第412話 蹂躙

「……鬼神流《黒風くろかぜ》」


 俺が温羅から学んだ技、そのうちの最も基本的なもの。

 しかし、それが故にこれこそが奥義だとも言っていたもの。

 

『……? ふ、はは……何をしてくるかと思えば、その場で刀を振っただけではないか。そんなものは単なる虚仮威こけおどし……っ!? なっ、ガハッ……」


 俺が刀を振った瞬間、大天狗は呆けたような表情をして笑っていたものの、数秒ののち、奴は俺の攻撃の意味を知る。

 腹部に横一直線の切り傷が、刻まれていたからだ。

 さらに、


 ──ごとり。


 と、大きな音を立てて、その右腕が地面に落ちる。

 流石の巨体だ。

 片腕でも数メートルあるため、音が凄い。

 それ以上に、


『ギャァァァ!!!』


 という大天狗の叫び声の方が大きかったため、目立たなかったが。

 どうも切られた瞬間はさして痛みを感じなかったらしいな。

 腕が離れてから急に痛み出したようだ。

 そして息を荒くして、


『はっ、はっ……き、貴様……わしの腕を……!!』


 と血走った目でこちらを睨む。

 だがこの状況で、どうしてそんな威圧が俺に通じると思うのだろうか。


「腕一本で済むと思っているのか? 次々行くぞ」


『な、何……ぐあっ!!』


 そのまま、俺は刀を振い続ける。

 次は足を狙って振るうも、大天狗は流石に理解したらしい。

 思い切り後ろに跳んで距離を取られ、落とすところまでは行かなかった。

 それでも多量に出血はしているが……。

 さらにそのまま逃げ去ろうと唐突に背中に翼を生やした。

 やはり手下が鴉天狗ばかりであることから分かる通り、奴もその背には翼が元々あるようだ。

 今まで出してこなかったのは、あくまでも低空での戦いかな。

 その程度であれば、翼がなくても飛べるわけだ。

 単身での飛行は気術が可能にしていないことであるため、その点はなかなかだな、と思うがそれだけだ。


「おい、大妖ともあろう者が、こんな矮小な人間から逃げの一手か? 恥ずかしいと思わないのか?」


『ふざけおって……だが! わしは優先順位くらいは心得ているのでな! ここでたとえお前に負けようとも、この場は逃げることこそが……ギ、グアァァ!?』


 色々言っているが、別に俺は普通に空を飛べるのだ。

 これについては普通に仙術を使えるからな。

 周囲に被害を及ぼすタイプの術ではないから。

 速度も大天狗のそれよりも速い。

 奴は妖気も使って飛行しているようだが、それでも翼の動きと連動して推進力を得るタイプゆえにさほど速くなかった。

 そのため、翼を切り落とすことも容易であった。

 ただし、それで墜落とは行かないから、浮遊と飛行は別の術なのかもしれないな。

 速度は間違いなく落ちたから、やはり推進力は翼に大きく頼っていたのだろう。

 つまり、これ以上俺から逃げる事はできない。

 京都上空で静止し、俺を睨め付ける大天狗。


「さて、鬼ごっこはこれで終わりか?」


 とはいえ、鬼相手ではないからな。

 それに鬼という言葉に妖魔という意味もあるから、その意味では正しいと言えるが、追いかけられる方が鬼だし。

 大天狗は、


『貴様は……一体なんなのだ。わしは大妖だぞ……五百年前、京都を地獄へと変えた大天狗……それをこれほど簡単に……』


「……単なる気術士なんだが。あぁ、そうだ。聞いておきたかったことがある」


『……なんだ』


「《温羅》って名前の鬼を知ってるか?」


『《温羅》だと……まさか、貴様、奴の末裔か……!? だから……』


「知ってるのか」


『鬼の中の鬼よ……ふん、ならば……是非もあるまい。人間どもを下僕にすることを考えれば京の街を滅ぼすわけにも行かないと思っていたが……もはや手段は選んでいられぬ。滅びよ、鬼神の裔よ!! カァァァア!!!!』


 大天狗は大きく口を開き、そこに巨大な妖力が集中する。

 そしてそれが、大天狗より下を飛行している俺に向かって、吐き出された。

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