第404話 大規模呪術

 決戦の場所は、あの神社の境内、というわけには流石にいかない。

 しかしかと言って、京都市内を戦場にして市民を危険に晒すというわけにもいかないだろう。

 そのため、京都の呪術師たちは秘蔵の術具を大量に持ち出し、今日のために一つの大呪術を作り上げていた。


「では、始めます。みなさん、準備はいいですか?」


 蘭がそう呟くと、今回の戦いに参加する術士たち全員にその声が伝わった。

 方式は様々で、術士が古くから使ってきた昔ながら式神や呪符などでの伝声もあれば、現代的な電子機器によるイヤホンからという場合もあった。

 まぁ、電子機器の場合、強力な妖気に影響されて乱れることもあるため、気術呪術に基づく方式の方が本来は安定しているのだが、そこもしっかりと対策がしてあって、製造段階から気術呪術の手法を取り入れた特別性の電子機器が使われている。

 これだけの数を揃えるのは当然、大変であるのだが、今回の戦いは京都の命運を決めると言ってもいいものだ。

 だから出し惜しみはしないらしい。


 そして、各地の術士たちから返事が返ってきて、その大呪術の構築が始まる。


「……流石にこれは四大家でも真似できませんわね」


 横にいる咲耶がそう呟いた。

 その大呪術は京都全体を徐々に覆っていく。

 巨大だ。

 そして何よりも精緻だった。

 しかしそういった術にありがちな不安定さは感じられず、京都の呪術師の質の高さを感じられた。

 

「これで京都市全体の位相をずらす、か。妖術の方に近いものだな。気術にはない発想に基づいている……」


 構成全体を眺めながら、俺は思ったことを呟く。

 事前に説明を受けたが、淡月のような特殊な妖魔が築き上げる《妖魔の庭》、ああいったものに触発されて作り出された呪術だという。

 つまりは、別世界を作り上げる術だな。

 ただ、淡月は完全に別世界を他の空間に作り上げるものだが、これは少し違う。

 現実の位相を半分ずらすことにより、建物や地形などはそのままの空間へと移行するものだ。

 当然、現実にいる何をその半分位相がズレた空間へ招き入れるかも決められる。

 今回は、戦いに参加する呪術師たち、それに加えて、あの大天狗に他ならない。

 また、これから京都市内に湧くだろう妖魔たちも含めて、術式により選別して、現れ次第送り込まれるように構成されている。

 そんな便利なことが出来るなら常にやっておけばいいだろう、と言いたくなるだろうが、これは大規模呪術だ。

 つまり、大量の供物が必要になる。

 この場合、各名家から惜しげもなく供出された宝物がそれになる。

 数百年昔なら人間そのものを何万人も捧げる、みたいなことになったかもしれないが、現代でそんなことをしようとは誰も考えない。

 あくまでも、人を守ることが俺たちの使命なのだから。


「完成しました! 蘭さま!」


 そんな声が蘭に届けられ、そして蘭はあの神社の洞窟に視線を向ける。


「では、封印を解きます。皆さん、やりますよ!!」

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