムンクルスを作るという固有スキルも持っている。以前はそれを用いた軍隊を作るという計画があったのだ。

 だが前代魔王から奪い取った魔王城近郊には、もともと前代魔王が支配していた魔族達が住んでいたのだ。だからその〝ホムンクルス軍計画〟は停滞していた。

 しかし今後の新たな戦いも考慮すれば、今まで止まっていた計画を再度進めるチャンスなのだ。


 何よりも、アリスが最初に統治を成功させた国・アベスカは、ほとんど手のかからない国になっている。

 治癒の作業が終われば、パラケルススには暇がやって来てしまうのだ。だからアリスはこのような提案をした。


「じゃあコゼットとユリアナの死体あげる。片方ボロボロで、片方は傷ついてるよ」

『問題ありませんぞ、必要なのは肉片などですから。それだけあれば質の良いホムンクルスを、生成可能です』

「そう。じゃあ門を開くから、取りに来てくれる?」

『もちろんですぞ』


 アリスはパラケルススのいるであろう場所に、〈転移門〉を開いた。今、仕事の真っ最中であろうパラケルススは、間髪入れずにその門をくぐってアリスの元へとやって来た。

 ボサボサの白髪に、ただれた肌。瞳を隠すゴーグルを施しているが、これはゾンビという種族のせいで眼球がこぼれ落ちるからである。

 転生当初にアリスから「臭い」と言われてから、体臭――死臭に気を使って、今や若者よりもいい香りがするパラケルススである。

 そんな彼が着ているのは、魔術により保護を受けた真っ白な白衣。中には上下真っ黒のシャツとスラックスを着込んでいる。

 そしてホムンクルスの素材のために、各部にポーチやポケットを有していた。


「おや……」


 話ではコゼットとユリアナを引き取るという話だった。だからパラケルススは、一緒に横たわる少年――アンゼルムに気付いて声を上げた。

 アンゼルムはコゼットよりも綺麗な状態で死亡しており、傷すら負っていない。素材としては完璧であった。


「ん? こっちは実験に使うからだめ」

「実験、ですか」

「傷もなくて綺麗でしょ? 蘇生魔術のテストと、魔人化に耐えうるのかっていうの。あぁ、あと、あるXランク魔術を試したいんだよね」

「ほうほう」


 アリスが適当に説明をすると、パラケルススは思っていたよりも食い気味に話を聞いてきた。

 幹部最弱であるパラケルススだったが、魔術への熱意は一二を争う。幹部には魔術に長けた少女も属しているが、その少女と仲がいいのも〝魔術〟という共通項があるからだ。

 しかも尊敬するアリスが魔術を扱うというのだから、余計に興味が湧いたのだろう。


「……見たい?」

「よろしいのですかな!?」

「うん。じゃあルーシーも呼ぼっか」


 ルーシー。ルーシー・フェルは、アリス率いる魔王軍の魔術担当の少女。明るい性格で、誰とも親しくなれる少女だ。

 転生した頃から全ての魔術が扱えるアリスとは異なり、魔術の知識もまだまだ乏しい。日々勉強を続けているのが彼女である。


 アリスは〈転移門〉でルーシーを呼びつけた。スキップをしているかのような軽快な足取りで、ルーシーは玉座の間へと降り立つ。

 先の勇者との戦争では、彼女が東奔西走してくれたおかげで、被害も少なく済んだのは感謝するべき事柄だろう。


「なんですか、なんですかぁ! 面白そうなの見せてくれるんですか?」

「うん。ちょっと珍しい魔術を使おうかなって」

「ちょー楽しみなんですケド!」


 パラケルスス同様、〈転移門〉をくぐってきた少女。

 ふんわりカールの金髪に、青い瞳。爪先は装飾が施されており、いわゆる〝ネイルアート〟である。

 紺色のブレザーに、ピンクのカーディガン。白い制服プリーツスカート、ニーハイソックス、厚底のローファー。

 現代社会を知っている人物が見れば、誰がどう考えても女子高生だとわかるビジュアルであった。


 それもそのはず。幹部は全て、アリスが設計したデザインだ。

 一人で魔王をするのが不安という彼女が、転生前の〝キャラメイク〟にて作ったのである。

 なので幹部達には、アリスの趣味が反映されていることがある。


「使いたいのはアンゼルムだからね。コゼットちゃんは、ちょっと離れてね~」

「えー、アリス様、死体に話しかけないでほしーし……」

「ご、ごめん……」


 アリスは謝りながら、アンゼルムとコゼットの死体を引き剥がす。

 コゼットを適当にどかして、三人の前にアンゼルムの死体を寝かせた。本当に傷一つ無い、綺麗な死体だ。

 これはアリスが、彼を殺す際に使った魔術に起因している。安らかに眠るような死を与える高ランクの魔術は、抵抗するすべもないまま、アンゼルムを優しく殺したのだ。


「動かれても困るからねぇ……。まずは〈範囲停滞〉」

「これは?」


 アリスはまず〈範囲停滞〉を使用した。簡易的な時間停止を可能にする魔術だ。指定した対象のみを止めることが可能なため、ちょっとした作業にはぴったりである。

 とはいえ、ランクはXランクと、神の領域。気軽に使えるのは、アリスとルーシー程度なのだ。


「あーしも覚えてるやつだし! えっとね、時間を止めるやつで~」

「なるほど、分かりましたぞ」

「まだ説明ちゅーなんですケド!?」


 なんてふざけあっている二人をよそに、アリスは本命の魔術を展開し始める。

 何をするにあたっても、いちばん重要な――蘇生魔術だ。


「じゃあいくよ、〈夜明けの暁光トワイライト〉」

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