第411話 焦り

 重蔵が引いた後、改めて大天狗を見れば、怒り狂って暴れていた。

 痛みに耐えかねてなのか、人間如きに重傷を負わされたが故なのか。

 どちらにしろ、あまり放置しておくと危険だ。

 今は他の術士たちが頑張ってくれているが、やはり致命傷を負わせるには至っていない。

 加えて……。


「……鴉天狗を……喰っている?」


 周囲に飛び交う鴉天狗──つまりは奴の手下を捕まえて、バリバリと頭から貪り食い始めたのだ。

 すわ気が狂ったか、と一瞬思うも、食えば食うほどに大天狗の傷が癒えていく。

 ただ、その長鼻は欠損しているからかほとんど治ってはいないが。

 妖気を補充しているのかな。

 ただ、上級妖魔とはいえ、大妖とはその持つ妖気量は比べ物にならない。

 多少傷が癒えているとは言っても、全快にまでは至っていないな。

 六割くらいまで削ったのが、八割くらいまで戻った程度か。

 ただそれでも、今戦っている術士たちにはつらそうだ。

 大天狗は力を強め、元気そうに芭蕉扇を振るう。

 術士たちが徐々に後退していっているので、俺は前に出ることにする。

 

「蘭様、椛様、それに紫乃。ここから先は俺に」


 術士たちの最前線で戦っていた彼らにそう言った。

 いずれもその命を惜しまずに全力で戦っていため、結構な傷がついている。

 もっと早く手を貸せばよかったか、と思ったが、俺は今回、可能な限り人死にを出すつもりはなかったため、他のところにも手を貸していたから、準備を完全に整えるまで時間がかかった。

 思いもよらず、大天狗が自ら鴉天狗の数を減らしてくれたので、早めにメインに取り掛れそうだが。


「で、ですが一人では……」


 紫乃がそう言ったが、俺は言う。


「他の術士たちが近づくと危険だからな。頼むから下がっていてくれ。蘭様、椛様」


 二人にそう言うと、彼女たちは紫乃よりもことを理解していたようで、紫乃の肩を掴み、急いで下がった。

 紫乃だけだいぶ不安そうな顔をしていたが……まぁ重蔵との戦いを見せたとはいえ、重蔵はなんだかんだ満身創痍にまで至ってしまっていたしな。

 一対一で戦っていたわけでもない。

 俺も同じくらいだと思ってはいても、厳しいだろうと考えるのが普通だろう。

 ただ、あれはあくまでも出力をどう程度に絞った上で、剣のみで挑んでいたからこその結果だ。

 今回、ここで俺は出し惜しみをするつもりはない。

 仙術はそうそう使えないが、これについては出し惜しみというよりも制御しきれないだけだからな。

 他は普通に本気でやる。


 俺は《虚空庫》から刀を取り出す。

 銘は《温羅切うらぎり》だという。

 北御門家の文献を調べたら、おそらくはそれだという記述があったからこそ分かったことだ。

 語源は言わずもがなだが……温羅に与えられた中でも、最も強力な刀である。

 それだけにバカみたいに力を持っていくため、他の誰にも渡せない。

 重蔵でも五分も持てばそのままミイラになるだろう。


 刀を構え、見つめる俺に、大天狗はハッと気づく。

 そして俺を見て、少し小馬鹿にしたような表情を浮かべるが、徐々にその表情に焦りが見えていく。


『き……貴様、なん、だ……それは……なぜそんなものを持って平気でいられる!?』


 流石に大天狗にも、この刀の異常さが分かるらしい。


「なぜと言われてもな。平気なものは平気なんだ……まぁ、よく味わえよ、大天狗。生きていられたら、褒めてやる」


 そして、俺は刀を振りかぶった。

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