第407話 東雲の剣

 飛行している、と言ってもあくまでも低空をだ。

 高空まで上がれないというわけでもないだろうが、あれだけの巨体である。

 そのためにはかなりのエネルギーがいるだろう。

 それに加えて、上空にも呪術師たちはいた。

 気術呪術によって、直接に自らが浮遊・飛行する術というのは未だ存在しない。

 しかしながら、式神を使用して間接的に空を飛ぶということは可能だ。

 例えば、今上空にいるのは、鶴や迦楼羅を模した折り紙を巨大化した式神であり、その背に呪術師や気術士たちが乗っている。

 燃費はかなり悪く、それなりの気術士でも飛行を維持するだけでかなりの真気を消費する。

 そのため、ほとんどが二人乗りだな。

 一人はあくまでも飛行の方に専念し、攻撃の方はもう片方が、というわけだ。

 そんな風に無理をしてまで空にいるのは、当然、大天狗が空を飛ぶことを警戒してだ。

 天狗系の妖魔は自由自在に空を駆け回ることでも知られている。

 飛べない種類もいるが、大天狗ともなればまず間違いなく飛べると見ていい。

 だから、それを防ぐため、それに加えてもしも飛び上がった場合も絶えず攻撃を続けるためにこういう布陣になっているのだった。


 それを理解してか、大天狗はあくまでも地上の術師たちをまず倒すつもりでいるようだ。

 しかしそれは大天狗にとっては、あまりいい手ではないように思う。

 何せ……。


「ふん、来おったか。お前たち! 出るぞ!」


 そう言って刀を抜いた重蔵が走り出す。

 合わせて向かったのは東雲家の剣士たちだ。

 重蔵に鍛えられているだけあり、あれだけ強大な大妖を目の前にしても一切怯むことはなく、叫び声を上げて飛びかかっていく。


「キエェェェ!!」


 そんな風に。

 見るからに狂戦士のようだが、東雲家の修行によって身についた剣術はむしろ冷静な技で構成されている。

 あくまでも目が血走っているだけで、皆、頭の中は冷えている……はずだ。

 飛びかかる東雲の剣士たちに傷をつけられ、


「ぬぉぉ……!!」


 と大天狗は怯む。

 だが、それでも芭蕉扇を振り、彼らを弾いていく。

 さらに、手で印を結び、何かを唱えた。

 すると雷撃のようなものが周囲に幾本も落ちる。

 また、それを避けた剣士たちが向かうが、今度は芭蕉扇に妖気を注ぎ、掲げると、今度は炎をまとった竜巻が辺りに生じた。

 やはりあれは妖具だったか。

 降って風をおこす、とかその程度のものでもなさそうだ。

 簡単に勝てるような相手でもないようだが……。


「……東雲霊剣術《雪風巻ゆきしまき》!!」


 重蔵のそんな声と共に刀が振るわれ、あたりに冷気が満ちる。

 かつて、俺との殺し合いの時に放った技だが……あの時とは使い方が違うようだ。

 あの時はただ一点にその威力を込めていたが、今回はそれを広げている。

 理由は明らかで、重蔵の一閃の後に周囲に存在していた炎の竜巻が消え去った。

 重蔵は、


「お主ら! まだまだだぞ! 立って戦え!」


 倒れた自らの家の者にそう叫び、激励すると、まるぜゾンビの如くゆらりと立ち上がる彼ら。


「……まぁ、東雲家の日課だもんな」


 俺は一人、そう呟いた。

 まだまだ、戦いは始まったばかりだ。

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