第410話 カウンター

 膝を着きつつも、重蔵の目はまだ死んでいなかった。

 というか、いつも以上に楽しそうなんだよな。

 あいつは昔からそうだ。

 苦戦すればするほどに楽しそうに笑う。

 それは戦いにおいてことを有利にするための戦術の一つだ、みたいなことを言っていたが、それ以外にも純粋に楽しんでいるからの表情だと俺は思っている。

 だからこそあいつが、かつて《妖魔の首魁》という強大な妖魔を前にしているとはいえ、戦わずに引き下がることはおかしかった。

 たとえ死んでも戦いが楽しければいい、とそういうタイプの筈だからな。

 つまりはそのことが、あいつが何者かに思考誘導を受けていた証拠なのだろうなと今は思う。

 そんな重蔵が、ふらつきながらも立ち上がり、刀を構える。

 《天狗切》には今もまだ、あいつの真気が満ちている。

 大天狗は忌々しそうな表情をしながら、叫ぶように言った。


『全くもって忌々しい刀よ。ここまでわしに傷を与える名刀が今の世に残っていようとは……だが、ここまでだ。安心するといい、その刀はわしが有効活用してやる故に』


 大天狗の体躯の大きさからすれば《天狗切》は爪楊枝ほどの大きさでしかなかろうに使う気かな?

 とか場違いなことを俺は思ってしまったが、まぁ手下の鴉天狗に与えるなりなんなり、使い用はあるか。

 儀式などの触媒に使うのも悪くないしな。

 あれほどもまでに真気を吸収し、溜め込んでおける性質の術具は中々ない。

 重蔵がまともに真気を注げば大概の武具は十分も保たずに壊れてしまうだろう。

 そうなっていないことが、《天狗切》のキャパシティを示していた。

 重蔵は言う。


「誰が貴様などにこれをやるものか。せっかく友から実力を信頼されて貰ったものなのでな……そもそも、お前は今日、滅びる。皮算用などするでないぞ」


 大天狗はこの重蔵の言葉に顔を赤くして叫ぶ。


「ふん! その満身創痍の姿でよく言うわ! だが、このわし相手に人の身でそれだけ戦えたことだけは褒めてやろうぞ……では、さらばだ!!」


 そして、芭蕉扇を重蔵に向かって振り下ろす大天狗。

 だが……。


「この時を待っていた……東雲流霊剣術《九泉薫風きゅうせんくんぷう》!!」


 重蔵が、大天狗の芭蕉扇が命中する直前に、《天狗切》を振るった。

 それは、重蔵にしては珍しいカウンター技だ。

 だからこそ煽るようなことを言って、油断して芭蕉扇を振るってくるのを待っていたのだろうな。

 そしてあの技は、俺が鬼神流を重蔵に教える中で、重蔵が生み出した技だった。

 つまりは厳密には東雲流と鬼神流の合わせ技である。

 全く予備動作なく振るわれたその刀は、大天狗の首に向かう。

 だが……。


『ぬうっ……!!!』


 大天狗はすんでのところで妖気による結界を張る。

 そのせいで斬撃の軌道は僅かにずれ……。


『ぐあっ……!!』


「……外れたか……ふっ。ここまでか」


 重蔵がそう呟いて、倒れかけた。

 俺はそこに駆け寄って支える。


「十分よくやっただろ。見ろよ、大天狗の鼻が吹っ飛んだぞ」


 重蔵の斬撃は確かに首からは外れたが、その鼻を根本から切り落としていた。

 痛みにのたうち暴れる大天狗。

 重蔵を抱えて俺は距離を取る。


「完全に外れたわけではなかったか……まぁ、このあとは任せた。わしは下がる……」


「あぁ。少し気を分けておく……立てるか?」


「これくらいもらえれば問題ない。あとはふんぞり返って観戦させてもらう」


「俺もさっきまではそうしてたしな。お互い様か」


「あぁ……やってやれ、武尊」


「わかったよ、重蔵」

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